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16. 信用されるには

 稜栄高校の校門を出て、左にしばらく歩いていく。すると、生徒会室の生徒が言っていたように、目立つカラオケ店の看板が目に留まる。

 その付近に寄っていくと、四、五階建ての建物があり、一階の受付部分がガラス張りで中が見える。

 受付をのぞくために、さらに歩みを進めていくと、千花音が急に立ち止まった。


「あ……」

「どうした?」


 千花音は一点を凝視したまま、動かない。その固定された視線の先をたどっていくと、一人の男子生徒に結びついた。


「もしかして、あれが藤川さん?」

「……うん、十年たってずいぶん大きくなったけど、雰囲気ですぐに分かった。あれが恭くんだよ」


 もう一度、その男子生徒の様子に目を凝らす。とても誠実そうな顔つきで、万人から好かれそうな雰囲気が備わっている気がする。

 千花音の方に目をやると、先程から藤川恭介をただただ見つめている。十年分の空白を埋めるかのように。


「よし、ついに本人が見つかったな。これで後は藤川さんに話をつけに――」


 カラオケ店の中へ行こうとした時、千花音が俺の服の背中部分を引っ張った。


「ちょっ、何するんだよ」

「メロくん、ちょっと待って」


 いつになく真剣な表情で俺を止める千花音。普段とは違う彼女に、俺も何事かと押し黙る。


「恭くんに何て説明するつもり?」

「まあ、“藤川さんに会いたい人がいる”って言って、付いてきてもらうことにしようかと。後はどこか人目のつかない所で対面って感じだな」

「それって、まさか今日じゃないよね?」

「そりゃ、早い方がいいから今日にでも」

「それはダメ!」


 急に千花音が激しい勢いで迫ってきた。彼女の主張が分からず、俺は首をかしげる。


「何でだよ」

「だって、全然気持ちの整理ができてないんだもん……」

「そうか……って、おい!」


 気持ちは分からないでもないが、そこは今日までに整理しておいて欲しかった。


「それに、こんなかわいくない格好じゃ、恭くんに見せられないよぉ」


 男子生徒向けに作った制服をかわいくないと評されるとは、デザイナーの方は夢にも思わなかっただろう。


「ってことは、藤川さんと対面する時は、フォートに入ってきた時の服を着るのか?」

「うん、それは絶対。じゃないと、恥ずかしくて会えないよ」


 おいおい、そうなると対面できる場所は、俺の部屋くらいしかないじゃないか。どんどんややこしくなってるぞ。


「じゃあ、今日は俺が説明するだけで、実際に千花音が対面する日は明日以降にする。場所は寮の俺の部屋。これでどうだ」

「うん、それでいいよ」


 ようやく大人しくうなずく千花音。

 この生活も今日で終わりかと思いきや、そう簡単にはいかないらしい。


「それじゃあ、メロくん、色々ごめんね! 頑張って!」


 千花音が両手を合わせて祈るように懇願してきた。それと同時に、この場を離れようと後ずさりしていく。


「どこ行くんだよ」

「だって、ここにわたしがいたら見つかっちゃうかもしれないから。また後でね!」

「ちょっ、待っ――」


 彼女はこちらに背を向け、どこかへ走り去ってしまった。

 残された俺は姿が見えなくなった彼女の方角を見ながら、ただ呆然と立ちつくすだけだった。


 一人になって思うことは、意外と難しい状況にあるということだ。

 先程までは「店の外に立ってるあいつが、あなたに会いたいって言ってますよ」くらいの説明を藤川さんにすればなんとかなると思っていた。

 しかし、日時も場所も変えて、会う約束をとりつけるとなると、話が変わってくる。

 もちろん、俺が藤川さんと知り合いなら何の問題も無いが、俺はあの人と全く面識が無い。相当不審がられるだろう。


 その上、会いたがっている相手が澄名千花音であることを話して説得するわけにもいかない。もし、ここで千花音のことを話してしまうと、知らないうちに警備隊や管理局に通報されてしまう危険性がある。対面する時にはどちらにせよ正体が分かってしまうとはいえ、リスクはできるだけ最小限にとどめた方が良い。

 改めて相当面倒なことに首をつっこんでいるなと、我ながら思う。まあ、やるしかないんだけど。


 とにかく、話さなければ始まらないので、俺はやや緊張ぎみにカラオケ店の自動ドアの前に立った。


「いらっしゃいませ」


 目的の人物がこちらに入店の挨拶をしてくる。

 幸い、受付には藤川さんしかおらず、話すにはちょうどいいタイミングだった。


「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「はい、なんでしょう?」

「あなたは藤川恭介さんですよね?」


 見知らぬ人物に名前を言われて、藤川さんは少し目を見開く。


「あ、はいそうですけど。よく僕のこと知ってますね」

「稜栄高校の生徒会室に行ったら、藤川さんがここにいるって聞いたんですよ。あなたを捜してたんで」

「僕を捜してた……失礼ながら、あなたとお会いしたことは無いと思うんですが……その制服、清崎高校?」

「そうです。実はあなたに会いたいって言ってる人がいるんですよ」

「僕に?」

「ええ、俺はその人に代わって藤川さんを捜してたんです」

「その僕に会いたいって言ってる方の名前は? どこにいるんですか?」

「あー、名前は、吉田って言います。今日はその彼が来てないんですよ。日時と場所を決めて、そこで会えないですかね?」

「……」


 彼はそこで何も言わず、こちらの顔をうかがうようにまじまじと見つめる。

 やはり、警戒されている。会いたいと言っているわりに本人が顔を出さないなんて、怪しい以外の何ものでもない。


「なるほど、話は分かりました。ただ、いきなり会う約束と言われても、ちょっと……」

「そこをなんとかならないですかね」


 食い下がるこちらに対し、藤川さんが腕を組み、しばらく熟慮した結果。


「……じゃあ、僕のバイトが終わるまで待っててもらえませんか?」

「え、それはどういう」

「まずは、あなたのことが知りたいので」


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