表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/28

12. アフェクション・スペース

 プレゼントの紙袋を携えて、男性居住区域の端までたどり着いた。


 目の前に広がるのは、男性居住区域と女性居住区域を隔てる巨大な建造物。

 アフェクション・スペースと呼ばれるこの場所は、フォートを囲む塀よりも高くそびえ立っている。

 この場所で、一時間ごとにおよそ八百組の男女が交流しているとは、なんとも目まぐるしい。


 俺はアフェクション・スペースのメインゲートを通って、建物の中に入る。すると、複数ある金属探知機の前に並ぶ男子達が、視界に飛び込んでくる。

 列の最後尾に並んでその面々を眺めると、下は小学生くらいから、上は高校生くらいまでと様々。大学生らしき人は見あたらない。


 高校卒業と同時に、このフォートともお別れしたいなぁ。大学生になってもここに留まり続けるのはしんどい。

 密かに中高校生の間で、フォートに残る大学生は“希少種”と呼ばれている。パートナーと良好な関係を築けない人というレッテルを貼られるのだ。

 俺も、卒業までに紗友とパートナーとしての絆を深められなければ、肩身の狭い思いをすることになる。


 でも、俺はどうしたらいい?

 俺はどうしたら、紗友の心を開けるんだ?

 自分の気持ちに嘘をついて仲の良いふりをすれば、ここを出られるだろう。

 でも、本当にそれでいいのか?


 そんなことを考えていると、金属探知機をくぐる番が回ってくる。予想通り、アロマのディフューザーが引っかかったので、係員がプレゼントの中身を入念にチェックする。

 中身に問題がないと分かると、係員はプレゼントを包装紙で包んで、開封前の状態まで戻した。こういう作業に慣れているため、手際が良く一度開いたのが分からないくらいきれいだ。


