12 夜会にて
夜会当日。
屋敷は早朝から騒然としていた。
娘二人を着飾ることに躍起になっている母と、そんな母を素直に受け入れ、人形となる事に余念がない妹たち。少しでもいいお相手、できれば王太子殿下や第二王子の目に留まることを願い、あからさまな野心を燃やす姿には、娘として、同性として言葉を失う。
そんな女性陣を眺めながら、アデルはふと過去の自分に思いを馳せる。
(私も朝早くから叩き起こされてあんな風にもみくちゃにされたっけ。当時は何とも思ってなかったけど、はたからみるとちょっと怖い……)
アデルはというと、早々に身支度を整えアリスの入れてくれた渋めのお茶を飲みながらぼんやりとその様子を眺めている。
母はアデルにまるで興味を示さなかった。幼い頃からの病的な執着はどこにいってしまったと思うほど、関心を見せない。今は二人の妹しか見えていないようだ。
(あの日は特に忙しかったなぁ。お母様が用意したドレスが全部で六着。結局二着しかお披露目できなかったけど…)
今日のアデルの装いは、妹から借りた濃紺のドレスだ。アリスの話では最近の流行りからはかなり外れているらしいが、アデルの体形に合うものがこれしかなかったのだから仕方がない。
とはいえアデルはこのドレスが気に入っていた。肌の露出が少なくシンプルなのがいい。裾に散りばめられたグリッターが星のように輝き、何とも言えず美しいドレスだ。
(あのドレスも好きだったな)
最後に身に着けていたラベンダー色のドレス。アルベルトが贈ってくれた初めてのドレスは背中が大きく露出したデザインで少し恥ずかしかったけど、大人の女性として扱ってもらえたようですごく嬉しかった。
アデルはテーブルのドライフルーツを一つつまみ、ふとある事に考えをめぐらす。
(そういえば、あのドレス…。北の森で見つかったって言ってたけどどうしてかしら?あれは靴やアクセサリーと一緒にベッドの下にしまっておいたはずなんだけど…)
浮かんだ疑問に、首をかしげる。
(偽物…?それとも盗まれた?いつ?…誰に?)
「アデル!!何ぼんやりしてるの?!急がないと遅れてしまうわ!」
母の大声にハッと我に返る。振り返るときらびやかに飾り立てられた妹たちが、お互いを褒め合いながらキャッキャとはしゃいでいる。
(これ…王子殿下たちの目に留まるかな…?)
美しい…というよりも、聖夜の飾りのような装いに、アデルは再び言葉を失った。
久しぶりに訪れた王宮は、既に多くの人で溢れていた。
アデルにとってはこれが初めての夜会。きらびやかな雰囲気に思いのほか気分が上がる。
母と妹たちはいつの間にか姿を消していた。おそらく獲物を探しに突撃していったのだろう。
「お前はあっちだ」
目線で示した方向に騎士が一人立っていた。その向こう、薄暗い回廊の先に目指す殿下の控室があるのだろう。
「それでは行ってまいります」
頭を下げた先に、もう父はいなかった。
代わりに案内の騎士が前に立つ。
「ご案内いたします」
その顔には顔には見覚えがあった。
「あの…もしかしてソワール卿ですか?」
アルベルトが近衛に配属が決まった時、面倒を見てくれたという伯爵家の次男。アデルとも顔見知りで歳はアルベルトの二つ上。おそらく今年二十四歳になるはずだ。
「はい。ご無沙汰しております。お元気そうなお姿を見られて安心しました」
にこりとほほ笑む顔が優し気で、思わずアデルもほほ笑みを返す。
「ソワール卿も。その節はご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
笑顔に少しだけ影が落ちる。労わられているのがわかり、敢えて明るく振舞う。
「この通り、元気にしております。これからは少しづつ社交の場にも顔を出していきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします」
「……」
卿はただあいまいな笑みを浮かべただけで何も答えなかった。
