24. 友情
そうこうしている内に、耳に届いてくる玄関扉の開閉音。
予想通り、真里が十五分とたたないうちに舞い戻ってきた。
なにやら大きく膨れたショルダーバッグを肩に掛け、軽く息を切らしている。
「戻ったわよ! ふぅ、疲れたわ」
「早いねマリちゃん! そのバッグは?」
「これがアタシの自慢の一品で、思いついた策よ!」
バッグを床に下ろし、ファスナーを開ける。
真里が中から取り出したのは、光沢のある赤い生地で作られたドレスのような洋服だった。
滑らかな高級感のある布、肩口が大きく開いた作り、間違いなく女性ものだ。
なるほど、真里の意図はそういうことか。
「あ、かわいい! これどうしたの?」
「でしょ? アタシが作ったんだから!」
「えっ、マリちゃんが作ったの!? すごいね!」
「ここって、女の子の服が全然売ってないのよ。やんなっちゃうわ」
「売ってないからって、これを自分で作るところはさすがだよな」
「やだぁ、そーたんったら♪ 女の子はキレイになりたいのよ」
頬に手を当てて照れる真里。
この男性居住区域という圧倒的男社会の中で自分を貫き通しているのは改めてすごいなと思う。
「もしかして、それを着ておとりになってくれるのか?」
「そーたんは察しがいい! そうよ、この服を着てれば目立つから、絶対に役に立つわ」
「でも、そんなことしたら、マリちゃんが捕まっちゃうんじゃ……」
「大丈夫よ! それで捕まっても、ちょっと怒られるだけよ。それに、この服を着て外を歩いてみたかったし」
真里が手作りのドレスを手に取り、愛おしそうに眺める。
真里は、自分ができる最良の手段を考え、実行しようとしてくれている。
やはり、真里はこのフォートで信頼できる数少ない友達だ。
「ありがとな。頼んだぞ」
「任せなさい! 着替えてくるわね」
真里は鼻歌を歌いながら、洗面所に入りドアを閉める。
俺と千花音が待ち構えること数分。
着替え終わった真里がドアを開けて姿を現した。
赤いドレスは真里の体型にフィットした上品なシルエット。
ドレスに身を包むだけで無く、ウィッグを着用して髪型が鮮やかな金髪のボブに。
これからパーティーにでも参加するかのような出で立ちの真里が、満面の笑みでこちらにアピールしてくる。
ただ、メイクはしていないので顔面だけは男のまま。
正面から見ると、顔と服装のギャップで見る者にかなりのインパクトを与えるぞ、これは。
「どう? 着こなせてるでしょ?」
「すごーい! なんていうか、斬新だね!」
千花音、いつもの”かわいいー!”はどうした?
「ふふん、アタシの華麗な姿で男達をびっくりさせてあげるわ♪」
お、おお。
確かに、少女だと思って追いかけて、顔が男だったら相当な衝撃を受けるだろう。
「そーたんにふさわしい女にならないとね!」
その飽くなき向上心には頭が下がりますよ、ええ。
「それじゃあ、真里には管理局の方角とは逆方向へ行ってもらって、周囲の人の目を引きつけて欲しい。で、少し後から俺と千花音が管理局へ向かうってことで」
「うん、頑張ろ!」
「やるわよぉ!」
意気込む俺達三人が、玄関へ向かおうしたその時。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
背中の方から声がかかった。
パソコンの前に座っていた西島があわてて立ち上がり、こちらに近づいてくる。
「どうした? 西島は作戦に参加しなくても大丈夫だぞ」
「いや、まあ、そうなんだけど……一応、これ」
そう言って西島が提示したのは、一つのUSBメモリーだった。
差し出されたので、俺はそのUSBメモリーを反射的に受け取る。
「いくら管理局が非常事態でゴタゴタしてるって言ったって、それだけで突破なんて無理だ。人の目をかいくぐりやすくても、監視カメラは機能してるだろうし、セキュリティは維持されてるはず」
「う、まあ、そうだな……」
西島の指摘は痛いところを突いている。
監視カメラについては、千花音が帽子をかぶって顔を撮られなければ、なんとかなるくらいにしか考えていなかった。
頭に血が上っていたとはいえ、冷静さを欠いた判断だったと今にして思う。
