22. 見出された手段
俺の寮から三分ほどの位置にある西島の寮が見えてきた。
一応、道の角から西島の寮の入口を注視するが、こちらに警備隊の姿は無かった。
俺と千花音が入口から建物内に入ると、玄関前の共有スペースにいた何人かの生徒がこちらに注目する。
げっ、結構人がいるな。
思わず身体が硬直する。いかん、自然に自然に……
俺は平静を装い、千花音は帽子のつばをさらに下げて俺の後ろにぴったりとくっつき、住人の横を通り過ぎる。
エレベーターに二人だけで乗り込み、ドアが閉まると、二人して大きく息を吐く。
「はぁー、緊張するね」
「一階にいた生徒も、お前の噂を知ってたっぽいな。思ったより情報が拡散してるのかも」
「なんか大ごとになっちゃったね」
「まあ、しょうがないな」
話し終わったところで、エレベーターが三階に到着する。
神経をとがらせて通路を歩き、俺達は西島の部屋の前まで来てインターホンを鳴らした。
少しの間を空けて、スピーカーから声が流れる。
「はい」
「俺だ、永峯」
自然と小声になってしまった。
逃亡者ってこんな感じなんだろうな。
解錠の音と共に、玄関扉が開かれる。
俺と千花音はその隙間にすばやく身体を滑り込ませた。
千花音が後ろ手で扉を閉めた瞬間。
「そーたーん! 会いたかったぁ!」
いきなり真里が俺に正面から抱きついてきた。
これは罠だったのかっ!
「おまっ、暑苦しいわ!」
「いいじゃないのー! 無事にここまで来られたんだから! ちーも捕まらなくてなによりよぉ!」
「マリちゃん! 会えてよかったよ! それにしても、二人ってほんとに仲いいよねぇ」
千花音が帽子を取って、暖かい目で俺と真里を見守る。
おい、この状況をその一言で片づけないでくれ!
「とりあえず、ここまで来られてよかったな」
真里の後から西島が近づいてきて、言葉を投げかけてくる。
西島にとっては、俺と真里のスキンシップなど気にも留まらないらしい。
「っていうか、アンタ達どこ行ってたのよ! アタシとニッシーが必死に捜してたのに! メッセージも反応無いし!」
「わるい、着信音消してた。しかも、海岸の岩場で千花音を見つけたんだけど、疲れてそこで寝ちゃったんだよな」
「えっ、二人で寝たの! きー! うらやましい!」
「言い方! ってか、うらやましがるな!」
すると、千花音が目を細めて、斜め下を見ながら一言。
「あの時は、わたしも身の危険を感じたなぁ」
「お前も乗っかるのかよ!」
「やだー! そーたんったらケダモノ!」
「もういいわ!」
この非常事態に何やってんだ。
「それよりも、俺の寮に警備隊が来てる理由、知ってるか? やっぱり、藤川さんが呼んだのか?」
俺の問いかけに、西島が答える。
「いや、藤川さんじゃない。どうやら宮町さんが呼んだらしいぞ」
はっ?
紗友が警備隊を呼んだ?
「俺と真里が澄名さんを捜しに出たけど、結局見つからなくて、永峯の寮に戻ったんだ。そしたら藤川さんがまだ部屋で待機してて。藤川さんがそこで待っててもしょうがないと思ったから、帰ってもらったんだよ」
西島が事の成り行きを淡々と述べ続ける。
「それで、俺と真里がお前の部屋で待ってたら、急に警備隊がやって来たんだ。最初は、澄名さんのことを調べに来たのかと思って身構えたけど、どうやら違う感じで」
そうだったのか。そうなると、紗友が警備隊を呼んだっていうのは……
「宮町さんが、パートナーの永峯にいくら連絡しても返事が無いから、心配して警備隊を呼んだらしい」
それを聞いて、開いた口がふさがらなかった。
待ってくれって感じだわ。
だって、俺は時間が無いってことを紗友にメッセージで伝えたし、日常会話だったから緊急性も無かったし。
そこで携帯端末のことが頭に浮かんだ。
端末を取り出し、たくさん受信している紗友からのメッセージを開く。
俺が最後に目を通したメッセージの後は、ひたすら俺の安否を確認する文章が羅列されていた。
着信音をオフにしてたからな。
長時間返信しなかったことは申し訳ないと思う。
ただ、俺のことを心配してくれるのはありがたいけど、数時間返事が無いだけでここまでするのは……正直重い。
その時、俺と西島、真里の持っている携帯端末がほぼ一斉にメッセージを受信した。
「ん?」
