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14. 紗友の決意

 リビングの隅にあるコミュニケーション・ルームに入って、永峯奏の本人確認。


 出入口にロックがかかった後、ディスプレイ前で紗友が入室するのを待つ。


 なんとも落ち着かない時間だ。

 アフェクション・スペースでのことを、紗友は気に病んでいるだろう。

 どう収拾をつけるべきか、はっきりとした道筋が見えてこない。


 考えがまとまらないうちに、相手の入室が確認され、映像通話が開始された。


 ディスプレイに映し出される、紗友の顔。

 だが、その表情は自分が思っていたよりもずっと穏やかで落ち着いていた。


「紗友……」

「奏くん、ひどいよ。せっかく交流時間が残ってたのに、出て行っちゃうんだから」

「ご、ごめん……」


 彼女の口調は、こちらを責め立てるような激しいものではなかった。

 けれども、その落ち着きがかえって俺に違和感を覚えさせた。


「紗友、さっきのこと」

「ん?」

「悪かったと思ってる。女子の方から来てくれたのに、逃げちまって」


 俺の言葉を受けて、紗友は少し目を閉じた後、わずかに笑みを浮かべた。


「私の方こそごめんなさい。いきなりすぎだよね」


 紗友が謝る必要はない。

 二人で一緒にいる時に眠ってしまったり、俺の方が謝罪することだらけだ。


「紗友は優しいな。俺があんなことしたっていうのに」

「そんなことないよ。あの瞬間はちょっとショックだったけど、私、全然不安じゃなかったから」


 彼女が透き通った声で、よどみなく述べる。


「だって、私達は絶対に結ばれるパートナーだもんね」


 その言葉を聞いて、身体に電撃が走った。

 当たり前のように思っていた認識を、改めて激しく揺さぶられた気分だ。


「はは……確かにそうだ」


 かろうじて返事をひねり出したが、自分がどんな顔をしているかは保証できなかった。


 紗友の想いは、セレクトカップリング制度という強大な力によって守られていた。

 逆に俺は、フォートの住人が背負う宿命に対して、あまりに無力であることを痛感させられる。


「それに、私は――」


 紗友が一呼吸おいて、言葉を紡ぎ出す。


「奏くんのことが、好きだから」


 いきなりの告白に、少しドキッとする。

 紗友がこういう風に気持ちを直接表現するのは珍しい。


 しかし、俺は彼女の言葉をすんなりと受け入れてもいいのか?

 俺と彼女はパートナーに指定されたから、彼女は俺のことを好きだと言ってくれているだけじゃないのか?


 そんな疑念を口にせずにいられなかった。


「あのさ、紗友は何で俺のこと好きなんだ?」

「え?」

「別に俺は特別優しいわけじゃないし、プレゼントだって全然渡してなかったし、紗友からしたら不満は結構あるんじゃないかと思うんだ」


 今まで言うことの無かった思いを、包み隠さず語っていく。


「でも、紗友は不満や愚痴を、絶対俺に言わないだろ。だから、本当は俺のことをどう思ってるのか――」

「そんなの、大したことじゃないよ」


 俺の言葉をさえぎって、紗友は平然として答える。


「奏くんの言うとおり、最初から不満が何も無かったわけじゃないよ。でも、私と奏くんは絶対に一緒になる運命。不満を持つなんて、私のわがままなんだよ」


 不満を持つことがわがまま? 何を言っているんだ……?


「だから、私は奏くんの全部を好きになるって決めたの。良いところはもちろん、それ以外も合わせて全てを」


 彼女の言葉が、俺の中で重く響いた。


 恋愛感情で盲目的に俺を好きになっている、なんて甘ずっぱいものなんかじゃない。

 その言葉は明らかに感情ではなく、理性によって制御されたものだ。


 なんで、そこまでする? 

 改善するべきことがあるなら、言ってもらえた方がいいに決まっている。


「紗友、それは違うと思う」

「奏くんが何を言っても関係ないよ。これは私の気持ちで、私のパートナーとしての決意だから」

「だからって――」

「また今度お話ししよ。もうちょっと落ち着いた時に」

「ちょっ、待ってくれ――」

「またね、奏くん」


 俺の制止を振り切って、紗友は一方的に映像通話を終了させた。

 一瞬で小部屋内が無音になる。


 俺は全身の力が抜けて、椅子の背もたれに寄りかかった。


 紗友が俺への不満を言わない理由は分かった。

 でも、納得はできない。


 男女で付き合い始めれば、お互いの欠点が見えてくる。

 その部分を直して欲しいと指摘すると、直してくれる部分もあれば、直らない部分も出てくるだろう。


 そこで、相手の欠点に目をつぶって、良好な関係を保っていくことになるのは、至って当然のこと。


 ただ、紗友の場合は、最初から俺の欠点を指摘することもしないと言うのだ。

 自分では気づかない欠点もあるし、指摘してくれればできるだけ改善する努力もできるというのに、それもできない。


 それって、とても寂しいことじゃないか?

