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23. タブー

「ここを脱出するために……管理局を突破する」


 俺を除く三人とも、その場で固まった。

 やはり、俺が何を言っているのか、理解できなかったようだ。


「ちょっとメロくん! 意味分かんないよ!」

「そうよ! 何で敵の巣窟にわざわざ突っ込んで行くのよ!」


 まくし立てる千花音と真里をよそに、西島はやれやれといった感じにため息をつく。


「無謀だとは思う。でも、不可能じゃないと思うんだ。管理局の内部には、確実に外への連絡通路があるはずだから」

「それはそうかもしれないけど……」


 千花音が当惑の色を見せる。

 無理もない。自分でも無茶なことを言っているなと思う。


「無謀ではあるけど、普段よりは突破しやすい状況かもしれない。今、管理局内は侵入者捜しでかなりあわただしくなってるはず。警備体制も乱れがあるかもしれない」


 俺は引き続き理由を付け加える。


「しかも、侵入者が自分から管理局に入り込むとは思わないだろうし。幸い、俺が千花音とつながってることはまだバレてないみたいだから、作戦の幅も広がる」


 説得するためにひたすら弁舌を振るうが、千花音達は何も言わず考え込んでいる。


 薄々《うすうす》分かっていた。

 こんな理屈っぽい説明だけで、彼女に一歩を踏み出させることができないのは。


 だから、少し気恥ずかしいけれど、これまで抱えてきた思いと、この数日間で生じてきた率直な心情を吐露することにする。


「俺は、このフォートに入れられてから長いこと不満を持ってきた。何で他人にパートナーを決められなくちゃいけないんだ、って」


 ここ最近は、それも仕方ないのかと思い始めていた。

 だから、せめて紗友と本音を言い合って仲を深めていきたかった。


 でも、紗友は話し合いを拒絶した。

 話し合いが原因で仲違いをして、フォートのルールに背くことを恐れたからだ。


「フォートの住人は、みんなここのルールに縛られてる。俺や西島や真里みたいに不満を持ってる人間も少しはいるけど、結局ルールに従うことしかできなかった」


 千花音が真剣な眼差しをこちらへ向けている。

 俺はそれに応じるように、言葉にさらに力を込める。


「千花音はルールに縛られた俺達にとって希望みたいな存在なんだ。最初こそ、フォートに侵入してくるなんて普通じゃないと思った。けど、そこまでして好きな人に想いを伝えようとするのは、純粋にすごいなと感じるようになったんだ」


 俺達が思っていてもできなかったことを、千花音が実行してくれた。


 セレクトカップリング制度も、カルティベーション・フォートも越えて、本来の人間のあり方を見せてくれた。


 そんな彼女が捕まるのを、黙って見ていられるわけがない。

 このまま幕引きになってたまるか。


「今からしようとしてることは、俺の勝手な考えで、わがままだ。だけど、頼む。お前を外まで送り届けさせてくれ!」


 俺は千花音の瞳をまっすぐと見つめる。

 それに対して彼女は伏し目がちになり、しばらく間を置いた後、わずかにつぶやいた。


「本当に、いいの?」

「ああ。もちろんだ」

「後悔しない?」

「しない」

「絶対に?」

「絶対に。むしろ、何もしなかった方が後悔する」


 俺は迷いなく答えた。


 俺の言葉に偽りはない。

 ただ、それだけ分かってくれれば。


 彼女が決断するまでの時間。

 それは途方も無く長いように感じた。


 そして、ずっと曇っていた千花音の表情が、ついに花開くようにやわらいだ。


「うん、分かった。色々迷惑かけちゃうけど、よろしくね」


 待ち望んでいた返事だ。

 俺はその言葉を力強く受け止める。


「大丈夫だ。まかせとけ」


 それまで黙っていた真里が、思いを爆発させるかのように声を上げた。


「感動したわ! モヤモヤが一気に晴れた感じ! そーたん、あたしも協力するわよ!」

「おお、助かる。って言っても、何かできることがあればいいんだけど……」

「さっきの作戦を聞いて、いいことを思いついたわ。すぐ戻ってくるから、ここで待ってて!」


 言うが早いか、真里はこの部屋を飛び出していった。

 何を思いついたのだろうか。


 まあ、真里の住んでいる寮はこの寮の近くだから、考える間もなく明らかになるだろう。


 ふと西島の方に目をやると、気まずそうに俺から視線を逸らした。

 そして、無言のままパソコンの前に座って、マウスをいじりだす。


 千花音は管理局突入へ向けて心の準備をしているのか、一言も発さず下を向いてたたずんでいる。


 さて、真里が戻ってくるまでに、やっておかなければいけないことがある。

 俺はポケットから携帯端末を取り出し、未返信になっていた紗友のメッセージを表示した。


『奏くん、もう何時間も返信無いけど、大丈夫?』

『さっき、時間が無いって言ってたけど、何があったの?』

『やっぱり心配だから、警備隊の人に連絡するね』


 俺への気遣いが連綿と書き連ねられている。


 でも、俺は紗友に、時間が無いこと、後で連絡するということもちゃんと伝えた。

 それでもこれほど不安を抱くのは、俺のことを信用していないという証拠じゃないか。


 表面的には仲の良いふりをしていても、こういう時にメッキがはがれ落ちる。


 俺は今から書き記すことの重大さを熟慮しつつ、携帯端末の画面に文字を打ち込んでいく。


『紗友、俺達はもう十年もパートナーとして付き合ってきたよな。

 でも、俺は未だに紗友のことを理解できてる気がしないんだ。


 紗友は本音を言い合うことを拒否したけど、俺は納得できない。

 だから、聞きたくないかもしれないけど、ありのままの気持ちを言わせて欲しい。


 俺は、紗友をパートナーとして受け入れられない。すまない。


 今後のことは、また今度話そう。それじゃあ、また』


 作成したメッセージを送信したら、俺はすぐに端末の電源を切り、ポケットにしまった。


 ついに言っちゃったな……

 このフォートにおけるタブーを犯してしまった。


 これから先はいばらの道だと覚悟しなければならない。


 しかし、前途多難な先行きに反し、とても清々しく、溜飲が下がった気分だ。

 抑え込んでいた思いを解き放つことが、これほど心地よいとは。


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