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27. 思い返すと

 ゆっくりとまぶたを開けたら、目の前は見知らぬ天井だった。

 どれくらいの時間がたったか分からないけど、かなり長い時間眠っていたような感覚がある。


 ここはどこだろう?


 意識が少しずつはっきりとしてきたところで、わたしは横になっている身体をゆっくりと起こした。


 病院……?


 わたしはベッドの上にいて、その周りはカーテンで囲われている。


 なぜわたしがここにいるのか、心当たりがなかった。

 ここで眠る前に何をしていたのか、思い出してみる。


 確か、メロくんと一緒に管理局に乗り込んで、建物の中を走り回って。

 最後は屋上に着いて、その後、はしごを……


 はっとした。

 それは思い出したくない記憶だった。


 メロくんは、はしごから落ちたんだ……


 その後の記憶は曖昧だった。

 ショックではしごにつかまったままじっとしていたところを、警備隊員の人が引き上げてくれた気がする。

 でも、それからのことは覚えていない。


 メロくんは……メロくんはどうしたんだろう?


 彼があの後どうなったのか想像すると、心臓の鼓動が早くなり、汗が皮膚からにじみ出てくる。


 いてもたってもいられなくなり、わたしはベッドから脚を下ろす。

 足元に置いてあったサンダルを履いて歩き出そうとすると、誰かが病室に入ってきてわたしの方へ近づいてくる気配があった。


 わたしはカーテンを横に開けて、その気配の正体を確かめようとすると。


「気が付いたわね。よかった」


 わたしに声をかけてきたのは、ロングヘアの似合う、大人の色香をまとった女性。

 その人には見覚えがあった。


奈々実(ななみ)さん!」


 それは、加納かのう奈々実さんだった。

 わたしがフォートに入る手助けをしてくれたうちの一人。


 奈々実さんがここにいるということは、ここはフォートの外にある病院なんだ。

 久しぶりに女性に会って、少し不思議な感じ。


「先生を呼ぶわね。特に外傷は無いみたいだけど、あなた、二日も眠ってたから一応診てもらわないとね」


 そう言って、奈々実さんはナースコールでわたしが目覚めたことを伝える。


 そっか、わたし二日も眠ってたんだ。

 いやいや、そんなことよりも。


「奈々実さん、メロく……永峯奏くんって知ってますよね!? どうなりました!? 大丈夫なんですか!?」


 わたしが大声を出したので奈々実さんは少し驚いたが、すぐに普段通りの表情に戻った。


「ああ、彼のことなら心配いらないわ。私達がすぐにこの病院へ搬送して、治療を受けたから」

「えっ、でも、わたしの記憶だと、結構高い所から落ちたような……」

「そうね、普通なら命を落としてもおかしくないくらいの状況だった。でも、運良く彼は落下途中で木の枝に引っかかったの。そのおかげで地面への落下時の衝撃が軽減されて、左脚の骨折と打撲やすり傷などの軽傷で済んだのよ」

「そうだったんですか……」


 ほっとした。

 骨折は大怪我だけど、命に別状が無いなら……


 それから病院の先生が来て、わたしの状態を確認した。

 先生は、特に問題無しと判断して、少ししたら退院の手続きを進めましょう、とのことだった。


 先生が退室した後、奈々実さんがベッドに腰掛けるわたしの前に立つ。

 その表情はとても真剣だった。


「澄名さん、今回の件であなたを多くの危険にさらしてしまったことは本当に申し訳ないと思ってるわ。FLAを代表してお詫びします。本当にごめんなさい」


 深々と頭を下げる奈々実さんに、わたしはあわてて、頭を上げてください、とお願いする。


「奈々実さん、大丈夫ですよ! 危険なことは最初から分かってましたし、それは納得の上ですから。恭くんに気持ちを伝えたいっていうわたしの願いを叶えるために、フリーラブ・アテンションの皆さんが助けてくれて、むしろ感謝してます」

