12. アフェクション・スペース
プレゼントの紙袋を携えて、男性居住区域の端までたどり着いた。
目の前に広がるのは、男性居住区域と女性居住区域を隔てる巨大な建造物。
アフェクション・スペースと呼ばれるこの場所は、フォートを囲む塀よりも高くそびえ立っている。
この場所で、一時間ごとにおよそ八百組の男女が交流しているとは、なんとも目まぐるしい。
俺はアフェクション・スペースのメインゲートを通って、建物の中に入る。すると、複数ある金属探知機の前に並ぶ男子達が、視界に飛び込んでくる。
列の最後尾に並んでその面々を眺めると、下は小学生くらいから、上は高校生くらいまでと様々。大学生らしき人は見あたらない。
高校卒業と同時に、このフォートともお別れしたいなぁ。大学生になってもここに留まり続けるのはしんどい。
密かに中高校生の間で、フォートに残る大学生は“希少種”と呼ばれている。パートナーと良好な関係を築けない人というレッテルを貼られるのだ。
俺も、卒業までに紗友とパートナーとしての絆を深められなければ、肩身の狭い思いをすることになる。
でも、俺はどうしたらいい?
俺はどうしたら、紗友の心を開けるんだ?
自分の気持ちに嘘をついて仲の良いふりをすれば、ここを出られるだろう。
でも、本当にそれでいいのか?
そんなことを考えていると、金属探知機をくぐる番が回ってくる。予想通り、アロマのディフューザーが引っかかったので、係員がプレゼントの中身を入念にチェックする。
中身に問題がないと分かると、係員はプレゼントを包装紙で包んで、開封前の状態まで戻した。こういう作業に慣れているため、手際が良く一度開いたのが分からないくらいきれいだ。
検査所を通り過ぎ、ようやく個別のアフェクション・スペースへと向かう。
エレベーターで所定の階まで登り、降りた所は横に無数の扉が並んだフロア。該当する部屋の前で立ち止まり、本人認証が済むと扉が開いた。
扉の中に入ると、また目の前には扉。そして、今通った後ろの扉が閉まる。二重扉にして、通路を歩く第三者にパートナーを見られないためだ。
この扉の向こうに紗友がいるはず。
コミュニケーション・ルームで顔は見ているけど、実際に会うのは一段と気が張る。
しばしの静寂の後、ブザーが鳴り、ゆっくりと目の前の扉が横に動く。
扉が壁に収まると、二週間ぶりに肉眼で見る少女の姿がそこにあった。
「こんにちは、奏くん」
儚げな印象を抱かせる少女が、柔和な表情で俺の名を呼ぶ。
「紗友、元気そうだな」
「ふふ、昨日も話したよね」
「まあな。でも、実際に会ってみないと感じ取れないことってあると思うんだ」
「あ、そうだね。それはあるかな」
紗友が動く度に、つややかな黒いロングヘアが揺れる。
端整な顔立ちに、この立ち振る舞い。どれを取り上げても品があり、美しい。
着ている白を基調としたワンピースは、彼女の華奢で清廉な姿をより際立たせている。
細い腕で抱えている、やや大きめで重量のありそうな箱に目がいく。
「それ、弁当?」
「うん、ちゃんと早起きして作ったよ」
「早速食べない? 弁当のために朝ごはん抜いてきたから」
「ほんと? 嬉しい♪ すぐ用意するね」
紗友は手に持った弁当箱を、部屋の脇に備え付けられているテーブルに置く。
「手伝うよ」
「ううん、大丈夫。ちょっと待っててね」
彼女がテーブルクロスを敷くなどの準備を進める間、俺はアフェクション・スペース内を見渡す。
毎回思うが、とても狭い空間だ。部屋にあるものはテーブルと二人分の椅子、大きめのソファだけ。相当な数の部屋を用意しなければならない都合だろうが、圧迫感は否めない。
「奏くん、準備できたよ」
呼びかけに応じ、俺は紗友の対面に着席する。
テーブルの上には、彩り鮮やかな料理を詰めた弁当箱が置かれていた。
空腹であることを差し引いても、食欲をそそるすばらしい完成度だ。
「紗友の弁当はいつもすごいなぁ」
「ほんと? 今日は今までお弁当に入れたこと無かった料理にも挑戦してて。あ、奏くんの好きな唐揚げももちろん作ってきたよ」
「それじゃあ、いただきます」
俺は手近なところから箸をつけていく。
どれも手のこんだ料理ばかりで、本当に驚かされる。鶏の唐揚げだけでも手間がかかるというのに、一体どれほどの時間を費やしたのか。
「ん、うま」
「無理してない?」
「してないよ。めちゃくちゃうまい」
「良かった♪」
紗友は胸をなで下ろし、安堵の表情を見せる。
「そんなに不安だった? 新しい料理でも、紗友の作ったものだったら絶対うまいだろうなって思ってたけど」
「ううん、そういうわけじゃないけど」
彼女はあわてて取り繕うように述べる。
これは、明らかに俺からの評価を気にしている。俺が料理をまずいと思っているんじゃないか、と。
「もっと自信持った方がいいぞ。紗友の料理は誰が食べてもうまいと思える最高の料理だよ」
「あ、ありがとう」
紗友は少し照れたような笑みを浮かべながら、うつむく。
む、言った自分も恥ずかしくなってきた。
「あー、食べた食べた。ごちそうさま」
「お粗末様です」
俺は席を立ち、ソファに腰を下ろす。
うまいものを食べて休憩する。最高だな。
っと、そういえばまだプレゼントを渡してなかった。紗友が隣に来たら渡そう。
ソファの脇に置いておいたプレゼントの紙袋を手元に持ってくる。
紗友は食事の後片づけをした後、俺の左隣に座った。
「紗友、大したものじゃないけど、俺から」
そう言って、手元のプレゼントを紗友へ差し出す。
「ありがとう。ただ、ちょっとびっくり。奏くんがプレゼントをくれるなんて」
「驚くのはひどいな。まあ、確かに珍しいけどさ」
「でも、その分嬉しさも数倍だよ」
彼女はプレゼントを受け取って、穏やかにほほえむ。
「開けてもいい?」
「いいよ」
紗友が紙袋からプレゼントを取り出し、包装紙を丁寧に開封する。
プレゼントの全貌が明らかになると、紗友が少し驚いたような顔をした。
「これ、アロマのディフューザーだよね!? こんなに高そうなもの、いいの?」
「ああ、それはだいじょぶだいじょぶ。これくらいは買えないと」
確かに、今まで紗友にプレゼントした物の中では、かなり高額な部類に入る。彼女は俺の懐事情を知っているので、余計に心配なのだろう。
「大丈夫ならいいけど……でも、嬉しい♪ 大切にするね」
紗友はプレゼントを再び包装紙で包み、立ち上がって自分の持ち物の近くへ置いた。
彼女が戻ってきて隣同士に座ると、お互い正面を向きながら、しばらくソファでたたずむ。
しかし、そこからなかなか会話が始まらなかった。頻繁にやり取りしているので、これといった話題が無い。
満腹感からか、少しずつ眠気が襲ってきた。
すると、紗友が顔をこちらへ向けて、沈黙を破る。
「ねぇ、奏くん。もう後一年半で卒業だね」
「そうだな。なんかここの生活に慣れすぎて、外の世界って言われても実感わかないよ」
「うん。そうだね……」
彼女の言葉を最後に、再度静寂が訪れた。
眠気が更に強さを増し、徐々にまぶたが重くなり、意識がまどろみへと落ちていく中。
紗友が小声でつぶやく。
「ちょっとだけ……いいかな」