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10 後悔と誓い

ノアの回想です

 持ち帰った書類に区切りがついたところで、ノアはペンを置いた。目頭を押さえ背もたれに体を預ける。


 妹の帰還の知らせを受け、取るものも取りあえず屋敷に戻った。五年ぶりに見る四つ下の妹は、同じ年の令嬢たちに比べ、とても小さく頼りなげに見えた。

 痩せた体躯、全身に及ぶ擦過傷(さっかしょう)に足首の捻挫、打撲、そして足裏の裂傷。幼かった少女に何があったのか、考えただけで胸が締め付けられた。

 青白い顔にそっと手を添えると、静かな寝息と共に温もりを感じた。そのやわらかい頬は彼女が生きているという証。


「命に別状はありませんが、筋力の低下と栄養不足が気になります。意識が戻りましたら多めの水分と消化の良いもの、なるべく栄養価の高いものを少量ずつ召し上がるようにしてください」

「わかった」


 主治医の言葉に頷く。傍に控えていたマーカスに指示を出し皆を下がらせると、ノアはアデルの枕元に椅子を寄せ腰を下ろした。


 手にはシンプルな長方形のジュエリーケース。中には深紅のガーネットをあしらったペンダントが入っている。



■◇■



「これを君の名で、アデルに渡して欲しい」



 早朝、屋敷を訪れたアルベルトは、親友でありアデルの兄でもあるノアにこれを渡した。


「これは?」

「五年前、彼女の誕生日に渡そうと思って準備していた物だ」


 妹の元婚約者はそう言って、口端に自嘲的な笑みを滲ませた。


「僕が持っていてもしょうがないものだから」 


 長きに渡りアデルを探し続けた彼は、奇しくも彼女の発見者となった。

 発見場所は首都の東。廃領となった元伯爵家の領地と王領地の境の町。思わぬ再会に一番驚いたのは間違いなくこの男だろう。


 この五年、アルベルトは誰よりも必死にアデルを探してくれた。その姿は見ているこちらが耐えられないほど痛ましいものだった。そんな彼がようやく妹との婚約解消を受諾し、新たな婚約者との道を歩み出した。それはノアにとっても喜ばしいことだった。それなのに、まさかのこのタイミングでアデルが見つかるなんて。双方の気持ちを慮ると胸が痛む。


「なぜ、ガーネットを?」


 不意にそんな質問が口をついた。偶然か、それとも必然か…。その真意をつい確かめたくなった。


「誕生石だろ、アデルの。本当の」


 親友は見慣れた優しい笑みを浮かべてそう答えた。


「知ってたのか?」


 アデルの誕生石はアメジスト。それが周知の事実だった。だが本当の誕生石はガーネット。特に隠しているつもりもなかったが、混乱を防ぐため敢えて周囲には明かしていなかった。知っているのは本人と両親、それに兄であるノアだけ。アルベルトも例外ではなかった。


「お前がアデルにガーネットを贈ることは知ってた。初めは何でだろうって思ってたんだけど、もしかしたらと思ってマーカスに聞いた。ごめん勝手に…」


 我が家門の老執事の名を聞いて、なるほどと納得した。


「ガーネットは家族しか贈らない、そう聞いて…なんだかちょっと寂しかったんだ。当時僕はまだ子どもで…小公爵なんて呼ばれてたけど、何の力もなくて。彼女に寄り添うことはできても守ることすらままならない。それがひどく悔しかった。お前はまだ、アデルの家族を名乗る器ですらないんだって言われてるみたいで…ね。だからいつか、自分の力でアデルを守れるようになったら贈ろうって決めてたんだ。近衛に選出されて、これでようやく彼女の家族に名乗りを上げられる…そう思ってたのに…結局僕はまた、何もできなかった」


 普段あまり自分の思いを口にしないアルベルトの真意を聞き、ノアは静かに目を閉じた。


「お前にこんな事を頼むのは心苦しいけど、お願いできるかな?」


 本当は、自分で渡す日を待ち望んでいたんだろう。ペンダントをかけほほ笑み合う二人の姿がノアの脳裏に浮かぶ。でもそれはもう永遠に叶わない夢だ。それはノアもアルベルトも十分理解している。


「俺は嘘は苦手だ」

「知ってる。だから無理にとは言わない。渡せなかったらお前んちの宝物庫の片隅にでも放り込んでおいてくれ」


 アルベルトはそう言って茶化した。



「お前と家族…か。改めて考えるとぞっとしないな」

「あははっ!」


 ノアのジョークにアルベルトが声を上げて笑う。


「アデルの事…」


 アルベルトが言いかけた言葉をノアが遮る。


「ここからは家族の領分だ。お前に言われるまでもない」

「ああ……そうか…。…そうだな」



 ノアは宝飾店に、ペンダントに見合うケースを(あつら)えるよう依頼した。依頼人に自分ではなくアルベルトの名を使ったのは妹にあいつの想いを知っておいてもらいたかったから。真実を伝えたからと言って事実が変わるわけじゃない。それでも、ノアはこれまでのアルベルトの献身をなかったことにしたくなかった。これが己のエゴである事、アルベルトを優先するあまりアデルに寄り添えていない事に、この時のノアは全く気づけていなかった。



 ケースが完成するまでの間、ノアはアデルに見舞いの品を贈り続けた。事実は間違いなく彼女を傷つけ、絶望させるだろう。できるならそんな姿は見たくない。少しでも先に延ばせるならそうしたかった。せめてケースが仕上がるまでは、自分の口から真実を伝えるまでは……。


 この身勝手な思いが、更にアデルを追い詰める事になるとは思いもしなった。


 


 結果、真実は最悪の形で彼女に伝わった。


 自ら店舗で受け取るつもりが、領地問題で手こずり叶わなかった。


 気が利く店主が屋敷に持ち込み、同じく配慮に長けた老執事がアデルに渡すなどとは夢にも思わなかった。


 そして先んじて準備してしまったカードとアデルの行動力。何も書かれていないカードを見たアデルの想像力は、ノアの想像をはるかに超えていた。



 全ては自身の落ち度でしかなかった。



 それでも、アデルはすべてを受け入れた。


 アルベルトの幸せを願い笑顔を見せた。


 やるせなかった。何もしてやれない自分が歯がゆかった。


 ノアは生まれて初めて、健気な妹を胸に抱いた。


 そして妹もまた、初めて兄の前で声を上げて泣いた。




 ノアは誓う。


 この先何があっても、自分だけは彼女の味方でいようと。彼女がどんな選択をし、どんな人生を歩もうともその背中を見守ろうと。そうして彼女の幸せだけを心から願おうと。


 それだけの力を持つ男になろうと、そう心に誓った。



本日もお読みいただきありがとうございました。

次話投稿は本日19:00頃を予定しています。

お父さんが登場します。


どうぞよろしくお願いします

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