9.招かれざる客
翌日。
いつものようにライラは朝食の用意を手伝って、三姉妹と三人の使用人達は共に朝食を摂った。
少し時間があってウェンディの髪は綺麗に編み込みにしてあげられたので、本人も気に入っていてとても可愛い。
オフィーリアはそんな妹達の様子をにこにこと見守り、朝食をいつもよりも多めに平らげた。今朝のメニューは、カリカリのベーコンにチーズいりのオムレツ。パンは固くなりすぎてしまったので、フレンチトーストにした。アガタの節約料理の知恵には、本当に助けられている。
フーゴが皿を下げている間にお茶を淹れるのは、ライラの仕事だ。
食後の一杯をカップに注ぐとネイトはいつも恐縮するが、ライラに出来ることは少ないのでこれぐらいは任せて欲しい。
本当に、フーゴ達一家がいなかったら自分達はどうなっていただろうか、と考えるだけで恐ろしい。ネイトは力仕事を一手に引き受けてくれているし、とても頼りになるのだ。
「ありがとうございます、お嬢様」
「ううん。おかわりも、いつでも言ってね」
ライラが言うとネイトは眉を下げた。
自分が生まれた時から仕えている家の令嬢にお茶を淹れられるのは、複雑な気持ちになるのだろう。ネイトは優しいからそれを顔には出さないが、戸惑っていることは伝わって申し訳ない。
割り切ってくれているフーゴやアガタが随分とおおらかなのだろう。そう思って、なるべくネイトにはあまり迷惑をかけないように気をつけていた。
朝食の後片づけをして、ライラは今日はウェンディの勉強の先生役を務める。
オフィーリアは十九歳、ライラは社交界デビューの年の十六歳。両親が健在の頃に淑女としての教育は十分に受けさせてもらったが、学ぶこととそれを人に教えることは全く勝手が違う。
いずれ社交界に出たり嫁ぐ際に恥ずかしい思いをしないように、ウェンディにはきちんと教育を授けてやりたいけれど、最近ライラは限界を感じ始めていた。
ウェンディは無邪気だが、勉学において恐らく姉達よりも秀でている。このまま続けるよりも、きちんと高名な教師に師事した方がウェンディの可能性を伸ばすことになるだろうと考えると、不甲斐ない現状が申し訳ない。
オフィーリアの方は、最近はウェンディの教師役よりも伯爵代理としての役目の方が忙しい。騎士が天職のような彼女は書類仕事が本当に苦手で、執務室に籠って次々に届く書類に頭を悩ませているのだ。
頃合いを見てウェンディには休憩するように告げて、ライラは厨房からティーセットを執務室へと運ぶ。
「お疲れ様ですお姉様、休憩にしませんか?」
「ああ……ありがとう。ライラもウェンディの先生役、ご苦労様」
「ウェンディは私よりも優秀ですもの、すぐに教えることがなくなってしまいますわ」
肩を竦めて、ライラは手早くお茶を淹れる。
オフィーリアは屋敷の中での普段着として、男性用の服を好んで着ている。豊かな胸やまろい体の線は隠しようがないので、男装の麗人といった艶やかさがあった。
「どうぞ」
「ありがとう。ライラは本当にお茶を淹れるのが上手だね、おかげで私はいつも美味しいお茶が飲める」
オフィーリアが疲れた様子で豪奢な金髪をがりがりと掻くものだから、ライラは用意しておいたブラシを取り出す。
「お姉様、ちょっと失礼いたします」
そう言って姉の後ろに回り、丁寧に髪を梳かした。ライラの慣れた様子に、オフィーリアは複雑げに微笑む。
「……可愛いライラ。メイドの真似事なんてしなくていいんだよ」
「あら、だったらご自分で髪を結ってくださいね?」
「それは……私には無理だ」
凛々しく美しいオフィーリアは社交界では女性に人気があるが、淑女の嗜みは苦手だ。刺繍もダンスも、飾り文字での手紙も全部。
乗馬や剣術の方が好きで、ヴィルリア伯爵はよく「生まれる性別を間違えてきてしまったのかな?」と苦笑していた。
オフィーリア自身も男に生まれてきたかった、と思っている節があるぐらいだ。
「とはいえ、私は女性として美しい私が好きだがね」
「さすがです、お姉様。でしたら、大人しく私に結わせてくださいな」
くすくすと笑ったライラは、梳かした髪を纏めて真珠の大振りのピンでくるりとハーフアップに結った。
「ああ、これはいいな」
オフィーリアが礼を言ったところで、執務室は玄関に近い位置にあり、来客を告げる音が聞こえる。
「おや、誰だろう。レオンが来るには時間が早いな」
「私、見てきます」
さっと立ち上がり、ライラは階下へと向かった。
レオンが予定よりも早く来たのだろうか? とライラの足取りは軽い。彼の実家の屋敷と伯爵邸が近い為、幼い頃は子供同士もよく行き来があった。
レオンの兄はあまりこちらに来ることはなかったが、侯爵邸に遊びに行けばいつも勉強を教えてくれたりもしたし兄のいないライラにとって、侯爵家の兄弟は本当の兄のように親しく思っていたものだ。
フーゴが玄関で何やら揉めているような声がして、ライラは足を速めた。
吹き抜けの玄関ホールへと階段を降りいくと、角度の関係でよく見えなかった客の姿が露わになる。
「!!」
近づいていた足をぴたりと止めて、ライラは硬直した。その気配に、客がこちらを向く。
「よぉ、ライラ。久しぶりじゃないか」
「ジェラール様……」
ぎゅっと自分の腕を抱いて、ライラは掠れた声を出した。