21. 想定外
これはどういうことだ。
海岸に着いた時、ほとんど男子生徒はいなかった。
しかし、今はかなりの人が浜辺をうろうろしている。
俺達が居眠りしている間に、状況が一変してしまった。
彼らの様子をうかがっていると、その多くは遊んでいるような感じを受けない。
何か不自然だ。
そこから推測されるのは……やはり千花音か?
千花音が寮を飛び出してこの海岸に来るまでの間に、誰かが彼女を目撃していた恐れは十分ある。
とりあえず、直接聞いて確認する必要があるな。
「千花音、ちょっとここで待っててくれ。彼らに事情を聞いてくるから」
「あ、うん。分かったよ」
俺は岩場の陰に千花音を置いて、浜辺まで出て行く。
そこで、一番近くにいる中学生くらいの男子に話しかけた。
「ちょっといいかな」
「え、はい?」
「ここ、人が結構いるけど、何かあったの?」
「たぶん噂を聞いて来たんだと思いますよ。女の子を見たって人がいたらしくて」
「女の子?」
「はい、誰かが海岸の方向に走ってく女の子っぽい人を見たらしいです。まあ、嘘だと思いますけどね。でも、たまたまここに流れ着くこともあるかもしれないですし、可能性はゼロじゃないかなって」
「へぇ、そういうことか。分かった、ありがとう」
そこで話を終え、岩場とは違う方向へ歩き出す。
やはり、千花音は誰かに見られていたのか。
もしかしたら、誰にも見つかっていないんじゃないか、なんて予想は甘すぎた。
しかし、これはまずい。
千花音が町中を走っている姿を見られたとなると、女の子が海から流れ着いたところを発見した、という設定が使えない。
話を聞いた少年の意識が俺から離れたことを確認して、千花音のいる岩場の陰へ戻る。
「あ、どうだった?」
「お前が海岸に走っていくところを誰かが見てたらしい。フォートに女の子が入り込んだんじゃないかって噂になってる」
「あー、バレちゃってたんだ。そういえば、何人かとすれ違ったかも。とっさに顔を隠したつもりだったんだけどね」
こうなると、この岩場に誰かが見に来るのも時間の問題だ。
早くここを離れて、寮に戻って対策を練った方がいい。
俺はポケットに入れていた帽子を取り出し、千花音に差し出す。
「これ、絶対になくすなよ」
「ありがと。それで、どうするの?」
「とりあえず、寮に戻ろう」
「うん、分かった」
千花音はこくりとうなずき、受け取ったキャップを深く被る。
そして、なるべく目立たないように浜辺まで出て、自然な速度で海を背にして海岸を離れた。
***
人通りの少ない道を頭の中に描きながら、寮を目指す。
非常に神経を使う道のりだ。
突然、誰かと出くわすかもしれないし、どこかから怪しい目で見られているかもしれない。
気持ちが休まることは片時も無く、ひたすら先を急ぎたい衝動に駆られる。
そうやって、次の角を曲がると、寮の正面入口が見える所までようやくたどり着いた。
少しだけほっとして、曲がり角から寮の入口がある道路を確認した時。
「!?」
反射的に身体を後退させ、陰になる部分に隠れた。
「ど、どうしたの?」
俺の動きに少し驚いた様子で、千花音が尋ねてくる。
「寮の入口に、警備隊が来てる」
「えっ!?」
俺は人差し指を自分の口の前に立てて、静かにするよう促す。
千花音があわてて口を押さえた。
まさか、警備隊がここに来ている理由は……
俺は上を見上げて、自分の部屋がある辺りを探す。
すると、俺の部屋の前に留まっている警備隊員が目に入った。
「警備隊の目的は俺の部屋か」
「もしかして、わたしを見たっていう人が、警備隊に通報したんじゃ……」
「いや、それはおかしい」
「え、何で?」
「千花音が海岸に向かって走ってる時に目撃されたんだったら、俺と千花音がつながってることは分からないはず。俺の寮に警備隊を向かわせることはできないんだ」
洞窟で二人して眠っている時に発見されたなら、洞窟に警備隊を呼ぶはずだから、これも違う。
海岸から寮に帰る途中で、俺が千花音を引き連れていることに気づいて通報した人間はいるかもしれない。
だがその場合も、俺の寮に警備隊を差し向けられるのは、俺のことを知っている人間に限られる。
そうなると、一番考えられるのは。
「藤川さんが通報したのかもしれない」
「恭くんが……」
藤川さんには、千花音のことを通報しないで欲しいと頼んだ。
でも、あの人は正義感が強い。
俺との約束よりも、このフォートの安寧を優先したとしてもおかしくはない。
ただ、藤川さんの姿はここからは確認できなかった。
俺の部屋の中にいるのか?
「あ、そういえば」
西島と真里のことをすっかり忘れていた。
千花音を捜しに行ってもらって、それっきりだ。
それで思い出したのが、携帯端末。
ヤバい、着信音をオフにしてから、ずっとチェックしてなかったな。
急いで端末を取り出し、メッセージ一覧を表示する。
紗友からのメッセージをかなり受信していたが、真里からのメッセージもいくつかあった。
紗友のメッセージを確認する余裕は無いので、真里のメッセージのみ開く。
『そーたん! 自分の寮に戻っちゃダメ! ニッシーの寮に来て!』
このような内容の文章が、時間を置いて何度も書かれていた。
俺は振り返り、周囲を警戒している千花音に話しかける。
「真里からメッセージが来てたんだけど、二人とも、西島の寮にいるらしい。今からそこに行こう」
「うん、分かった。でも、恭くんはどうしたんだろ?」
「あいつら二人が何か知ってるかもしれないから、まずは急ぐぞ」
そして、俺達二人は寮の上階や入口付近にいる警備隊員の目に付かないように、ゆっくりその場を後にした。