「フリーラブ・()()()()()()()()ね。FLAか自由恋愛同盟でいいわ。でも、そう言ってもらえると、こちらとしても助かります。ありがとう」


 奈々実さんは丁寧におじぎをして、胸をなでおろす。


 実際、FLAの人達の協力が無かったら、フォートに入ることなんてできなかった。

 今度、改めてお礼を言いに行こう。


「私達としても、好きな相手に告白するための手助けができたことを誇りに思うわ。それがFLAの存在意義だから」


 奈々実さんはとても満足そうに頬を緩める。

 そういえば前に、人を好きな気持ちがあればフォートだって乗り越えられるって、力説されたっけ。


 わたしは、決して楽ではなかった道のりを、懐かしむように思い返す。


「思い出すと、スタートから大変でしたね。ゴムボートが転覆しちゃってから、なんとかフォートの海岸に流れ着きましたけど、疲れてそのまま砂浜で寝ちゃって……積んでた食料も変装用の道具も流されちゃいましたし」

「そのことは私達も大いに反省しているわ。フォートへの侵入方法は、FLA内でも反対する声が大きかったもの。いくら海上を警備する無人巡視艇のレーダーに探知されにくくするためとはいえ、動力付きゴムボートであなたをフォートへ向かわせるなんて無謀だ、って」

