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11 洗濯日和

誤字脱字報告ありがとうございます。

いつも助かっています(^^)

「お嬢様っ!だめですよ…っ!おやめください!」


 アリスが必死にアデルの腕をつかむ。周囲のメイドはただ呆然としながらその様子を見守る。


「まあ見ててよ、アリス。私が本職顔負けだってとこ見せてあげるから」


 まくった腕を勢いよく桶の中に突っ込み、十分に水が浸み込んだシーツを掴み上げる。洗剤をつけ適度に泡立てると、板にこすりつけながらゴシゴシと洗う。


 監禁生活中に身に着けた、アデルの特技の一つ。

それがこの洗濯だ。


 五年の間、アデルもただ繋がれたまま家畜のように過ごしていたわけではなかった。少しでも人間らしい生活が送れるように、男ばかりの集団生活の中で役に立つ存在だと示せるように、できる事はなんでもやった。中でも洗濯と調理は重宝され、年月はそのまま経験としてアデルの能力を向上させた。今なら大抵の家事はこなせるし即戦力としてそこそこの家門のメイドとして働く自信もある。


「今日は天気もいいし、絶好の洗濯日和ね。よく乾きそうだわ」

「お嬢様ぁ……っ」


 アルベルトへの思いに整理をつけたあの日から半月。心にぽっかりと空いた穴はそう簡単に埋める事はできないけど、気持ちは随分と落ち着いてきた。今はもう、くよくよと思い悩むこともない。


 兄はあの後すぐに領地に発った。父から引き継いだいくつかの事業に不備が目立ち、のんびりしてはいられないらしい。当面こちらに戻る事はないだろう。


 アデルがマクミラン家に突撃した事実は、当然両親の耳にも届いていたようだった。然るべき罰が与えられるだろうと覚悟していたが、それについて言及されることは一切なかった。

 それどころかアデルは未だ二人との再会を果たせていない。故に婚約解消についてもなんの説明も受けてはいない。


 今朝、自室で一人朝食をとっていると、母と妹たちを偶然見かけた。アデルの一つ下のシャロンと三つ下のエセル。母と同じ金色の髪を持つ二人はアデルの記憶より随分と大きく、そして美しく成長していた。三人は楽しそうに笑い声を上げながら馬車に乗りこむとどこかに出かけて行った。

 マーカスによれば、二か月後に開かれる王室主催の夜会で着るドレスを仕立てに行ったらしい。体調を崩していると聞いていた母は思った以上に元気そうだった。昔よりふっくらとして見えたのは気のせいではないだろう。


 ここまでくればいいかげん、アデルも現実を受け入れざるを得なかった。


 両親が自分の帰還を望んではいなかった。その事実を。


 元々愛されている自信はなかった。

 両親とは似ても似つかぬジンジャーの髪とヘーゼルの瞳。その容姿は、父が母に対し不審を抱くのには十分だった。後に母と同じ金の髪色を持つ妹たちが生まれてからは尚のこと、不審は疑念へと変わり、やがて確信へと成長した。

 常に不機嫌な父と、その顔色をうかがう母。自分に出来たのは二人の機嫌を損ねないように『優秀な令嬢』を演じる事だけだったあの頃。


 それでも、再会は涙と抱擁で…なんて淡い期待を抱いていた自分がひどく滑稽で憐れに思えた。

 両親の不和の元凶であるアデル。マクミラン家に嫁ぐことでしか価値のなかった娘は、結果その価値すら失い、ただのお荷物でしかなくなった。


 それでもアデルが帰る場所はここだけ。他に行くところなんかどこにもない。


「……」


 桶に目を落とす。さっきまでふわふわと全体を覆っていた大きな泡が、ジクジクと音を立てて消えていく。僅かに残った小さな泡の下には、底の見えない灰白の濁った水。


「やっぱり、いい洗剤は違うわね!汚れ落ちが全然違う!灰汁だけじゃ限界があるもの。流石は侯爵家ね!」


 重くなる気持ちを振り払うように敢えて大きな声を出した。


「何をやってるんだ……お前は」


 不意に聞こえた背後からの声に、ピタリと手を止める。振り返り見上げると、声の主は眉間にしわを寄せポカンと口を開いている。


「……ご無沙汰しております。お父様」

「……」


 懐かしい…というよりこんな顔だったかしら、という印象が強い実父が呆れた顔でアデルを見下ろす。


「一体なんの真似だ」

「天気が良いのでシーツを洗っていました。流石は侯爵家。いい洗剤をお使いですね。驚くほどきれいになります」

「…使用人の仕事を奪うんじゃない。それより、大事な話がある。今すぐに私の部屋に来なさい」

「わかりました。これが終わったらすぐに向かいますね」

「聞こえなかったのか。私は今すぐにと言ったんだ。いちいち逆らうんじゃない」


 眉間のしわを更に深くし、深く息を吐いた父がサッと踵を返す。アデルは仕方なく、洗いかけのシーツをメイドに託すと父の後を追った。





「今度の夜会にお前も登城するようにと、王女殿下から仰せつかった」


 はぁ、と重いため息をつくと父がそう切り出した。


 アデルはその名と共に懐かしい親友の顔を思い浮かべた。


 グレイシア=ウィングフィールド


 わが国の唯一の王女であり、最後に会ったのは五年以上も前。成長し美しいレディになった彼女を想像し、わずかに口角が上がる。


「聞いているのか?」


 即答しない娘に焦れた父が促す。気が短いのは相変わらずのようだ。


「聞こえています。ですが、よろしいのでしょうか? デビュタント前の私が夜会に参加しても」


 基本、デビュタント前の子女は子どもとみなされ、夜会への参加は認められていない。アデルは年齢こそ条件を満たしているものの、そののタイミングを逃したため参加資格はないはずだ。


「誰が参加しろと言った。案内をつけるから当日は直接殿下の控室に向かうように。くれぐれも会場には顔を出すな」

「承知致しました。あ、でも……」

「なんだ」


 父がチラリとこちらを見る。


「ドレスがありません。以前作って頂いたものは随分小さくなってしまいましたので」


 部屋には五年前のドレスが数着残されていた。アクセサリーやバックの類は一つも見当たらず、誕生日に兄からもらったガーネットもアルベルトからもらったアメジストも残らず無くなっていた。誰が持ち出したのかは…想像に難くない。


「ドレスはシャロンのを借りればいい。一度着ただけで袖も通していないモノがたくさんあるはずだ」


 サイズの問題は父に言っても分からないだろう。


「わかりました」


 アデルは頭を下げると、部屋を後にし、小さく一つ息を吐いた。

 結局父からは、おかえりも労いの言葉も一切送られることはなかった。




本日もお読みいただきありがとうございました。

次話投稿は明日13:00頃を予定しています。


補足ですが、アデルは不義の子ではありません。ちゃんとこの父親の実子です。それなのに…ねぇ。


次話投稿は明日13:00頃を予定しています。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
主人公はすこしは落ち着いたみたいですね。そろそろ事件や周囲の事に気持ちを向けられると思うんですけど。殺された侍女さん達のことは気にしてる様子がないですね。貴族のお嬢様にしてみたら所詮は使用人ってことな…
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