3. 不本意ながら
「恭くんに……こっ、告白するためにっ!」
恥じらいを含みながらも、揺るぎない意志が宿った声。
その言葉は、俺の予想とはかけ離れていた。
確かに、好きな人に想いを伝えるのは大事なことだ。しかし、そのためにこんな所まで来るなんて、なかなかできることではない。
「君の気持ちは分かった。ただ、この男性居住区域に女子が紛れ込んでると他の人に知られたら、大騒ぎになるぞ。おぼれてここに流れ着いたとかなら、罪は軽くなるかもしれないけど、わざと乗り込んできたと判断されたらどうなるか……」
「それは、覚悟の上だよ」
彼女の瞳は微動だにしなかった。その様子が先程までの印象と対照的で、少し驚く。
「それになぁ、その藤川さんがこのフォートにいるってことは、藤川さんにはもうパートナーが――」
「うん、それも分かってるよ」
俺の言葉をさえぎるように、少女がぽつりとつぶやいた。
彼女の顔は、決心がついていると言わんばかりで、落ち着きを見せている。
「恭くんもこのフォートに住んでるんだから、将来の結婚相手がいるのは分かってる。でも、どうしてもあの時のことが忘れられなくて……」
少女は何かを思い出すように目をつぶり、それから言葉を紡ぎ出す。
「わたしと恭くんは保育園の頃からずっと一緒だった。恭くんはわたしより学年が一つ上だったから、わたしに妹のように接してくれて。わたしはそんな優しい恭くんにいつもくっついてて。でも、わたしが五歳の時、恭くんがフォートに移住することが決まったの」
当時のことを思い出したのか、悲しみの色が彼女の顔に現れた。
「わたしは、恭くんに離れたくないって言った。恭くんも同じ気持ちだって言ってくれて。でも、わたし達にはどうすることもできなかった。それに、わたしが一番伝えたかったことも、言えなくて……」
少女は目を開き、今度はこちらを見据えて話す。
「だから、わたしはあの時に言えなかったことを、今度こそ言いたい! わたしの本当の気持ちを」
息を弾ませて、彼女は訴える。思いの丈を全て吐き出すように。
すると、少女は何か思い至ったのか、急に表情が緩む。
「それに、もしかして、もしかしたら、恭くんがそれに、応えてくれるかも……なんて♪」
彼女は突然恥ずかしそうにうつむきながら、一人で盛り上がり始めた。
今まで神妙な顔をしていたのに、いきなりニヤけ出したよ。もしもーし、妄想の世界から帰ってきてくだされー。
にしても、ころころとよく表情が変わる子だな。
「まあ、話は分かったよ。じゃあ、これからこのフォートでその恭くんを探すと」
「え、うん、そうだよ。きみは恭くんに心当たり……ないよね」
「ああ、残念ながら知らないな。この第七フォートの男性居住区域だけでも、約八万三千人の男子がいるから、探すのは大変だと思うけど」
「えっ、そんなにたくさんいるの!? うー、どうしよう……」
彼女は頭を抱えてひとしきり悩み始める。
フォートに乗り込んでくる決意はすごいと思うが、入ってからのことはノープランらしい。嘘だろ。
まあ、彼女が困っているのは分かるが、どこにいるのかも分からない人を捜すなんて……途方も無い話だし、この上なく面倒くさい。
やがて何か思い至ったのか、少女は急にこちらを向いて目を輝かせながら、猛然と近づいてきた。
うわぁ、嫌な予感しかしない。
「ねぇねぇ、きみ、暇?」
「いやいやー、めっちゃ忙しいなー」
「全然言葉に感情がこもってないよ!?」
「学校が終わったら、夜までずっとバイトだしー」
「砂浜にいたのに?」
「……潮干狩りのバイトを」
「もう、我慢は良くないよ~。言っちゃった方が楽だよ?」
「う、すみません……俺、嘘を……って、なるか!」
なんだこの茶番。いや、乗っかった俺が悪いのだが。
あ、彼女すごくいい笑顔をしている。これはまずい。
「じゃあ、決まり! これからよろしくねー」
「えっ、いや、暇だからって手伝うとは言ってな――」
「わたし、さっきのこと、忘れてないよ?」
眼光鋭く俺を睨みながら、彼女は上着の裾を少しめくり上げる。
「慎んでお手伝いさせていただきます……」
翻した反旗を一瞬にして降ろす。しかし、ここは従うしかない。もし、女の子の服をめくり上げようとしたなどとフォートの外で言いふらされたら、ここを出てからも変態の汚名を着せられることになる。
「そうそう、素直さ大事だよ! そういえば、きみの名前は? わたしは澄名千花音。千花音でいいよ」
「永峯奏だ」
「ながみねそう……『そう』ってどういう漢字?」
「ん? 音楽を演奏するの『奏』だけど」
「あー、それかー」
彼女は何かを考えるように、視線を宙へ泳がせた後。
「じゃあ、きみのことはメロくんって呼ぶね」
「んん!? なんだそれ!?」
「音楽はメロディだから、メロくん。ニックネームの方が親しみ湧くかなーって」
「ダサっ! 自分で言うのもなんだけど、奏くんとかでよくない?」
「奏くんだと、恭くんと似ててややこしいし」
「そうでもないだろ! 認識大ざっぱすぎない!?」
「ふーん。いいのかなー、そんな態度で」
「……俺のニックネームはメロくんです」
さっきの出来事をチラつかされると、俺に抵抗の余地は無い。
くっそ、こいつのことを“君”じゃなくて“お前”って呼んでやる……そのうち。弱っ。
「メロくん、お腹すいたなー」
「……お菓子くらいなら」
俺はこれから弱みを握られたまま生きていかないといけないのか。勘弁して。
こうして、次の日から彼女と一緒に、恭くんとやらを捜す羽目になった。
どこに行くんだ、俺の平穏な日常。