表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/38

7.憧れの幼馴染


 ふと、鏡のようになった暗いガラス面に映る自分とレオンの姿が見える。

「……うん。わかった」

 嘘だ。家族に迷惑をかけているのに、自分を大切になんて出来ない。大切にしたいのは、姉妹やアガタ達。レオン。

 自分よりも、大切にしたい人達。

 使用人の質素な服を着ている令嬢にはとても見えないライラと、綺麗なスーツを着ているレオン。レオンならば、質素な服を着ていたとしても、育ちの良さは隠すことが出来ないだろう。

 誰が見ても、非の打ちどころのない貴公子だ。

「ライラ?」

 優しい声が降る。ライラが素直に微笑んだので、安心したように彼も微笑んでいる。


「……レオンは、ガルジュラでお仕事をしているのよね? 今回は休暇で帰国しているの?」

 留学先の学校を卒業した後、彼はそのまま就職したと聞いている。

「ああ。用事も色々あるから、やっと纏めて休暇をもらえたんだ。……伯爵が亡くなった時に、すぐに傍に行けなくてすまない」

「どうしてレオンが謝るの? 気にしないで」

 ヴィルリア伯爵夫妻が事故に遭った時、オフィーリアは騎士として地方に遠征していた。慌てて戻ってきてくれたが、それまでの数日間のライラの記憶は曖昧だ。


 嵐のような日々。ウェンディを抱きしめて守ることに必死だった。


 一瞬過去に記憶を飛ばして、ぼぅ、としたライラをレオンが心配そうにのぞき込んで来る。

「本当に大丈夫か? 昨日も倒れたし、疲れてるんじゃないかい」

「……大丈夫」

 ちょうど、伯爵邸の裏通りに着いた。今の彼と自分では表通りを並んで歩くことも出来ないのだと思うと、自分で選んだ姿なのにじわじわと焦るような気持ちがこみあげてくるのが情けない。


 素晴らしい貴公子。将来を嘱望されている、優秀な人。

 優しくてカッコイイ、昔から大好きな憧れの幼馴染。


 レオンとこうして話すことが出来るのは、伯爵家の養女だからだ。

 家を出て、ただの「ライラ」になったら声を掛けることも許されないような身分の差がある。

「荷物を持ってくれてありがとう」

「……ライラ。何度も言うけど、君は大切にされるべき人だ。家事を手伝うことが悪いとは言わない。君がやりたいなら、いい。でも、無理をしないで」

「心配性ね」

「何もなくても、何も持っていなくても、君が大切なんだ。わかる?」

 レオンの瞳が切実に訴えてくるのを、ライラは頷いて返した。彼は本当に優しい。

「……いっそ一緒にガルジェラに来るかい? 他の誰にも、ライラを傷つけさせたりしないよ」


 ぎゅっと手を握られて、ライラは顔を赤くした。

 分かっている。レオンは幼馴染として優しくしてくれていて、同じ魔力持ちとして留学を提案してくれているのだ。

 浅ましい期待などしない。


「……ありがとう。でも本当に、大丈夫だから」

 ライラが微笑んで、そっと手を離すように促す。レオンの手は名残惜し気にゆっくりと離れていった。

 自分で離すように望んだのに、離れた先から手のぬくもりを恋しく思うなんて滑稽だ、とライラは内心で溜息をつく。


 そんなこちらの様子を、じっとレオンが見つめているのには気づかなかった。

「……明日、帰国の挨拶にヴィルリア伯爵家を正式に訪問するよ。大切な話もあるし」

 大切な話、と言われてドキリとするが、ライラは甘い幻想をすぐに打ち消す。

 伯爵は生前外交官を務めていて、現在のレオンの職も同じだ。きっと仕事上の話があるのだろう。

 もしくは、婚約破棄をされたオフィーリアに求婚する、だとか。そちらの方がよほどありそうな気がする。

 昔から、レオンとオフィーリアは気の置けない仲だったし、美しい二人は見ていて絵になる。

 侯爵家の次男であるレオンがオフィーリアの伴侶となりヴィルリア伯爵家を継ぐ、というのは家柄も釣り合うし相応しい未来のように感じられた。


 その前に、誰の邪魔にもならないようにライラは家を出ていくべきだ。このレオンに対する、未練がましい淡い憧れを捨てて。


「お姉様に屋敷にいるようにお伝えしておくわね。ウェンディもあなたに会えたら喜ぶと思うわ」

 ライラがわざと明るく言うと、レオンも目と細めて微笑んだ。

「……ウェンディに会うのも久しぶりだね。あのふくふくのほっぺは健在かな?」

「すっかりレディらしくなったから、あんまり子供扱いすると拗ねちゃうのよ」

 バスケットを受け取ろうとライラが手を伸ばすと、持ち手を差し出されたのでしっかりと摑む。その上から、レオンの大きな手の平がまた包み込むように触れた。

「レオン?」

「……重いから、気をつけて」

「うん。ありがとう」

 ライラが返事をすると、レオンの手はゆっくりと離れていく。その際に、今度は人差し指の腹がそっとライラの手の甲を撫でてゆき、どきりとした。


 あの時。両親が亡くなってすぐの時の、曖昧な記憶がノイズのように蘇る。

 屋敷にやってきた男に腕を乱暴に摑まれて、恐ろしかった。アガタが駆けつけてくれなかったら、どうなっていたのか考えるのも恐ろしい。


 けれど、レオンの手はちっとも怖くない。優しい気持ちだけが伝わってくるかのように、錯覚してしまう。

 ただ年下の幼馴染に親切な、紳士なだけなのに。期待はしてはいけない。

 自分は出自不明の、伯爵家の邪魔ものなのだから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