いつもの夜
「ひろきさんにとって、人生ってどんなものなんですか?例えば、こう、誰かのために生きるとか、お金をいっぱい稼いで自由になるとか。」
と、可愛いアイドルが司会者挟んで向こう側の中年男性に投げかけた。テレビに出るというのにヨレヨレの普段着で「うーん...」と少し意味ありげにフンフン頷くおっさんは何が偉いのか、金を少し余計に稼いだだけである。
「そうっすね。例えばの話ですけど、医者に余命宣告されました。「「あなたの余命はあと半年です。」」そしたら皆は残りの人生どう生きるんだろう。大体の人は、というかほぼ全員が悔いなく生きると言うでしょうね。好きだった人に想いを伝えてみるとか、やりたかったこと全部やって、とびきり濃い半年間にするでしょうね。あるいは、どうせ半年後に死ぬのだから思いっきり非行に走るっていう人もいるかもしれません。でも皆、後悔しないように残された人生を生きようとするでしょうね。」
なんだか深いこと言おうとしてる割には、ヘラヘラしてそれでいて早口で、薄っぺらにしゃべっているのに、説得力があるのはなぜだろうか。それはきっと、堂々とした生き様せいなんだろう。
「でも、いざ死ぬってときになって、自分の築いてきた思い出が死ぬのをつらくするんです。半年で死ぬって分かってるのにわざわざ、最後につらい思いするのはバカみたいじゃん。これが半年なのか、何十年なのか、たったそれだけの」
なんだか耐えかねてスマホを閉じる。電気を消して、もそもそとベッドに移り寝つこうとする。
「それをテレビに出れちゃうくらい金稼いだやつに言われても、お前が言うなって話だよ。」
そんな心ばかりの反論も25歳無職男性の住処で、虚しく消えていくだけである。
「親家族に見捨てられて、社会からも棄てられた俺は大して思い出すこともないから楽に死ねますって?ふざけんじゃねえよ。」
宙ぶらりんの生活で家族や友達、ネットに出ていけば世間から心の芯をえぐるような言葉はいっぱい浴びせられてきた。そのたびに何度も後悔してどうしてこうなったか考えてみるけど、薄々その答えには気づいてた。毎日毎日、変わろうとしている自分を裏切っている、そんな自分が悪いんだ。何が悪いって結局俺なんだよな。その報いがこのざまならある意味本望かもな。
ふと天井を見上げる。真っ暗な部屋でどこまでが天井か分からない錯覚に陥る。自分は今何を見てるんだろう。ただ黒い、暗闇に自分がいる。
やりなおしたい。でもどこから?高校生?それとも大学生?
なにか決定的な出来事があってこうなったわけじゃない。いつ、どこを変えればいいんだ。それがわからない。だらだらと卒業して仕方なく就職しようとして失敗して。どこかで自分が悪くなったわけじゃない。それならいっそ作り物語みたいに、こことは違う世界にいけたなら、どれだけ心は救われるだろう。
「やめだやめ。さっさと寝よう。」
あり得ない可能性にかけて失望するのは止めだ。それ以上にくだらないことはあるまい。そうして半ばむりやり眠りにつく。ここ何年も変わらない、そんな夜のことだった。