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21.そのリアルほにゃららスイッチ

 江戸の政治の中心は江戸城だった。それが城である以上、権威の象徴たる建物は天守が筆頭だろう。そして江戸時代が約二百六十年間続いたのに対し、江戸城の天守については約五十年ほどしか存在しなかったことは有名だ。


 江戸城の天守は三度建てられたが、三度目は江戸の大火で消失したままにされた。現在も皇居の公園として開放されているエリアに、その跡地が天守台として公開されている。天守台の上部にはスロープで上ることができ、そこにはベンチが据えられていた。


「まえにここで会うたときは、天海僧正(てんかいそうじょう)が気合を入れすぎて集めた龍脈が制御できなくて、天守を維持できひんかったからいうとったな」


 辻照汰(つじでるた)は高校時代からの友人に会うために、皇居東御苑で待ち合わせた。宮内庁が管轄するこの公園は、宮中行事が無い限りは公開されており、予約なしに入ることができる。


 国立研究開発法人に所属する友人が待ち合わせにここを使うのは、半分以上本人の趣味が入っていることは理解していた。


「わかっとったけど、来る気配無さすぎやん」


 約束の時間ぎりぎりに天守台のベンチに辻は来ていたのだが、友人は一向に来る気配が無かった。毎度のことなので、やや行儀悪く座りながら覚悟を決めて待つことにした。




 スロープを上って一人の青年が天守台に現れた。


 スマホを弄るのにも飽きた辻は、融けたようにだらしなくベンチに座っていたのだが、青年に気づいて視線を向けた。


 必ず行くから待っていてくれ、というメッセージをチャットアプリで受取ってから九十分以上時間が経っていた。


「ホントすまん。かなり待ったろ」


「まあしゃあないわ。なんやマッキー、また縮んだんちゃうか。きちんとメシとか食うとる?」


「ひとを枯れかけの食虫植物を見るような視線で見るのはやめてくれ。……いちおう三食食えてるよ」


 どんな視線だろうと思いつつ、辻は青年を観察する。苦笑いしてそう告げる青年は、同級生であるはずなのに、かなり草臥(くたび)れているように見えた。


 辻がマッキーと呼ぶ青年の名は巻倉周語(まきくらしゅうご)といい、辻の高校時代の同級生だった。彼が文化財保護という名目の獣道に進み、いまは日々激務に追われていることは知っていた。


「先に入ってた打合せは時間通りに済んだんだけどな、参加してた文科(もんか)の若い奴が永田町への仕事でアワ喰っててな。うちと関連するところをフォローしてたら地滑り的に仕事が複数差し込まれたのさ」


「なにそのリアルほにゃららスイッチ。ビー玉やのうてマッキーが転がっても知らんで」


「できるかなって弾むように歌って仕事が終わればいいんだけど、色々あってね」


「使命感もええけど、からだ壊したらおかん泣くで」


「うっ……」


「じぶん、家で五山の送り火を犬とか太いとかに変えようとする、アホな学生としばきあいしとった方が幸せやったのとちゃうの」


「どんな家だよそれ」


 辻の言葉にようやく、くっくっくと巻倉は明るい笑顔を見せた。まだこんな風に笑えるなら大丈夫かと、辻は多少満足する。




 周囲を見渡せば、ベンチを含め自分たち以外に人影は消えていた。あるいは巻倉が式神でも使って人払いしたのだろうかと、辻は思った。


「まあ、おれのことはいい。人も居なくなったし、本題に入ろうか」


「ええで」


「報告は全部読んだし、すでに幾つか手を打って成果もあった。今回の調査は本当に助かったよ、お前のところの店長さんのお陰だ」


「そうか」


「ああ、直接礼を言いたいところだが、それはまた後でな」


 後でというところを辻は掘り下げたかったが、まずは話を聞くことにする。


「具体的な成果なんだが、警察(さくらだもん)が動いて行方不明だった寺宝、経典まで入れて三点すべて無事回収できた。盗難事件ということで詳しい捜査はこれからだが、公安(なかの)に協力してもらってる。この件が表立って報道されることは無い」


「公安か」


「ああ、おれのとこの上が割と危機感を持ってるのに加えて、被害者の寺の意向も汲んだ形になった」


「まあ、門跡寺院(もんぜきじいん)やしな、時代が時代やったら皇族やら公家がからむネタやし、いろんな判断があるんやろ」


 皇族は言わずもがな、元公家にしても華族を経て現在に至る中でその勢力を保った家もある。件の寺宝にせよ、文化財としても美術品としても容易に値が付けられるものでなく、それに呪術的な要素が含まれると相当にややこしい話となることは、辻でも想像できた。