 唯一のパートナーなのに、本音が聞けないなんて。



 気持ちの整理もままならないまま、コミュニケーション・ルームから出る。

 すると案の定、千花音が興味ありげに近づいてくる。


「はいはーい! 質問ターイム! 今日一番盛り上がった話題はなんですかー?」

「……」

「あれ? どうしたの?」

「……わるい、今日はもう寝るわ。夕飯は冷蔵庫の物を適当に食べて」

「えっ、ちょっと……」


 俺はさっさと布団を敷き、千花音に背を向けて横になる。

 眠気は全く無かったが、目を閉じてひたすらじっとした。



 ***



 ぼんやりと開けていく視界。

 どうやら、いつの間にか眠っていたようだ。


 しかし、部屋の中は真っ暗で、カーテンが閉まっている。真夜中に目が覚めてしまったらしい。

 尿意を感じたので、布団を抜け出し、暗闇の中をゆっくり進んでいく。


 ふと、何かの音がかすかに聞こえてきた。

 何の音だろう?


 玄関へ続く廊下に近づいていくと、ぴたっと音が止んだ。

 不思議に思って、さらにトイレの側に行こうとしたその時――


「わっ!」

「うおっ!」


 いきなり何かにぶつかった。

 その直後に、床に大きなものが叩きつけられる音が響く。


「いた~い……」


 声の主は分かりきっていた。

 俺が照明を点灯させると、目の前に尻もちをついた千花音がぶつけた所をさすっている。


「何やってるんだよ」

「こっちが言いたいよ~何で電気つけないで歩いてくるの?」


 いや、それはそっちもなんだけど。




 トイレで用を済まし部屋に戻ると、千花音がベランダに出ているのが見えた。

 変装もせず、俺のスウェットを着たままだ。


 俺もベランダに出ると、日中の暑さに慣れた身体が夜風に当たって清々しい。

 月は雲間に隠れて、その姿を確認することはできない。


 五階であるここから眺めると、明かりは無く街は静けさに包まれている。

 千花音の横に立つと、手すりに身体をもたれている彼女が、こちらに気づき顔を向けた。


「ここ気持ちいいよね」

「気をつけた方がいいぞ。この時間帯でも、警備隊が時々巡回してるから」

「えー、大丈夫だよ。もし見られても、わたしが女だって思わないよ」

「なんでさ?」

「うーん、今日警備してる人は視力が悪い気がする」

「楽観的すぎるわ!」

「しーっ! 大声出しちゃダメだよ。しょうがないなぁ」


 誰のせいだ、誰の。



 しばらく二人並んで、静かにベランダから外を眺めていると、千花音がふいに問いかけてくる。


「紗友さんと、何かあったの?」

「ああ……別に、何でもないよ」

「むー」


 俺の返答が不服なのか、千花音は分かりやすく不機嫌そうに口をとがらせる。


「全然何でもなくないじゃん! 紗友さんと話してからずっとテンション下がりっぱなしだし!」

「落ち着けよ。お前の方が声でかくなってるぞ」


 彼女は慌てて口をふさぎ、声量を抑えて話し始める。


「何か悩んでるんだったら、話してよ。わたしだって恭くんのことで色々手伝ってもらってるんだから」

「……」


 俺は少し迷ったが、千花音が引く姿勢を全く見せないので観念した。


「……千花音は、藤川さんの欠点を見つけたら、そこを直して欲しいって頼むか?」

「え、何で急に?」

「紗友は俺の欠点を見つけても、不満を言ったりすることはしないらしい。一生、な」

「そうなんだ……」


 少しの間、思案を巡らせた彼女。

 やがて一つの答えを導き出した。


「わたしだったら、恭くんの欠点を見つけたら、指摘しちゃうと思うし、不満も言うと思う」

「もしそれで、ケンカしたりすることになっても?」

「うん。だって、それが一緒になるってことじゃないかな。本音を隠して付き合っていくなんて、わたしは息苦しくてつらいと思うから」


 千花音の素直な意見。

 それは、気分がふさいでいた俺にとってはとても心地よく感じられた。


「千花音」

「ん?」

「ありがとな」


 千花音は少し驚いた顔をした。


「えへ、いいこと言ったでしょ、わたし」

「ああ、意外といいこと言うんだな」

「そうそう……って、意外は余計だからね!」

「はは、ごめんごめん」


 お互い顔を見合わせて、静かに笑う。


 全く行方をくらましていた月が、雲間からわずかに月明かりを見せ始めていた。


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