「だから、管理局のセキュリティを一時的に混乱させる必要がある。そのUSBメモリーには、ワームっていうマルウェアが入ってるから、管理局内の起動してるパソコンに挿してくれ。そうすると、LANを介して、ワームが局内のパソコンにどんどん感染していく」
「すぐに効果が出るのか?」
「ワームは広がるのが早いし、局内っていう狭い範囲ならあっという間だと思う。監視カメラやドアロックシステムはネットワークでつながってると思うから、そこに異常をきたしてセキュリティが低下するはず。ただ、ワームは感染力が強いけど、鎮圧されるのも早いから、時間との勝負になる」
よどみなく話を展開していく西島。
ただ、いっぺんに言われると、話を消化するのも大変だ。
「マルウェアって、ウイルスのことだっけ?」
「マルウェアは、ウイルスやワームみたいな悪意のあるソフトウェアの総称だから、狭義の意味では違う。まあ、今はそんなに重要なことじゃない」
「それはそうだな……っていうか、何で西島はこんなもの持ってるんだ?」
西島は、少しずり落ちた眼鏡を指で押し上げながら、事も無げに言った。
「決まってるさ。自分で作ったんだ」
「マジか! 何でそんなことを?」
すると、西島が眉根を寄せて、不満を露わにする。
「もちろん、ここの生活に納得してないからだよ。国に決められたパートナーを押しつけられて、パソコンだってネットにつなげられない。全然自由が無いじゃないか! だから、管理局のコンピューターをシステムダウンさせて、混乱させてやったら最高の気分だろうなぁって。まあ、ただの気晴らしの想像で、本当に実行する気なんて無かったけどな」
普段、感情の起伏をそれほど表に出さない西島がこれほど熱っぽく語るのは珍しい。
やはり、西島もこのフォートに対して反感を抱く同志なのだと、改めて認識する。
「そっか……でも、助かるよ。ありがとな、西島」
「いいさ。あと、澄名さん、俺の制服、使う?」
「わたしが?」
西島の提案は一理ある。
確かに、千花音が男子の制服を着た方が、見つかりにくいのだが。
「いや、それはやめておこう。帽子さえかぶれば意外と正体がバレないことは分かったし、管理局に侵入したら普通の生徒でも捕まるから、制服を着ても意味がない。それに、管理局を突破するとなると、動き回りやすい格好の方がいいと思う」
「そうだね、メロくんの制服を借りてた時もそうだったけど、走りにくいかも」
「そうか、分かった」
西島は少し安心したように息をついた。
西島が制服を貸す申し出をするなんて、普段の言動からは予想もつかない。
西島は西島なりに、俺と千花音に協力しようとしてくれているのだった。
やはり、紛れも無く西島も信頼できる友達だ。
「あ、ただ、使い終わったUSBはなるべく回収してくれ。あと、万が一USBの出どころを聞かれたとしても、俺のことは内緒にして欲しい」
「俺達が捕まった時の保険か。まあ、了解」
んー、こういうところは、いつもの西島らしい。
仮に俺が口を割らなかったとしても、警備隊が俺の交友関係を捜査すれば、バレそうなものだけど。
「ニッシー! アンタもやる時はやるじゃない!」
「ありがとう! 西島くん!」
「いやいや、はは……」
真里と千花音から賞賛を受け、西島は照れ隠しで顔をそらす。
西島の提案のおかげで、管理局突破が一縷の望みでは無くなった気がする。
依然、困難なことには変わりないが。
「よし、始めよう」
俺の言葉に、千花音と真里が真顔でうなずく。
「まずはアタシね。アンタ達、アタシの活躍を無駄にしちゃダメよ!」
「ああ、もちろんだ!」
「マリちゃん、気をつけてね!」
真里は俺達に笑顔を向けた後、玄関扉の取っ手に手をかけ、力強く開く。
外廊下に身をさらすと同時に走り出し、俺が玄関から顔を出した時には、ドレスを着た真里が階段を駆け下りて行くのが見えた。
「俺達も行こう」
「うん!」
千花音が帽子をかぶったのを確認して、出て行く体勢を整える。
「何ていうべきか分からないけど、頑張れよ」
「ああ」
「西島くんも元気でね!」
あわただしくあいさつを済ませると、俺と千花音は外界へと一歩踏み出す。
そして、階段を目指して外廊下を突き進んだ。




