4. 気が合う仲間
「うー、お腹すいた……」
翌朝。
千花音は空腹のあまり、ベッドにうつ伏せになって弱々しい声を上げている。
昨晩、彼女はお菓子だけでは満足できず、さらに食べ物を要求してきた。
そこで俺が言ったのは、夜遅くに食べると太るぞ、という魔法の言葉。食事を求めて不満たらたらの彼女をなんとか寝かしつけたのだが。
その結果、こういう状況になっている。
海岸で倒れていた時も寝言で“食べ放題”とかつぶやいていたくらいから、かなり食欲旺盛なタイプなのだろう。
少し悪いことをしたと思い、彼女に何かちょっとした食事を提供することにした。
「何か作ろうか? と言っても、大した料理できないけど」
「え! ほんと!?」
今までの五倍ほどの声量で、目を輝かせながら尋ねてくる。
「まあ、軽い朝食くらいなら。大したものは作れないけどな」
「全然いいよ! お願い!」
これだけ食事を熱望されて悪い気はしない。目玉焼きみたいな簡単なものしか思いつかないが、まあいいだろう。
俺は手早く調理に取りかかった。
料理を載せた皿を持ちながら、台所を離れる。
目指す先には、食事を今か今かと待ちこがれている千花音が、床に置いてあるテーブルの前でそわそわしながら正座している。
なんか行儀の良い犬みたいだな。
「はい、どうぞ」
「わぁ! おいしそー!」
彼女の前に置いた皿には、目玉焼きに炒めたベーコン、レタス等の生野菜と、本当に簡単なものしか無かったが、それでも彼女は満面の笑みで歓声を上げた。
「いただきまーす!」
軽快に箸を進める千花音を眺めながら、俺はトーストをかじり、ふと時計を見た。
げっ、もうこんな時間!
学校は遠くはないのだが、そろそろ出なければ遅刻してしまう。
急いでトーストを頬張る俺に気づいて、千花音が聞いてくる。
「学校の時間?」
トーストを口に含んだまま、首を縦に振って答える。
考えてみれば、彼女も自分の学校を休んでここに来てるんだよな。
彼女の両親はこのことを知っているのだろうか。いや、知ってたら止めるよなぁ。
まさか、行方不明になったって騒ぎになってるんじゃ……
様々な疑念と不安が頭をよぎったが、とりあえず今は学校に向かうことに専念する。
トーストを胃に流し込んで立ち上がろうとすると、ふいに袖が引っ張られた。
「ん、何?」
「ね、テレビとかどこにあるの?」
久しぶりに聞く単語だな。
「無いよ、テレビもラジオも。パソコンはあるけど、インターネットにつなぐことはできないし」
「えっ、何で!?」
「そりゃ、パートナー以外の女性を目にしないように、ってことだろうな。ここはそういうところだから」
フォートの管理は徹底している。
パートナー以外の異性を見ることは、パートナーへの愛情を育む妨げになるという考え方がフォートの基本理念となっている。そのため、フォート内ではあらゆる設備がパートナーのみと接触させる様に作られている。
パートナー以外の異性が映っている映像は絶対に見ることが無いし、入荷する本なども厳しい検閲を通過したもののみ。
ニュースは、フォート管理局が独自に配信する記事を読むことができるが、おそらく知らされていない情報も多いと思う。俺達って、かなり偏ってるんだろうなぁ。
「それじゃ暇だよ~。メロくんはよく耐えられるね」
「まあ、フォートに入ったばかりの頃はきつかったけど、今は慣れたな」
人間は、ものが無ければ無いなりに順応するみたいだ。
「俺にはどうしようもないから、我慢してくれ。あと、昼ご飯もカップラーメンか何かで」
「えー」
不機嫌そうな顔をする千花音を尻目に、俺はさっさと玄関へ向かった。
***
足早に学生寮を後にし、通っている清崎高校へ向かう。
時間にしておよそ徒歩四分。
このフォートは、そこに住まう男子に配慮された作りのため、通学距離が極端に長くなったりすることがない。こういうところがここに住んでいる利点とも言える。
そうこうしている間に高校に到着し、少し息を切らしながら教室へ入ると、雑談中のクラスメイト達がまだ至るところに散らばっている。
