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17. 葛藤

 待つこと約二時間。

 予定ではそろそろバイトが終わるはず。

 時間を潰す策を色々と講じてきたが、さすがにもう尽きてしまった。暇だ。

 カラオケ店の側でぼーっとしていると、高校の制服を着た藤川さんが店から出てきた。


「待たせて悪かったですね。それじゃあ行きましょうか」

「あの、どこに?」

「ゆっくり話せる場所ですよ。近くのカフェまで行きましょう」

「はあ」


 さんざん待たされた挙げ句、また時間のかかりそうな展開。

 俺はしぶしぶ藤川さんの後をついていく。


 少し歩くと、藤川さんがある店舗の前で立ち止まる。

 落ち着いた雰囲気で、高級感のあるカフェだった。そこへ入店し、店員に案内された席につく。

 店内を見回すと、勉強している人や、携帯端末でおそらくパートナーとメッセージをやり取りしている人などが目に留まる。清崎高付近のカフェでここまで静かな所は無いので、少し珍しい。

 それぞれ飲み物を注文し店員が立ち去ると、対面に座った藤川さんが口を開く。


「待ってもらったお詫びに、ここはおごりますよ」

「それはどうもです」

「そういえば、まだ名前も聞いてませんでしたね。あなたの名前は?」

「永峯奏です」

「永峯さんですね」

「あ、呼び捨てで大丈夫ですよ。俺、二年なんで。あと、敬語もいいです」

「そう? ……じゃあ、永峯君で」

「ところで、話したいことっていうのは」

「ああ、君の言うことを信じてないわけじゃないけど、さすがにすんなりと聞き入れていいのかどうか迷ってね。色々と問題もあったりするし」

「問題?」

「稜栄高の生徒が絡まれるっていう」


 なるほど、それを心配していたのか。

 稜栄高はこの第七フォートで一番の進学校なだけに、それ以外の高校の生徒から目の敵にされることが多い。嫉妬というのは怖いものだ。


「実際、うちの生徒が他校の生徒から嘘の理由で誘い出されて、被害を受けたりしてるんだよ」

「そういう話は結構聞きます。確かに、俺が持ちかけた話もそのたぐいだと思われても仕方ないですね」

「いやいや……すまないね」


 藤川さんが伏し目がちに謝る。


「だから、まずは君と話してみて、それからどうするか決めたいんだ」


 わざわざ話の場を設けたのは、俺が信頼に足る人間か判断するためということか。ここはできるだけ誠実な回答をして、信用してもらうしかない。


「分かりました。それで信じてもらえるなら」

「ありがとう」


 そこで、店員が注文した飲み物を運んできた。俺にはアイスティー、藤川さんにはアイスコーヒーが、それぞれ前に置かれる。


「まず聞きたいことだけど、君はパートナーをどれくらい大切にしてる?」

「い、いきなりそこですか……」


 最初からかなりきわどい質問。紗友との関係を正直に伝えると、あまり良い印象を持たれないかもしれないが……


「パートナーのことは大切にしてるつもりです。……ただ、自分の考え方と彼女の考え方で、明らかに違うなっていう部分があって」

「そうなんだね。じゃあ、今は関係があまりうまくいってない?」

「表向きは普通です。違和感を持ってるのは俺だけで、彼女は問題無いと思ってるようで」

「そうか……」


 藤川さんは俺の話を聞きつつ、口元に手を当てて考え込む。これ以上、こちらの話に踏み込むことをためらっているのだろうか。

 少しの沈黙の後、彼は真顔でこちらへ問いかけてくる。


「気にさわったら申し訳ないんだけど、君はこのフォートを出た後、結婚を考えてる?」

「えっ、それは……」

「今の状況だと、まだそこまでは考えてない?」

「……」


 答えにくい質問をどんどんぶつけてくる。

 これまであまり話題にしてこなかった内容なので、不明瞭な答えを探りながら声を発する。


「全く考えないわけじゃないですけど……ペナルティのこともありますし」

「やはり、それはあるね……」


 もし、パートナーに選ばれた男女がフォートを出た後に結婚しなかった場合。

 その際はセレクトカップリング制度に違反したと見なされ、かなり重い罰金が科されることになる。

 それに加えて、子供を二人以上もうけなかった場合も罰金の対象になってしまう。

 国はフォートに多額の税金を投入している上、フォート居住者の家族も税制面で優遇している。その代償は並大抵のものではない、ということだ。


 藤川さんは少し上を向き、軽く息をはいた。


「僕は、このフォートを出た後が心配でしょうがないんだ。十年もこの閉じられた世界にいて、本当に外の世界で生きていけるのかと思ってね」


 その気持ちは確かに分かる。外の世界の情報は、フォートの住人向けに編集された記事や、親との面会で聞く話くらいしか入ってこない。

 リアルの世界を知らず、この小さな世界で生きてきた俺達は、飼い慣らされた動物のようなものだ。外に解き放たれた時に、生きていくことが本当に可能なのだろうか。


「僕は大学に行こうと思ってるんだけど、それさえも不安なんだ。だって、この十年、パートナーの女の子しか見てこなかったんだよ。いきなり、大勢の女性に会うなんて」


 フォートに入らず暮らしている高校生達からしたら、ささいなことで悩んでいると思われるだろう。だが、この環境下で生きている俺達にとっては、深刻な問題だ。


「フォートの人間は、色々な常識の面でも、一般学生より劣るだろうから、社会に出てからも苦労すると思う」


 確かに、フォートで生活しているとできない経験がたくさんあることは間違いない。懸念の材料は尽きること無く、無限に想起される。


「だから、僕は強い決意を持って、一歩を踏み出そうと思うんだ。パートナーである彼女を絶対に幸せにするために」


 その一言はとても勇猛で、未来に立ち向かう力があった。

 ゆえに確信する。藤川さんの意志は揺るぎない、と。


 しかしそれと同時に、海を越えてやって来た一つの希望が、儚い願いとしてついえるであろうことも、分かってしまった。


「パートナーの方とうまくいってるんですね」

「ああ、今はね。ただ、この先フォートを出た後で、多くの困難にぶつかって気持ちが折れてしまうかもしれない。だから、この前二人で話したんだ。どんな苦境に立たされたとしても、二人で支え合って乗り越えていこうって」


 その決意には迷いが無かった。そして、そこには間違いなく藤川さんとパートナーの女性が、長年築き上げてきた深い絆が垣間見えた。


「すごいと思います。俺も今後を考えるのに参考になりました」

「永峯君はパートナーの考え方に違和感があるって言ってたけど、それは絶対に何かしらの決着をつけた方がいい。君が妥協するか、パートナーに改善することを求めるか」

「確かに……なんとかしないといけない、とは思ってます」

「頑張って」


 話が一区切りついたところで、藤川さんがグラスのストローに口をつける。残ったアイスコーヒーを飲み干すと、彼は目じりを下げてこちらを見た。


「永峯君と話せて良かったよ。自分の考えも改めて確認できたし。君の知人と会う約束、いつならいい?」

「じゃあ、会ってくれるんですか?」

「ああ、君のことは信じてもいいと思ったからね」


 こうして、藤川さんを寮の自室へ連れてくるという約束を取り付けることができた。

 しかし、彼の固い決意を知ってしまった俺は、単に喜ぶこともできず、何とも言えない複雑な気持ちに支配された。


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