15. いよいよ
翌日。
ついにこの時が来た。
今日は、藤川恭介が通う稜栄高校を訪ねる日。
藤川さんを見つけ、千花音に引き合わせさえすれば、彼女の目的は達成される。
そうすれば、俺の役目は終わり。後は、管理局に連絡し、女の子が偶然フォートに流れ着いたと適当な理由をつけて説明すれば、さすがに重く処罰されることは無いだろう。
もうすぐ、平穏な日常が帰って来るのか……感慨深いな。
ただ、そんな安心感とは別に、多少惜しむ気持ちもある。この何日間かは、刺激に満ちあふれていたからだ。
千花音を海で拾ってから、とても密度の濃い日々を送った。歳をとっても、今回の出来事は鮮明に思い出すことができるだろう。
別にいい思い出というわけでもないが、そこは思い出補正で美化してくれると信じることにする。
***
授業が終わると、俺は足早に学校を出て自宅の方面へ向かった。放課後の時間なので、あまりぐずぐずしていると藤川さんが学校から帰ってしまう恐れがある。
仮に学校を去っていたとしても、彼の情報が手に入れば収穫と言えるのだが、本人を見つけられればより話が早い。
ティロリン。
ポケットからメッセージの着信音が鳴る。携帯端末を取り出して画面を見ると、宮町紗友の文字。
メッセージの内容は取り留めのない日常の話だった。まるで、昨日の件など無かったかのように。
当たりさわり無い最低限の文章を書いて返信すると、再び足を早めた。
自宅近くの公園までやって来て、公園内を確認する。千花音とはここで落ち合う約束をしていて、時間的にもう来ているはず。
周囲を見回しながら公園内に入ると、千花音がこちらに手を振っているのが目に留まった。
彼女の男装もすっかり板について、自然な雰囲気がさながら男子生徒だ。
合図に応じるように、千花音の元へと歩いていく。
「おかえりー」
「よっ、それじゃあ行くか」
「うん!」
千花音の軽快な足取りを横目に、二人で稜栄高校を目指す。
彼女は悲願を目前にして、期待感マックスといったところか。
「ねぇねぇ、恭くんに会ったら何話そうかな? 何話したらいい? あー楽しみ!」
「そうだな、『髪切った?』とか」
「会うの十年ぶりだって!」
「じゃあ、『あらぁ、しばらく見ない間に大きくなったわねぇ』とか」
「なんかそれ親戚のおばさんだよ!」
親戚のおばさんか、フォートに入っちゃったから全然会ってないな。
まあ、親ですら管理局にある親族面会室で透明な仕切り板越しにしゃべるだけしかできないからなぁ。
記事で見たが、刑務所に入っている人も同じような面会方法のようだ。
俺達は犯罪者か。
「そういえば、今日は西島君とマリちゃんは来ないの?」
「ああ、西島は用事があるらしい。真里はカフェのバイトがどうしても抜けられないって」
「そっかぁ」
もっとも、西島はおそらく適当な理由をつけてサボりたかっただけだろう。
「にしても、藤川さんは相当驚くだろうな。警備隊に通報されなければいいけど」
「それは大丈夫!」
「なんでだよ」
「だって、恭くんだから♪」
「はいはい、そうですねー」
「あっ、適当に流すなー!」
こんな風に雑談をしながら、バス停に到着。稜栄高校方面行きのバスが来るのを待った。
***
バスに乗り高校の近くで降りると、見慣れぬ制服を着た学生が目に入った。
周囲を見渡すと、少し離れたところに校舎と思われる建物が確認できる。
フォートに十年住んでいても、この辺はあまり来たことが無い。
進学する学校に合わせて、その学校の周辺にある寮へと引っ越すのがフォートの住人のルール。なので、学校に通うだけだと、他の地域に出向く機会は少なくなってしまう。
「さ、行こ!」
千花音が学校の方へ向かってどんどんと突き進んで行くので、俺はその後を付いて行く。
「ここだね」
彼女が立ち止まったのは、稜栄高校の校門前。
清崎高校とはまた違った、より近代的な造りの校舎を目の当たりにし、俺と千花音はじっとしばらく眺めていた。
その間も、下校する稜栄高校の生徒達が、自分達と違う制服を着ているこちらに好奇な目を向けていた。だが、この程度で気後れしている場合ではない。
俺と千花音は稜栄高校の敷地に足を踏み入れ、さらに校舎の中へと入っていった。