「わたしが、その方法でいいです、って言って、決まったんでしたよね」

「そうね、あなたの勇気と決断には頭が下がるわ」

「あはは、そんなんじゃないですよ」


 なんだか恥ずかしい。

 わたしは話をそらすため、脇の机に置いてあったシュシュを手に取った。


「これ、すごいですよね。見た目は普通のシュシュなのに、通話ができるなんて」

「人から見つかりにくい外部との通信手段を考えた結果だもの」


 常に身に着けることができて、一見ただのシュシュにしか見えないシュシュ型通信機。

 通信機能に加えて、GPS機能も付いていて、わたしの位置情報を常に確認していたらしい。


「フォートの中は男の人しかいないから、奈々実さんと何度も通話しちゃいましたね」

「こちらも、フォート内の状況を聞ける貴重な機会だったから、興味深くて参考になったわ」


 メロくんが学校に行っている間に、報告を兼ねてよく奈々実さんと通話していた。


「当初の計画では、フォートに侵入した後、海岸の岩場に身をひそめながら活動する手はずだったけど、まさかあなたを保護する少年が現れるなんてね」

「最初はびっくりしましたよ。目が覚めたら、全然知らない部屋でしたから」

「ただ、それで永峯奏くんの部屋を拠点に活動できたから、結果的にはよかったわね」


 確かに、メロくんが手伝ってくれなかったら、恭くんを見つけることもできなかったと思う。

 でも、メロくんに全ての事情を話せなかったのは、ちょっとつらかったな……


 FLAの人達がわたしに協力していることは、誰にも話さないようにと言われていた。

 せっかくメロくんが手伝ってくれていたのに、わたしが一方的に隠し事をしていたのは心苦しい。


 少し後ろめたさを感じるわたしとは反対に、奈々実さんは何かを思い出したのか、口元に手を当てて笑う。


「そうそう、あなたが音声通信でホットケーキの作り方を聞いてきた時は、私達も驚いたわ」

「あっ、あれは現状を報告するついでに教えてもらいたかっただけです! だって、メロくんってば、作り方が書いてある箱を捨てちゃってたんですよ!」

「ふふ、まあ、それで火事にならなくてよかったけどね」

「奈々実さぁん!」


 奈々実さんから聞いてメモしたホットケーキの作り方を見ている間に、まさかフライパンから煙が出るなんて。

 わたし作るの下手すぎ……


 他にも、夜中に通話している時にメロくんが起きてきた時はあわてたなぁ。

 あの暗闇での尻餅は痛かった……


 それにしても、隠し事が苦手なわたしにしては、よく頑張った方だと思う。


 様々なエピソードを思い出しながら、話題は最後の通信のことへ。


「あなたと最後に通話したのは、藤川くんと対面する直前だったわね。気持ちは……伝えられたの?」

「はい、告白はできたんですけど……恭くんはパートナーをすっごく大事にしていて、わたしの気持ちには答えられないって」


 わたしの返事を聞いて、奈々実さんは少しの間を置いてから口を開く。


「そうだったのね……」


 難しい顔をして目をつぶる奈々実さんに対し、わたしはできるだけ明るく言った。


「でも、あれでよかったんです。悲しかったけど、伝えたいことは伝えられたから」


 そう、あれでよかった。

 ずっとわたしが思い続けていたこと。

 それが言えたんだから。


 それに、わたしが洞窟に隠れている時、メロくんが来てくれた。

 あの時、なんだか気持ちが楽になったんだ。


 そして、横にいてくれた。

 気持ちを全部吐き出して空っぽになったわたしを、包み込むように。

 どこかに飛んでいってしまいそうな空っぽなわたしを、つなぎ留めるかのように。


 わたしがフォートに入って以来、何から何までお世話になりっぱなしだった。

 どんなに感謝しても足りないけど、お礼を言わずにはいられない。


 それに、何よりもまず、会いたい。

 会って話がしたい。


 奈々実さんとの会話が一段落したら、すぐメロくんに会いに行こう。


 しばらく沈黙を守っていた奈々実さんが、ゆっくりとこちらを見据える。


「まあ、あなたがそう言うなら、それに関して私から言えることは何も無いわ。ただ疑問なのは、あなたが告白した後の動きが理解できなかった。目的を終えたら、フォートへ流れ着いたふりをして管理局に保護してもらう予定だったでしょ?」

「それが、わたしのミスで流れ着いたふりができない状況になっちゃって……それで、メロくんが管理局の中にある連絡通路を使って外へ出よう、って」

「……そういうこと。ずいぶん危ない選択をしてしまったのね。それなら、相談してくれれば別の方法を考えたのに」


 奈々実さんが明らかに不機嫌そうな表情を見せる。


 確かに無茶しすぎだよね。

 それはわたしも思うけど、あの時は逃げるのに必死で、そこまで頭が回らなかった。


「あなたがフォートの塀の境目辺りにいたことはGPSで分かってたから、私達もすぐ駆けつけることはできた。ただ、永峯くんが誤って塀の外の地面に落ちてなかったら、あなたを助けることはできなかったのよ」

「どういうことですか?」 

「あなた達は騒ぎを起こしてフォート内を混乱させたから、管理局はなんとしても原因を作ったあなたを重く処罰するように仕向けようとしたはずよ。フォート内は警察ではなく警備隊に捜査権があるから」


 フォート内では、管理局や警備隊の権限が強いという話は事前に聞いたかも。


「もし、あなたと永峯くんがフォート内で捕まっていたら、管理局は『フォート内に侵入した女子がみだりに男性居住区域の男性達を惑わせた』なんて罪をでっちあげたと思うわ。そうなっていたら、私達が介入する術も無く、あなたは法律で必要以上に重く処罰されていたでしょうね」


 その話を聞いてぞっとした。

 フォートに紛れ込んだ異性は刑罰を受けるっていう話は知っていたけど、自分が予想以上に重く罰せられるところだったと思うと、怖くなってくる。


「でも、永峯くんが塀の外の地面に落ちるという事故が起こった。もう、フォート内の出来事で収めることはできなくなったの。駆けつけた私達が怪我をした彼を目撃して、それからあわてて出てきた警備隊員や管理局の職員に告げたわ。『取引をしませんか?』ってね」

「取引?」

「永峯くんが塀の外に落下したという事実を伏せる代わりに、澄名さんを私達に引き渡してほしい、っていう交換条件を持ちかけたの」

「えっ!」

「永峯くんみたいなフォート内の生徒が塀の外側の地面に落下したなんて事実が世間に広まると、管理局側としては都合が悪いのよ」

「そうなんですか?」

「私達FLAみたいな団体や、マスコミ、セレクトカップリング制度やカルティベーション・フォートに反対している人達が騒ぎ出すからね。フォート側に何か落ち度があるんじゃないかって。だから、それを防ぐために管理局は取引に応じた、ということ」


 分かったような、分からないような……難しい。

 ようするに、わたしはうまくフォートから抜け出せたってことだよね、うん。


「奈々実さん、ありがとうございました。色々迷惑をかけちゃいましたけど」

「一筋縄ではいかなかったけど、あなたを無事フォートから脱出させることができてよかったわ」


 お互い顔を見合わせて、ほほえむ。

 ようやく終わったんだ。


 わたしはベッドから立ち上がり、窓際へ進む。


 二日ぶりの空は、澄み渡った青さが心地よい快晴だった。

 とっても気持ちいい。


 久しぶりに浴びる日光がまぶしくて、視線を下の方へ向けると、人影が目に映った。


 あれ? メロくん……?


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