6.ピンチに駆け付けてくれる、ひと
「あ……! あっ……どうしようっ」
裏路地に面した窓は、換気用なので大きなものではない。
まさか跨いで中に入るわけにもいかず、だからといって表に回って店内に入れる筈もない。ライラがオロオロとその場で足踏みすると、何故か表通りからレオンがこちらに駆け込んできた。
「ライラ」
昨夜の夜会服とはまた違い仕立てのよいスーツを着ていて、長い脚が目立って素敵だ。
「レオン! どうしてここに……」
「静かに。通りを歩いていたら、魔力の揺らぎを感じたんだけど……これは、ライラが?」
窓枠越しに室内を確認して、レオンが険しい表情を浮かべる。
叱られるのか、呆れられるのか。ライラは涙目になりながら、頷いた。
「そう。あの、盗み聞きしてたのも、ここにいるのも知られたくなくて……その……」
「大丈夫だよ」
そっと温かい手の平に頬を撫でられて、ライラは硬直する。幼い頃からの幼馴染だが、離れていた間にすっかり大人の男性になったレオンにそんなことをされると、どきどきしてしまう。
レオンは小さく何か呟いて、魔術で室内の状況を確認すると頷いた。
「……ライラの防衛本能で、魔力が少し暴走しただけみたいだね。ちょっとビリッときて、驚いただけだよ。その内昼寝から目覚めるみたいに起きるさ」
「本当に? あの、皆さん後遺症とか……」
「残らない。ビリッときたショックで、ライラを見た直前の記憶も曖昧になってると思うよ」
そんな都合のいいことがあるだろうか? ライラは驚いたが、レオンがやけにキッパリと断言するので信じるしかない。
「……彼女達が目覚める前に、ここを離れよう」
レオンはライラの腕を引き、もう片方の手でずっしりとしたバスケットをいとも簡単に持ち上げた。
「レオン、力持ちね」
先程まで自分で苦労していたバスケットを軽々と持ってもらえて、礼を言う前に感心してしまう。するとレオンは子供のように誇らし気に微笑んだ。
「これぐらい何てことない。……ライラ、君はお遣いも重い荷物も持つ必要なんてないんだよ」
「……」
ライラは悲しくなりつつも、無理矢理微笑んだ。
姉達もレオンも、ライラが何も出来なくても嫌いになったりしないだろう。
でももしも、迷惑ばかりかけて使えない奴だ、とチラリとでも思われたらと考えると、浅ましい下心で奉仕するほかにライラにはやり方が分からない。自分を愛してくれる人の気持ちを疑っているようなものだ。
それでも、先程聞いたばかりの令嬢達の声をかき消すことが出来ない。
どうしようも出来ないので、ライラは別のことを口にした。
「……レオンは、魔術がすごく上手になったのね」
レオンは眉を寄せたが、追及せずに話題に乗ってくれる。
裏路地を歩く歩幅もライラに合わせてくれていて、彼の隣にいるのはなんて居心地がいいんだろう、と甘えた考えが過った。
「その為にガルジェラに留学したからね。教師の資格も取ったから、ライラにも教えてあげられるよ」
「すごいわ」
素直に感嘆する。
このギードリア国では、魔力を持って生まれる者が少なく、魔術の研究も教育もあまり進んでいない。逆に、隣国ガルジェラは魔力を持って生まれる者が多く、他国からも広く留学生を受け入れているのだ。
レオンと、そしてライラも魔力を持って生まれた。
特にレオンの魔力は強く、専門的に制御する術を学ばなければ周囲への影響も免れない程だったのだ。
対してライラに魔力はそれほど強くなく自分で抑え込める程度だったので、留学なんて考えたこともなかった。
「でも私の魔力なんかじゃあ、教わる必要もないと思うわ」
ライラが苦笑すると、レオンはぴたりと立ち止まった。
「ライラ」
「なぁに」
「自分で自分を貶めるようなことを言わないで。君はとても素晴らしい人だよ。俺はそれをよく知っているし、リア達もだ。俺達の大切なライラを、どうか君自身にも大切にして欲しい」
灰がかった美しい紫色の瞳が、悲しそうにライラを見つめてくる。真摯な眼差しと優しい言葉に胸を打たれたが、でもそれはごく一部の人だけの考えだ。
社交界にいる多くに人達にとって、ライラが無価値でありむしろ蔑む対象であることを、ライラ自身はよく知っていた。
冷たい視線と、直接浴びせかけられる罵詈雑言によって。
「……でも……私は、どこの子ともしれない、伯爵家の邪魔ものだもの」
「誰かにそう言われたの? 今すぐそいつを殴ってやりたい」
「いいの! 本当のことだから……」
レオンの声に怒りが混じり、ライラは慌てて止めた。
「血筋がそんなに大切なものか。ライラ自身の素晴らしさに、何の影響もないよ」
でもそれは、侯爵令息という盤石の地位にいるレオンの立場からの言葉であり、他の貴族達の立場からはライラは蔑みの対象なのだ。
伯爵家の養女、という立場にいる限り。
今日はお昼の12時にも、もう1話更新しますー!