「ああ、……今回でいえば“参らぬ仏に(ばち)は当たらぬ”といったところか」


「こわいなあ」


「とにかく、盗難事件の本体はもうおれたちの手は離れた。問題は店長さんが指摘してくれた方でね」


「文化財のデジタル万引きの件か」


「そうだ。探ってもらったフリーメールの方は、警察(さくらだもん)が動いているが、事業者とのやりとりがある関係でまだ時間がかかるそうだ」


「けいさつのスーパーはかぁ、か。大丈夫なん?」


「……けっこう馬鹿にされる向きもあるけど、時間を掛ければ追えると聞いている」


 時間を掛ければという響きに、辻は嫌な予感を覚える。


 現実で記憶改変まで行う手練れが動いている件だ。今回抜かれた一字金輪布薩儀則覚書いちじきんりんふさつぎそくおぼえがきは、大括りで世の中をリセットする経典と聞いている。時間をかけるほど、事態が悪化する予感を拭えなかった。


「時はカネなりやろ。悠長にしとってもどこかで正義のヒーローみたいんが解決してくれる訳でもないわな」


「そうだ。――それでな、店長さんが集めた情報の中に当たりがあった」


「ほう」


「坊さんの名前があってな。煤山(すすやま)という奴の名前をうちの上で知ってる者が居た」


「なにもんなん?」


「職業はふつうに坊さんだ。詳しくいえば和尚(わじょう)だが、特定の寺に所属はしていない。ただ、宗派を問わない勉強会に参加していてな。“阿那律院(あなりついん)”という名を聞いたことはあるか?」


「知らんな」


 巻倉の説明によれば、集団の名前は釈迦の十大弟子から来ているという。


 釈迦には生前、高名な十名の弟子が居たそうだ。そのひとりに阿那律(あなりつ)という者が居た。


 釈迦の説法の途中で居眠りをし、それを注意されて反省した挙句、失明するまで修行に励んだ。その結果、真実を見通す天眼と呼ばれる能力を得て、天眼第一と呼ばれるに至ったという。


「どんなバラモンなん。お釈迦さんて中道いうて、激しい修業は求めておらんかったのとちゃうの」


「知らんがな。仏典ではそうなっているらしいって話だよ。……それで問題は、この阿那律を神聖視した集団がいつのまにか起こったらしいってことだ」


 歴史の表には裏があるといえば単純ではあるが、阿那律の居眠りについて真の意味があると解釈した集団が起こったそうだ。彼らの解釈では、釈迦の説法の間に阿那律は夢の中で釈迦を害そうとする悪と戦っていたことになっているという。


「……どんなヒーロー設定なんそれ?」


「まあなあ。……ともあれ、阿那律が神通力を使って仏敵と戦ったことにして、それに倣って仏法僧(ぶっぽうそう)――仏さんと仏教と坊さんを外敵から護るために活動する集団ができたらしい。それが阿那律院だ」


「まさか日本に居てるん? そいつら」


「うちのデータベースでは、公けには出てこない勉強会として活動してるという情報がある」


「秘密結社か」


「そこまでヤバくないらしいんだけどな。穏当な勉強会なのは、過去に幾度か内部から確認できているらしい。そして今回、煤山という奴がそこに所属していることが分かった」


 巻倉の所属は国立研究開発法人・文化総合研究管理機構。通称は文総研(ぶんそうけん)だ。


 なかでも彼の所属は文化財管理局で、組織横断的に有形無形問わず問題を含む文化財への対策と管理を行う。その文総研関係者が、煤山を知っていたようだ。




 今後の方針としてはいちど、巻倉の上長を介して阿那律院に接触をはかるらしい。だがその件で、巻倉は手が足りないのだという。


「正確には、呪術なり祈祷なりを防げる使い手が足らないんだ」


「そんなん慢性的な話やろ」


「そうなんだが、密教の祈祷を深いレベルで実践しているかも知れない連中のところに単身で向かうのは不安なんだ」


「まあ、そうか……」


「ああ、それで店長さんにこれを機に、お礼かたがた協力をお願いできないかなと思ってな」


「うーん、あの人たぶん紐付きになるのは嫌うと思うで。魔術は副業いう話やし」


「そんなのお前だってそうだろ? 案件ごとに相談する形で、まず今回話すのはどうかな?」


「ぼくはマッキーのおかんから頼まれとるのもあるから、たまに手伝っとるだけやん。店長かぁ……それこそ話してみぃひんと分からんわ。それにぼく、店長に内緒にしとるんやわ」


「信頼してるんだろ、もう話していいんじゃないのか?」


 うーん、と皇居の緑を視界に収めつつ、辻は考え込んだ。そして、他に話が無いなら食事を摂りながら考えることを告げて、巻倉を天守台から引きずっていった。



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