「あら、みんな同時に来たわね」
これは、もしかすると。
西島が端末を手に取り、内容を読み上げる。
「フォート管理局からだ。中身は……女性が居住区域内に侵入した恐れ、か」
「えっ、わたしのこと!?」
「くそっ、管理局も侵入者の存在を認識したか……」
「ちょっと、そーたん! まずいんじゃないの? 管理局に直談判してどうにかなる感じじゃなくなってきたわよ」
確かに、これは厳しい。
こちらが先手を打って管理局に掛け合えば、誠意を見せられるので、温情をかけてもらえたかもしれない。
しかし、管理局が侵入者捜しを始めた今、千花音は指名手配犯のようなものだ。
今から管理局に姿を見せても、話は聞いてくれそうもない。
「ねぇ、ちーが着てきたライフジャケットはあるのよね? だったら、海から逃げられないかしら?」
真里の言うことは分からなくは無い。
確かに、新しくフォートへ入る生徒や、卒業して出ていく生徒は船で行き来するし、物資の輸送も海路がほとんどだ。
ただし、現状を考慮すると、首を縦に振ることはできない。
「いや、無理だと思う。海岸にたくさん人が集まってるし、海上警備も厳重になってるはず。しかも、ライフジャケットだけで海を渡るなんて危険すぎる」
「そっか、ダメなのね……」
真里が俺の返答を聞いてうなだれる。
様々な考えを巡らすが、これといった案が浮かんでこない。
一体どうすればいいのか……
「わたし、管理局に行くよ」
唐突に、千花音が耳を疑うような言葉を放った。
「な、何言ってんだ……そんなことしたら、すぐに捕まるだろ」
「別にいいよ、それで」
千花音はとても落ち着いていた。
視線が泳ぐことも無く、その目は先を見据えているかのようだった。
「ちー、無理しちゃダメよ!」
「ううん、そうじゃないよ。わたしの目的は恭くんに告白することだったから、もういいかなって。元々、告白が終わったら、捕まってもいいって思ってたし」
彼女はあわてること無く、淡々と語っていく。
その発言が嘘ではないことが、はっきりと分かった。
「俺も、澄名さんに賛成する」
急に西島までもが、千花音の意見に同意した。
「はっ? お前まで何言い出すんだよ」
「もう、澄名さんを無事にここから出す方法は無い。澄名さんには悪いけど、ここは管理局に行ってもらって、事態を収めてもらうしか――」
瞬間的に頭に血が上った。
気が付いたら、俺は西島の胸ぐらを掴んでいた。
「メロくん!」
「そーたん! やめなさいよ!」
千花音と真里が、必死に俺と西島の間に割って入る。
西島は、掴まれた胸の辺りを気にしながら、こちらを睨んできた。
「やめてくれよ。他に方法が無いんじゃ仕方ないだろ」
「お前、まだそんなことを――」
「やめてよ!」
怒号が飛んだ。
千花音が見せる悲痛な面持ちを前に、俺達は思わず息をのむ。
「二人がけんかしちゃうんじゃ、つらいよ……わたしが管理局に行けば済むことなんだから……」
「でも……千花音は本当にそれでいいのか?」
「うん、わたしは、大丈夫。みんなが優しくしてくれて、手伝ってくれて、その想いで胸がいっぱいだよ。だから、何も怖くない」
そう言って、千花音は精一杯の笑顔を俺達に向けてくれた。
でも、彼女が笑顔を作れば作るほど、かえって俺の胸は締め付けられた。
本当にこれでいいのか?
これが望んでいた結末なのか?
好きな人にフラれて、しかも捕まって罰を受けるなんて、かわいそうすぎる。
何か、何か無いのか。
俺が考え得るあらゆる手段は――
その刹那、発見した。
雑然とした思考の海に漂う明らかに異質なものを。
たぐり寄せたそれは、なんと荒唐無稽でバカバカしいことか。
普段なら鼻で笑うところだ。
だが、現状を打破できる可能性がわずかでもあるとしたら、もはやそれだけのような気さえした。
「ははっ」
「メ、メロくん?」
「どうしたのよ、いきなり」
突如、乾いた笑いを見せる俺に、千花音と真里が怪訝な顔をする。
「見つけたんだよ、千花音がここから脱出する方法を」
「ほんとに!?」
「うそ!? そーたん、すごいじゃない!」
思わぬ吉報に驚嘆する千花音と真里。
西島も信じられないといった様子で、こちらを見つめる。
俺は努めて冷静に、次の一言を告げた。
「ここを脱出するために……管理局を突破する」