「殿下がお待ちです。こちらへ」
◇■◇
「アデル!!」
懐かしい顔にアデルの顔がほころぶ。本来なら緊張して然るべき相手だけれど、幼い頃から姉妹のように育った間柄のため、むしろ誰よりも安心できる相手だ。
「ご無沙汰しております、殿下」
「アデル…アデルッ!!本当に無事でよかった!!あと、殿下って呼ぶのやめてっ!」
「フフッ…わかりました。グレイシア様」
グリーンの瞳を潤ませ、ぎゅうッと抱き着くグレイシアの背中にアデルも腕を回した。
「見つけてあげられなくてごめんね!!助けてあげられなくて…本当にごめんなさい!!辛かったでしょう……。でも…アデルに会えて嬉しい…っ」
「私もよ…グレイシア…」
グレイシアの涙にアデルの声も震える。
「アルベルトとの事聞いたわ…。ホントになんて言ったらいいか…」
「それは…もう大丈夫です。彼の事情も理解できましたから…」
「……」
グレイシアは辛そうに眉根を寄せると、アデルをソファへと促した。テーブルにはこれでもかというくらいのたくさんの料理が所狭しと並べられている。
「とりあえず、食べて!お菓子でもオードブルでも!お肉も魚もあるわ!!あなた少し痩せすぎよ!!うらやましいからもっと食べなさい!!」
「なんですか、それ…」
「元気出してって言ってるの!!いっぱい食べていっぱい飲んで、いっぱい話しましょう。そしたら…少しは気がまぎれるでしょ?」
黙っていればかなりの美女なのに、性格は中々に豪胆な彼女は、アデルがどれだけアルベルトを想っていたのかを知っている。彼女なりにアデルを励ますつもりでここに呼んだんだろう。
「ありがとうございます。グレイシア様」
こんなに楽しい時間は何年ぶりだろう。
アデルたちの語らいは侍従がグレイシアを呼びに来るまで小一時間ほど続いた。
「ああ!もう話し足りないのに…っ!」
「お呼びいただければ、いつでも参りますよ」
「……っ」
アデルの言葉に、グレイシアが押し黙る。そして真剣な瞳でアデルを見つめた。
「私が男だったら…絶対にあなたを妻に娶るわ」
「え…?」
突然の告白にアデルはポカンとグレイシアを見つめた。
「他の女性に目移りなんかしないし、あなたが死んだら一生後妻なんて迎えない。間違いも犯さない…あなたを不幸になんて絶対にしない」
「フフッ嬉しいです。そんなに愛して頂けてたなんて」
冗談だと思ってそう返したのに、グレイシアの瞳はとても真剣だった。
「あなたにどんなことがあったとしても、私はあなたを…」
「グレイシア…様?」
グレイシアの頬に涙が伝う。王女は再びアデルを抱きしめた。
「覚えておいて。あなたは誰よりも高潔で尊い女性なの。絶対に…誰がなんと言おうと…絶対よ…」
殿下の部屋を後にしたアデルは、再びソワール卿の案内で馬車へ向かった。回廊は来た時同様、人影はなく明かりも少ない。中庭の向こうからは華やかな音楽ときらびやかな光が漏れだす。きっと今頃、皆ダンスに興じていることだろう。
「ソワール卿は参加なさらないのですか?」
前を歩く騎士にふと尋ねた。が、愚問だったとすぐに思い当たる。
「今は職務中ですので」
「申し訳ありません。浅慮な言をお許しください」
「構いません。それに私はああいう場が得意ではありませんから」
華やかな容姿に穏やかな口調。余計な詮索はせず、思慮深い言葉選びと心遣い。グレイシアがアデルの案内役に選んだ理由に胸がじんわりと温かい。
「あの…アデル様…」
ふいに声を掛けられ足を止める。アデルを庇うように前に出たソワール卿の肩越しに一人の女性が立っているのが見えた。
「……!」
不意打ちに心が凍る。茶色の髪に菫色の瞳。
見間違えるはずがなかった。
「セシリア…様?」
立っていたのは、アルベルトの屋敷で会った彼の婚約者、セシリア=オルコット嬢だった。
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