 検査所を通り過ぎ、ようやく個別のアフェクション・スペースへと向かう。

 エレベーターで所定の階まで登り、降りた所は横に無数の扉が並んだフロア。該当する部屋の前で立ち止まり、本人認証が済むと扉が開いた。

 扉の中に入ると、また目の前には扉。そして、今通った後ろの扉が閉まる。二重扉にして、通路を歩く第三者にパートナーを見られないためだ。


 この扉の向こうに紗友がいるはず。

 コミュニケーション・ルームで顔は見ているけど、実際に会うのは一段と気が張る。

 しばしの静寂の後、ブザーが鳴り、ゆっくりと目の前の扉が横に動く。

 扉が壁に収まると、二週間ぶりに肉眼で見る少女の姿がそこにあった。


「こんにちは、奏くん」


 儚げな印象を抱かせる少女が、柔和な表情で俺の名を呼ぶ。


「紗友、元気そうだな」

「ふふ、昨日も話したよね」

「まあな。でも、実際に会ってみないと感じ取れないことってあると思うんだ」

「あ、そうだね。それはあるかな」


 紗友が動く度に、つややかな黒いロングヘアが揺れる。

 端整な顔立ちに、この立ち振る舞い。どれを取り上げても品があり、美しい。

 着ている白を基調としたワンピースは、彼女の華奢で清廉な姿をより際立たせている。

 細い腕で抱えている、やや大きめで重量のありそうな箱に目がいく。


「それ、弁当?」

「うん、ちゃんと早起きして作ったよ」

「早速食べない? 弁当のために朝ごはん抜いてきたから」

「ほんと? 嬉しい♪ すぐ用意するね」


 紗友は手に持った弁当箱を、部屋の脇に備え付けられているテーブルに置く。


「手伝うよ」

「ううん、大丈夫。ちょっと待っててね」


 彼女がテーブルクロスを敷くなどの準備を進める間、俺はアフェクション・スペース内を見渡す。

 毎回思うが、とても狭い空間だ。部屋にあるものはテーブルと二人分の椅子、大きめのソファだけ。相当な数の部屋を用意しなければならない都合だろうが、圧迫感は否めない。


「奏くん、準備できたよ」


 呼びかけに応じ、俺は紗友の対面に着席する。

 テーブルの上には、彩り鮮やかな料理を詰めた弁当箱が置かれていた。

 空腹であることを差し引いても、食欲をそそるすばらしい完成度だ。


「紗友の弁当はいつもすごいなぁ」

「ほんと? 今日は今までお弁当に入れたこと無かった料理にも挑戦してて。あ、奏くんの好きな唐揚げももちろん作ってきたよ」

「それじゃあ、いただきます」


 俺は手近なところから箸をつけていく。

 どれも手のこんだ料理ばかりで、本当に驚かされる。鶏の唐揚げだけでも手間がかかるというのに、一体どれほどの時間を費やしたのか。


「ん、うま」

「無理してない?」

「してないよ。めちゃくちゃうまい」

「良かった♪」


 紗友は胸をなで下ろし、安堵の表情を見せる。


「そんなに不安だった? 新しい料理でも、紗友の作ったものだったら絶対うまいだろうなって思ってたけど」

「ううん、そういうわけじゃないけど」


 彼女はあわてて取り繕うように述べる。

 これは、明らかに俺からの評価を気にしている。俺が料理をまずいと思っているんじゃないか、と。


「もっと自信持った方がいいぞ。紗友の料理は誰が食べてもうまいと思える最高の料理だよ」

「あ、ありがとう」


 紗友は少し照れたような笑みを浮かべながら、うつむく。

 む、言った自分も恥ずかしくなってきた。


「あー、食べた食べた。ごちそうさま」

「お粗末様です」


 俺は席を立ち、ソファに腰を下ろす。

 うまいものを食べて休憩する。最高だな。

 っと、そういえばまだプレゼントを渡してなかった。紗友が隣に来たら渡そう。

 ソファの脇に置いておいたプレゼントの紙袋を手元に持ってくる。

 紗友は食事の後片づけをした後、俺の左隣に座った。


「紗友、大したものじゃないけど、俺から」


 そう言って、手元のプレゼントを紗友へ差し出す。


「ありがとう。ただ、ちょっとびっくり。奏くんがプレゼントをくれるなんて」

「驚くのはひどいな。まあ、確かに珍しいけどさ」

「でも、その分嬉しさも数倍だよ」


 彼女はプレゼントを受け取って、穏やかにほほえむ。


「開けてもいい?」

「いいよ」


 紗友が紙袋からプレゼントを取り出し、包装紙を丁寧に開封する。

 プレゼントの全貌が明らかになると、紗友が少し驚いたような顔をした。


「これ、アロマのディフューザーだよね!? こんなに高そうなもの、いいの?」

「ああ、それはだいじょぶだいじょぶ。これくらいは買えないと」


 確かに、今まで紗友にプレゼントした物の中では、かなり高額な部類に入る。彼女は俺の懐事情を知っているので、余計に心配なのだろう。


「大丈夫ならいいけど……でも、嬉しい♪ 大切にするね」


 紗友はプレゼントを再び包装紙で包み、立ち上がって自分の持ち物の近くへ置いた。

 彼女が戻ってきて隣同士に座ると、お互い正面を向きながら、しばらくソファでたたずむ。

 しかし、そこからなかなか会話が始まらなかった。頻繁にやり取りしているので、これといった話題が無い。

 満腹感からか、少しずつ眠気が襲ってきた。

 すると、紗友が顔をこちらへ向けて、沈黙を破る。


「ねぇ、奏くん。もう後一年半で卒業だね」

「そうだな。なんかここの生活に慣れすぎて、外の世界って言われても実感わかないよ」

「うん。そうだね……」


 彼女の言葉を最後に、再度静寂が訪れた。

 眠気が更に強さを増し、徐々にまぶたが重くなり、意識がまどろみへと落ちていく中。

 紗友が小声でつぶやく。


「ちょっとだけ……いいかな」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