守衛さんに挨拶をして、生徒会室の場所を聞く。生徒会室は別棟の三階とのことで、見知らぬ場所をうろうろしながら探し回る。
途中で先生に呼び止められたりした。だが、生徒会に用事があると説明すると、それ以上詮索されることも無く案外やりやすい。
ようやく目的の建物を発見。階段で三階まで登り、あとは生徒会室を探すのみとなった。
「あとは生徒会室を見つけるだな」
掲示されている地図を見て歩き始めようとしたところ、いきなり袖を引っ張られた。何かと思って振り返ると、千花音がかなりおどおどとした様子でこちらを見つめている。
「ど、どうしよう……」
「何が?」
「恭くんに会うの緊張してきた……」
「おいおい、さっきの勢いはどうしたんだよ」
「だって、何話したらいいか……」
「この十年のことでも話したら?」
「でも、いきなり会いに来て、そんなこと話し始めたら嫌われないかな?」
「いや、驚くかもしれないけど、嫌いにはならないだろ」
「うーん、でもどうしよう……」
“どうしよう”のループが始まってしまった。これでは埒があかない。
「じゃあ、俺が様子を見てくるから、千花音はここで待っててくれ」
「え、いいの?」
「状況が分かった方が落ち着くし、決心しやすいだろ?」
「う、うん。分かった」
彼女がうなずくのを見て、俺は生徒会室がある方角へすぐに歩き出す。
程なくして、生徒会室と書かれたプレートを確認。扉が開いていたので、そっと中をのぞいてみる。
あ、全然人がいない……
生徒会室の中は静かで、机に向かって座っている一人の生徒しか見当たらなかった。
その生徒会のメンバーと思わしき男子生徒がこちらに気づき、問いかけてくる。
「何か用ですか? ……あ、清崎高校の方ですよね?」
「すみません、副生徒会長の藤川恭介さんはいませんか?」
「藤川先輩はもう学校にいないと思いますよ。今日は生徒会も無いですし、部活も休みと言っていたので」
「そうですか。藤川さんがどこにいるか分かりませんか? ちょっと話したいことがあるので」
すると、彼は怪訝な表情を見せる。
「……あなたは藤川先輩とどういった関係ですか?」
「あ、実は以前、藤川さんと知り合う機会があって、それ以来たまに時間を作って話したりしてるんです」
「そうなんですか? ふーん……」
なんだか全然信用されてないな。
「……まあ、分かりました。先輩はバイトに行くと言っていましたね」
「バイト? どこの?」
「近くのカラオケ店です。校門を出てしばらく左に行くと、目立つのですぐ分かると思います」
「そうですか、ありがとう」
身体の向きを変えて、その場を立ち去ろうとしたところ、男子生徒が一言。
「あの、あまり問題は起こさないでくださいね」
「……大丈夫です」
おいおい、俺にどんな印象を持ってるんだ。
階段の付近まで戻ってくると、千花音が稜栄高校の先生に捕まっている。やはり、帽子を脱がないことをとがめられているようだ。また面倒な。
俺は駆け足で近づき、二人の間に割って入る。
「いやぁ、どうしましたか?」
「どうしたもこうしたも、そこの彼が帽子を脱ごうとしないし、口をきこうともしないからさ」
バレるのを恐れてか、千花音はほとんど何も言わずに顔を下に向ける。
「すみません、こいつめちゃくちゃシャイで、人に顔を見られるのが苦手なんですよ」
「とはいえ、校内で帽子を外さないのは問題だよ。清崎高校はいつもこういう感じなのかい?」
生徒会室の生徒といい、この教師といい、清崎高は稜栄高から結構下に見られているのかもしれない。うちそんなにひどくないぞ。
「いやまあ、何というか……俺達、用事が済んだので、そろそろ行きます」
「いやまだ話は終わって――」
俺は言うやいなや、千花音の手首をつかんで、一緒に階段を駆け下り始めた。
一階まで降りて、上から追いかけて来ないことを確認した上で、俺は千花音の手首を離した。
「あー、びっくりしたよ。ありがと」
「やっぱり帽子をつけたままだと目立つな。まあでも、もうここから出ていけるからいいけど」
「えっ、じゃあ恭くんはここにいないの?」
「ああ、近くのカラオケでバイトしてるらしい。これからそこに行こう」
「うん」