時計を見ると、いつもよりは遅いものの、予鈴までは一、二分の時間があった。
まだ余裕があることが分かって、落ち着いて息を整えながら自分の席まで来ると、見慣れた顔が二つ、こちらに来るのが目に入る。
「よっ、今日はギリギリだな」
「西島か、まあちょっとな……」
先に話しかけてきた眼鏡の少年が、クラスメイトの西島直弥。パソコンが好きで、将来的にはその方面の仕事がしたいらしい。ただ、フォートはインターネット環境が整っておらず、手に入らない機器もあって、色々と不満だとか。
「そーたん、遅いじゃないの~。話す時間なくなっちゃったわよ」
「ああ、悪いな、真里」
「やだぁ、マリちゃんって呼びなさいって何度も言ってるでしょ!」
「分かった分かった、真里」
「直ってないわよぉ!」
女性のような口調で話しかけてくるのは、隣のクラスの沢野真里。名前の読み方は“まさと”で、れっきとした男だ。
しかし、この少年には女性になりたい願望があるようで、こうして周囲に女性のように振る舞ったり、名前の読みを“マリ”で呼ばせようとしてきたりする。とはいえ、化粧をしているわけでもなく、見た感じは普通の男子高校生とそう変わらない。男性居住区域には化粧品や女性の服が売っていないので、当然ではあるが。
二人とやりとりをしている内に、担任が入ってきて、生徒達は一斉に自分の席へ舞い戻った。
***
「でさぁ、理恵のやつがうるさくて、昨日もぐちぐち説教してくるんだよ」
時は昼休み。
俺と西島、真里の三人は教室の隅で、買ってきたパン等をかじりながら、取り留めのない話に花を咲かせていた。
今は西島が、パートナーである三浦理恵への不満を、俺と真里に聞かせているところだ。
俺達三人がよく一緒にいる理由は、ここにあると言える。
つまり、ここにいる三人とも、それぞれパートナーとの仲がうまくいっていないのだ。
他のクラスメイトを眺めても、自分のパートナーがいかにかわいいかとか、優しいかなどをお互いに自慢し合うばかり。幸せそうで、ある意味うらやましい。
このフォートで少数派になってしまった俺達は意気投合し、こうして行動を共にしている。
ただ、同じような境遇の三人ではあるが、それぞれ不仲の形は異なる。
西島は、色々と物を言ってくるパートナーにうんざりして、相手の女子もそんな西島に呆れているという状態。
真里は、パートナーとぶつかっているわけではないのだが、真里自身が女性よりも男性に興味を持っているため、関係が発展しないという問題を抱えている。
そして、俺は……
「永峯はいいよなぁ。宮町さんは優しいみたいだし、何が不満なのかさっぱりわからん」
「んー、前から言ってるけど、別に不満があるってわけじゃないんだ。なんていうか……相性が合わないっていうか……」
「あらぁ、じゃあ、そーたんはアタシと相性が合うってことじゃない?」
「なんでそうなるんだ!?」
真里が俺の腕にしがみついてこようとするのを、とっさに避ける。
「照れちゃってー。かーわーいーいー」
野低い声で微笑む真里。怖い。
「お前はそんなに言い寄られててうらやましいなー」
「どこがだよ!」
頬杖をついて半笑いする西島。他人事感100%。
色目を使ってくる真里を無視し、俺は心に留めていたことを口にする。
「ところで、放課後は二人とも暇か?」
「まあ、今日はバイトが遅いシフトだから、一応な」
「アタシはだいじょぶよん。何かあっても、そーたんのためなら空けちゃう!」
「そっか、ならあとで俺の寮に一緒に来てほしいんだ。見せたいものがあって」
「見せたいもの? なんだ?」
「いや、それはちょっとここでは……」
俺が口ごもっていると、真里が何か思いついたような顔をした。
「あー、わかったぁ。アタシとそーたんの――」
「いや、その答えいらないから」
「ぶー、なんでよー!」
真里が頬を膨らませて、腕をバタバタさせる。そのかわいくないかわいいアピールは結構です。
こうして、俺は放課後に西島と真里を連れて寮へ戻る運びとなった。