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10. プレゼント

 藤川恭介を捜す有力な手がかりを得て、一夜が明けた。


 週末ということで学校も半日で終わり、昼頃には帰宅の途につく。

 日増しに強くなっていく日差し。いよいよ本格的に夏らしさを感じるようになってきた。


 夏休みが近づいてくる期待感はあるものの、その前の期末試験が憂鬱だ。

 毎回、試験開始直前までやる気が出ず、紗友に懇願して勉強を教えてもらうのが普通になってしまっている。


 今回はなるべく紗友に頼らないようにしなければ。

 なるべく頼らないように……できたらいいなぁ。


 まあ、先の試験のことよりも、明日に控えるふれあいの日のことを考えた方がいい。

 明日、紗友と何を話すか、何かプレゼントした方がいいか。

 頭をひねっても良い案はなかなか出てこない。


 どうすればいいか苦慮していたら、あっという間に寮の自室の前まで着いてしまった。

 結局、何もまとまらなかった……


 玄関の鍵を取り出したところで、ふと思い至る。

 たぶん、千花音はさっそく藤川さんを捜しに行こうって言い出すだろうな。


 今日は予定があるから勘弁して欲しいが……

 懸念を抱きながら、玄関の鍵を開けて、扉を開くと。


「おっかえりー!」


 目の前に俺の制服を着た千花音が立っていた。

 捜しに行くって言い出すどころか、もうスタンバイしてるんかい。


「ちょっ、何で着替えてるんだ」

「もちろん、恭くんを捜しに行くからだよ!」

「悪いけど、今日は無理だから」

「えー! 何で何で!?」


 千花音が不服そうにこちらを問い詰めてくる。


「今日はこれから予定があるんだよ」

「じゃあ、明日は?」

「明日は日曜日だから、稜栄高校も休みで調査できないし、俺も紗友と会う予定だから無理」

「そんなー……あさってまで我慢しないといけないの?」

「まあ、そうなるな」

「せっかく着替えたんだよ?」

「それは、お前が勝手に着替えただけだろ」

「うー……」


 俺の断固とした態度を見て、千花音は頬を膨らませ、あからさまに不機嫌さを表情に出す。

 どんなに苦い顔をしても今日と明日は無理だからな。


「じゃあ、今日の予定って何なの?」

「明日、紗友にプレゼントするものを買いに行く」

「えっ、そうなんだ?」


 千花音が興味ありげに、いきなり食いついてきた。

 切り替わりはやっ。


「へー、プレゼントはちょっと意外かな。メロくんはそういうタイプに見えないもん」

「じゃあ、俺はどういうタイプなんだ?」

「『今度こそプレゼント用意するよ』って相手に伝えておきながら、毎回用意してない感じ」

「俺のイメージひどすぎませんかね!?」


 千花音からはそう見えているのか。

 あながち間違いではないが、ちょっと複雑な気分。


「まあ、最近あまりプレゼントしてなかったっていうのもあるな」


 パートナーにはなるべくプレゼントを用意しなさい、という指導が学校で行われているのもある。

 最近の俺はプレゼントをおろそかにしていたため、担任の林部先生から注意を受けていた。


「どんな物を買うつもり?」

「んー、まあ、見てから決めるよ」


 すると、千花音が得意げな笑みを浮かべて、すり寄ってくる。


「実はぁ、いい話があるんですよぅ」


 急にうさんくさくなったな。


「いや、結構。いい話ほど怪しいものは――」

「女の子の欲しいもの、知りたくないですかぁ?」

「聞いてないのかよ」


 以前、フォートの外で横行する悪徳セールスについて学ぶ授業があった。

 犯罪者は甘い言葉で話を持ち掛けてきて詐欺をはたらくので、十分注意するように、という内容だった。

 きっと、こういう感じなんだろう。


「知りたくないですか? 知りたいでしょ?」

「大丈夫、自分で考えるから」

「見たところ、あなたは女の子の気持ちに鈍そうですよ!」


 いや、失礼すぎるだろ。セールスとしては失格だな。

 千花音に引き下がる気が無いようなので、一応話に乗ってみる。


「じゃあ、女の子の欲しいものを教えてほしい」

「それはですね……わたしが実際に見て教えます!」

「やっぱりそういうことか!」


 悪徳セールスに対応する練習……にはならなかった。


「そういうことで、わたしも付いていくよ!」

「本当はあまり出歩かない方がいいんだぞ」

「大丈夫! 昨日学校で歩き回ってもバレなかったよ!」


 途中、相当危うかったけどな。


「まあでも、昨日の感じだと、変に目立たなければそんなに心配ないかも」

