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25. 管理局

 西島の寮を出て行くのは、非常に簡単だった。


 先程は一階の共有スペースに男子達がおよそ十人はいたが、今は誰もいない。

 おそらく、寮の外へと疾走していく真里を見かけて、その後を追いかけていったのだろう。


 俺と千花音は道路まで出て、管理局の方へやや駆け足で向かう。

 行く途中、千花音が隣へ来て話しかけてくる。


「マリちゃん、大丈夫かな?」

「大丈夫だ。ああ見えて、意外と足が速いから、結構粘ってくれると思う」

「そうじゃなくて、たくさんの男の子達から追いかけ回されて大丈夫かなってこと」

「あいつはそんなやわじゃないし、男子から追いかけ回される状況をむしろ楽しむくらいだと思うぞ」

「……なんか納得」


 千花音はクスリと笑って、再び前を向く。


 人通りの少ない道は駆け足、人目に付きやすい場所は目立たないように早歩き。

 緩急をつけながら、ひたすら目的地への最短距離を行く。


 巡回している警備隊員が、いつもより目に留まった。

 街中の空気がざわついているのを、嫌でも感じ取れる。


 管理局に近づくにつれ、どんどん増していくフォートを囲う塀の存在感。


 あの塀の向こうには、自由な世界がある。

 そんな思いが想像をより鮮明にし、胸が高鳴ってくる。


 いかんいかん、あくまで目的は千花音を外へ送り届けること。

 俺は捕まっても、千花音さえ脱出してくれれば……


 そして、ついに目指していた場所へたどり着いた。


 フォート管理局。

 フォート内の各組織を統制し、全体の機能を維持する運営機関。


 この建物は塀沿いに存在し、ちょうどフォートの内と外の境目にあたる。

 つまり、この場所だけ塀が途切れており、管理局が塀の代わりとなっている。


 塀と海に囲まれた土地の性質上、陸(づた)いにフォートの内と外を出入りできる通路は、管理局の中にしか無い。

 当然、その通路はフォートに従事する職員のみが利用するものであり、正確な位置は不明だ。


 さて、まずはどうするか。


「まずは入口から入って、左の方にあるトイレへ行くふりをしよう。その間に局内の様子を見たい」

「わたしも付いていって大丈夫なの?」

「一階は受付があって生徒の出入りもあるから、変な動きをしなければ怪しまれない」

「そうなんだ、分かった」


 緊張からか、千花音が顔をこわばらせる。

 確かに、敵の本拠地に乗り込むようなこの感覚は、あまりいいものではない。


 ゆっくりとした歩調で入口の自動ドアから、局内へ入る。

 トイレの方へ足を運びつつ、一階の全体を見渡す。


 受付とその奥に見える事務所のデスク周辺は、やはりいつもと様子が違う。

 デスク周辺にいる職員の数が明らかに少ないし、せわしなく動き回っている人が目に付く。


 生徒の数も少ない。

 受付の事務処理が滞っているのを見て生徒が帰ったのか、今日は対応しきれないと判断して、職員が帰したのか。


 幸いなことに、待合席側のフロアから事務所のデスク周辺に行ける出入口は、トイレの近くにあることを確認した。


 一階の全容を一通り観察し、トイレに到着。

 トイレ内に誰もいないことを確認して、俺は千花音の方へ振り返る。


 ここからが本番だ。


「俺はUSBを職員のパソコンに挿してくるから、お前は受付が見える待合席に座って、俺が合図するまで待っててくれ」

「うん。でも、人は少なかったけど、動き回ってる人がいたから、見つからないかな」

「そこは、なんとかうまくやるしかないな」


 USBを握り、待合席側にいる生徒に目をやる。

 こちらに注目が集まっていないことを確認して、前傾姿勢になり、一気に職員の事務所側へ駆け込む。


 デスクの陰に隠れて一呼吸。

 見つかってないよな?


