異世界の始まり
刺激的でいて何処か儚い、淡い空間に浸かっているようだった。一緒に生きていく仲間がいて、何かの使命に駆られて冒険をする。掴もうとすると消えてなくなってしまいそうなそんな現実....
「おーい。ぺしぺし....困ったな。全然起きないや。」
ちっ...もう起きるのかよ、俺。なんだかすごい良い夢を見てた気がする。でもどんな話だったかさっぱり思い出せない。なんで夢ってすぐ忘れちゃうんだろうかな。やっぱり無理やり起こされるっていうのが原因の一つじゃないかな。目覚める心の準備ができてないのに、むりやりぺしぺしと叩き起こされるか...ら....
「ん~~....ん?」
バチン!!
「いって!!なんだ!?何がおきた!?」
「おはようございますー。あっ、勇者さまは寝るとき下着だけで寝るんですねー。僕と一緒だ。」
目の前には、いかにも高価そうな椅子に座るおじさんとその隣にすごい綺麗なお嬢様。さっきから減らず口叩いてるこいつは、だれ?俺もう起きてたよね、気持ちよく伸びしようとして「こいつもう起きるなー」てわかってから強めにビンタしたよね?
「あー申し遅れました。私、ヴァルト王家専属執事のマックス・エーマと申します。お気軽にマックスとお呼びください、勇者様。」
ふーん、マックスね。王家専属のね、執事の。で俺が勇者って言うわけね....は!?夢?....なわけ無いか。それはさっき思っきしビンタされて証明済みだし。待てよ、あるいは寝てる俺が誰かにボコボコにされてるって可能性も....いや、これは現実だ。そうじゃなきゃ怖すぎる。そうに決まってる。
「要するに俺は勇者としてここに召喚されて、この世界を魔王の侵略から救えばいいってことか。.....てことで合ってる?マックスさん。」
マックスは少し困惑したような表情を浮かべ、ニコッと微笑み、再び強烈なビンタが炸裂した。
「なんでもう一回ビンタした!?」
「全て図星でしたので、それは王の御前であまりにも図々しいのでとりあえず。」
「そんな理不尽な。」
どうやらこのマックスとかいうのは俺を舐めきっているらしい。異世界から来た野蛮人だとでも思っているのだろうか。まあでも知らないとこから来た奴への風あたりと考えれば、そんなに違和感がある話じゃない。そしたら俺の世界の真摯な対応ていうのを見せてやろうじゃないか。地球代表として。
「てめえ、マックスこの野郎!!これから世界を救っちゃう勇者な俺に二度もビンタをお見舞いするとは、随分な対応じゃないか。あれか、もしかして雇い主もいきなり暴力ふるっちゃうDV王なのか。まあ、小太りのおっさんが不釣り合いな豪華な椅子に座ってるくらいヘンテコ世界だから、こっちも期待は、端からしてないからな!!」
息が切れ切れになって叫んだ怒号は、広い部屋にこだました。締め付けるような沈黙に包まれる。
あかん、やってしまった。地球代表のクレーマーになってしまった。ほら、王様なんか腕置きを強く握ってワナワナしてるし、周りの人もみんな凍りついちゃってマックスに限ってはさっきの余裕ある笑みが完全に引きつっちゃっている。なぜか王様の隣のお嬢様はツボに入ってしまわれて、笑うのを必死に我慢してますよ。
「勇者様!!すいません王様、すぐ黙らせますので。」
慌てるマックスが俺の口を抑えて言った。こいつ、一体誰のせいでこんな事になってると思ってんだ。例えるなら、クレーマーに逆ギレするカスタマーサービスだ。しかも今回の場合そっち側にもそれなりに非がある。あ、はいキレました。完全にクレーマースイッチ入りました。
「まったく、隣のお嬢様はこんなにお綺麗でいらっしゃるのに豪華な椅子に不釣り合いなおっさん、あんたこいつの雇い主だろ。まず謝って、誠心誠意の謝罪して。さもないと俺の脳内にある20個ほど浮かんだあんたの悪口言っちゃうぞ。」
あーあ、止まんねえよ。自分でも止められないくらいのところまで来ちゃったよ。無意識に厄介クレーマーのお手本みたいなこと言えちゃう自分の才が恐ろしい。
「わ、分かった。うちの執事が勇者様に大変無礼なことをした。申し訳ない。なんとか怒りを沈めてはもらえないだろうか。」
王様はこんなに大人な対応してくるのに、俺ってば小学生レベルのことを。いかんいかん、俺はいうなれば地球代表の勇者だ。こんなことでは「もう地球から勇者採るのやめようぜー」ってことになりかねない。紳士な対応を心がけねば。
「いえ、俺も少し言い過ぎました。ちゃんと世界は救います。まずこの世界の事について教えてもらえませんか。」
それを聞いた王様は少し驚いた様子を見せ、すぐに見事な作り笑顔で応えた。内心では怒り心頭なんだろうな、目が笑ってない。
「話すよりやっていただくほうが良かろう。マックス、例の水晶玉の儀式を勇者様に。」
「は、はい。ただいま。」
そう言うと一瞬俺の方を睨んで、「コホン」と咳払いをし、小箱から水晶玉を取り出して小瓶に入った液体をそれに一滴たらした。
「それでは、ササキ様。この水晶に手をかざして「「我がスキルをここに示せ」」と唱えてください。」
おお、なんだか異世界感出てくる物、セリフだ。ここから俺の第二の人生が始まるわけか。そう考えるとなんか急に緊張してきた。
「我がスキルをここに示せ!!」
すると水晶は淡い光を発し、その上に文字が浮かび上がってきた。現実に諦め、絶望していた佐々木拓哉25歳は今日まったく新しい人生のスタートを切る。
俺の異世界物語の開幕だ。
そしてマックスは水晶玉を覗き込むように見てギョっと驚き大声で叫んだ。
「これは!!.......雑魚すぎ!!」
俺の異世界物語の閉幕のお知らせ。