「じゃあ、連れてってくれる!?」

「そうだな、まあいいか」

「やったぁ♪」


 弾けるような笑顔で喜ぶ千花音。

 確かに、この部屋にずっとこもっていたら、外に出たくなる気持ちは分かる。


 それに、何を買ったらいいのか実際よく分からずにプレゼントをあげていたから、異性の意見が聞けるのは貴重だ。

 真里から“自称”女の子の気持ちを聞かされることはあるが、本当に信じていいのか疑問だったし。


 ***


「こんなところあるんだぁ」


 目の前の店舗に対し、千花音が小さく驚きの声を漏らす。


 彼女が目を見張るのも無理はない。

 男しか住んでいないこの居住区域で、明らかに周囲とは様子が違う店舗がここに存在しているからだ。


「ここがパートナーへの贈答品販売店だ」


 男性居住区域ということで、基本的に無機質なデザインの店舗が多い中、この店だけは外観から装飾に手が込んでいる。

 経営しているオーナーの意向なんだろう。


「入ろ入ろ!」


 言うが早いか、千花音が店舗の中へ入っていくので、自分も後を追う。


 中に入ると、きらびやかな内装もさることながら、女性の好みそうなアクセサリーや小物が見栄えよく陳列されている。

 日曜日の前日なので、来客はそれなりに多い。


 千花音がアクセサリーのコーナーへ行き、種々の輝きや色合いを見せるネックレスやリングに目を奪われている。

 俺もその隣に行くと、彼女が小声で話しかけてきた。


「ねぇ、こういうのはどう? 紗友さん、きっと喜ぶよ」

「んー、確かに喜ぶかも。でも、高いな」

「そうなの? これくらいなら買えると思ったんだけど」

「まあ、俺はバイトしてないからな。管理局から支給される生活費の残りしか、自由に使えるお金がないんだよ。しかも、その生活費の残りも最近かなり消費してるし」

「えー、無駄遣むだづかいしちゃダメだよ」

「千花音の食費なんだけど、無駄遣いだったか」

「無駄……にいい使い道だね!」


 苦しいなぁ。


「でもさ、今のうちから働いておいた方がいいと思うよ。フォートを出て働く時に役立つし」

「もしかして、バイト経験あるの?」

「うん、ファミレスでホールスタッフやってたんだよ」


 千花音が自慢げに胸を張る。


「へぇ、上手くやってたのか?」

「もちろん! ちょっと失敗することもあったけど、店長からは信頼されてたんだから! 今回フォートに来るために『休暇をとらせてください』って言ったら、『お店のことは気にせずに、ずっと休んでもいいよ』って言ってくれたし!」

「それ信頼と受け取っていいんだ!?」


 俺怖いよ、それで休むの。


 ふと、視線を感じて周りを見回すと、俺達二人を奇異な目で見つめる客が結構いることに気づいた。

 マズ、知らず知らずのうちに声が大きくなってしまったようだ。


 俺は隣にいる千花音を肘で軽く突き、別の場所に移動しようと促す。

 彼女もその意味に気づき、歩き出す俺の後に続いた。


 先程いた場所が見えなくなるまで離れて、ようやく一息つくことができた。


「さっきは油断したな……もう買う物は適当に決めてさっさとここを出よう」

「えー、せっかく楽しいのに、もっと見たいよ」

「いやいや、あんまり長居しない方がいいって」

「お願い、もうちょっとだけ!」


 千花音は俺の言葉を聞き入れることなく、商品棚に目を向けている。


 それにしても、彼女は本当に楽しそうだ。

 帽子をかぶっていて表情こそはっきりは分からないが、周りの状況など忘れ去ってしまうくらい夢中になっている。


 このフォートに入って以来、楽しみらしい楽しみも無かっただろうから、その喜びも相当なものだろう。


「メロくん、これ」


 千花音が何かを見つけて手招きしてきたので、ゆっくり近づく。


「これは……アロマ?」


 そこにあったのは、アロマオイルと、香りを拡散させるディフューザーと呼ばれる機械だった。


「そうそう、これだったら値段的にも買えそうだし、いいかなぁって」


 ふむ、確かに悪くないかもしれない。

 万が一、紗友がディフューザーを持っていたとしても、アロマオイルは無駄にはならないだろうし。


「じゃあ、これにするか」

「決まりだね」


 さっそくアロマセットを持ってレジに向かおうとすると、彼女に軽く袖を引っ張られる。


「ねぇねぇ、わたしにも何かちょっとしたものを買ってもらえたらなぁ、なんて」

「食費」

「うぅ……」


 その一言で千花音はガクッと肩を落とす。

 非常に便利な魔法の言葉が誕生した。


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