 並んでいるデスクの上には、一人一台パソコンが置かれており、その一つひとつを、しゃがみながら見て回る。

 大体電源は入っていたが、セキュリティロックがかかっているものばかり。


 ロックが解除されていないと、USBを挿しても読み込んでもらえない。

 これはまずいな……


 どうすればいいか悩んでいると、二列先のデスク前に座っていた職員が、立ち上がってせかせかと事務所の奥にある出入口から出て行った。


 お、もしかすると。

 俺はデスクより頭を高くしないよう注意しながら、今まで職員が座っていたデスクの前まで移動する。


 デスクのきわからパソコンのディスプレイを見上げると、デスクトップの画面が表示されていた。


 よし、見つけたぞ。

 さっそく、挿入口にUSBを差し込む。


 あとはワームの感染が広がっていくのを待つだけ。

 一分ほど待機して、そろそろ大丈夫だろうとUSBを取り外した瞬間――


「ふー、暑い」


 突然、奥の出入口から職員が入ってきた。

 ヤバいと思ってとっさに姿勢を低くした時、膝頭がデスクの引き出しに当たり、音をたててしまった。


「なんだ?」


 職員は不審に思ったのか、こちらに近づいてくる気配。


 抑えが効かないほど、早く、大きくなる鼓動。

 荒くなる呼吸音は口を覆うので精一杯。


 どうすれば……


「主任! こちらに来てください!」


 少し離れたところから、急かすような声が飛んできた。

 それを聞いて、俺の方に近寄ってきていた主任とおぼしき職員が、声の主の元へ向かう。


 助かった……


 主任の向かった方をちらりと見ると、パソコンの前に座った職員と、戸惑ったような口調で話し合っている。


 どうやら、ワームの影響が出始めたようだ。

 ひとまず目標を達成したので、俺はかがみながら足早に事務所を出た。



 待合席側のフロアに戻ると、千花音がこちらの姿に気がついた。

 行こう、という意味を込めて無言でうなずくと、彼女は立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。


 千花音と合流すると、俺達は職員専用通路の方へと急いだ。


 ここから先は、とにかく体力と運だ。

 俺達は外への連絡通路がどこにあるか知らないため、場当たり的に探していくしかない。


 生徒であれば、決して立ち入ることの無い領域。

 いつ、誰に見つかってもおかしくない状況下で、未知のゴールを探すのは非常に過酷だ。


 しかも、思いのほか管理局内はかなり複雑な構造をしていた。

 何度も角を曲がり、方向の感覚が麻痺してくる。


 俺と千花音は、息が整う間も無く走り続けた。

 次の角を右折しようとした瞬間――


「んっ!?」


 角から現れた職員が、異質な存在である我々に面食らっている。


 ヤバっ、見つかった!


 俺は即座に身をひるがえす。

 しかし、うろたえた千花音が職員と対峙したまま固まっていた。


「行くぞ!」

「えっ!?」


 俺は千花音の手を取って、元来た方向へとすばやく引き返した。

 千花音は引かれるがまま身体を急反転させ、俺に歩調を合わせる。


「だ、誰か来てくれー! 生徒が紛れ込んでる!」


 後方から職員の叫ぶ声。

 だが、立ち止まることなどあり得ない。


 通路を直進すると、今度は正面に警備隊員が立ちふさがる。


「君達! 止まりなさい!」


 止まれと言われて、止まれるかっ!


 左前の階段が視界に飛び込む。

 迷わず俺は階段を登り始め、千花音もそれに続く。


 二階に到着。

 直線状の通路には扉がいくつも並んでいた。


 後ろからは、階段内を徐々に大きく響き渡る数多の足音。


 考えるのは二の次。

 足が無意識に動き出し、通路にある扉の一つへと迫る。


 瞬時にセキュリティロック式の扉と判別したが、もはや選択の余地は無い。

 金属製の扉を全力で引く。


 入室後、閉めるのも機敏に。

 しかし、閉め切る瞬間の音は立てないように。


 扉が完全に閉じると、俺は声量を抑えながら、小刻みに息を吐く。


「はぁ、はぁ、きっつ」

「ふぅ、ほんとだね……」


 お互い肩で息をしながら、心拍が正常に戻るまで待つ。

 呼吸が緩やかになるにつれて意識を周りへ向けると、そこは資材倉庫のような場所だった。


 しかし、困った。

 外への通路も、進むべき方角も分からない状況で、この後どうすればいいのか……


「ね、ねぇ、メロくん」


 不意に千花音から声がかかる。

 そちらを向くと、彼女はなんだか恥ずかしそうにやや下方を見つめている。


 ん?

 視線の先には、俺の手があった。

 しかも、彼女の手を握ったままの。


「うお!?」


 思わず手を離してのけぞる。

 夢中で逃げていたので、全く意識していなかった。


 どんだけ周り見えてないのよ、俺。


 それにしても、自分が渡っている橋は相当危ういなと改めて感じる。


 この部屋に入る時もそうだ。

 ロック式の扉なんて、開かなければアウト。


 おそらく、ワームのおかげでセキュリティシステムに滞りが生じているのだろうが、ロックが正常に機能している可能性も普通にあった。


 この部屋だって、もし人がいる部屋だったらかえって窮地に陥っていたはずだ。

 こんな綱渡りの連続を、この後も乗り切れるのか。


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