表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/38

4.忙しい時間

 

 食事だけは不自由のないようにしてあげたいとライラは考えていて、アガタと相談して栄養のバランスを考えている。

 今朝のメニューは野菜とソーセージのスープに、蒸した芋。ふかふかの白パン、とまではいかないので固いパン。あとはチーズと、果物も少し。

 オフィーリアは健啖家だし美食家だが、食材の質素さには文句は決して言わない。味付けが美味しい、と素直に賞賛してくれるのだ。ウェンディは朝は元々あまり食べないので、スープと果物だけをゆっくりと口にしている。

 せっかく温かい料理なので冷めてしまっては勿体ない、とフーゴやアガタ、ネイト達使用人も一緒に食卓を囲んでいた。最初は勿論断られたが、別々に食べる方が不経済だから、とオフィーリアが押し切ってくれた。


「ネイト、お塩取って」

「はい、ウェンディお嬢様」

 ひょろりと背も手足も長いネイトが、少し遠くにあった塩と胡椒の瓶を二本ともウェンディに渡す。

「お塩しか頼んでないわ」

「お嬢様は毎回塩で整えた後、胡椒も取れって言うじゃないですか」

 昼食はそれぞれの仕事の都合もあるので別々だし、夕食はウェンディのマナーレッスンも兼ねているので三姉妹だけで囲み、フーゴとアガタには給仕を任せる形にしている。


「……今日はお塩だけかもしれないじゃない」

「それならそれでいいじゃないですか。毎回二度手間の俺のことも考えてくださいよ」

「あら、毎回じゃないわよ」

 ウェンディは顔を顰めて胡椒の瓶を押し返す。

「百回中九十九回そうなら、もう毎回の範疇じゃないですか?」

「どうしてその一回を無視するのよ」

「いやいや幻の一回より、俺の九十九回の二度手間の方を気にしてくださいよ」

 ネイトはライラの一歳上で、ウェンディにとっていい兄貴分だ。ちょうどライラにとってのレオンのような存在だろうか?


 皆で食べる朝食をウェンディは楽しそうに過ごしているし、大勢で食べる方がライラとしても美味しく感じる。

 二人のやり取りを聞いていて思わずくすくすとライラが笑ってしまうと、ネイトはちょっとびっくりしたようにこちらを凝視した。

 はしたないかしら、と反省して、ライラは紅茶のカップで口元を隠した。



 食事を終えると、オフィーリアは執務室で当主代理としての仕事、ウェンディはお勉強の時間だ。教師を雇う余裕がないので午後からはオフィーリアかライラが教師役を務めるが、午前の学習は姉二人がそれぞれ使っていた教本で自習をしてもらっている。

 ウェンディには可哀想だが、午前はこなさなければならない家事が多い。

 ライラはまた厨房にアガタと共に向かい、後片付けをした後は屋敷の掃除や庭の草むしりをこなす。こちらも当然最初はアガタ達に止められたが、令嬢らしく優雅に過ごすお金などないし、社交界にデビューする年になるまでに必要な学習は一通り終えている。

 オフィーリアの当主代理としての仕事の雑用も手伝っているが、それよりもかつては大勢いた使用人達の仕事をアガタ達三人に任せている状況の方が手が回っていない。

 手伝えるものは何でも、ライラは片っ端から手伝っていた。


「あら、いけない」

「なにか足りないものがある? 繕い用の糸を買い足しに街に行くから、ついでにお遣いするわ」

 厨房の横にある小さな家事スペースでアガタが小さくこぼすのが聞こえて、出掛けようとしていたライラは声を掛けた。

「まあまあ、お嬢様。お使いならネイトに行かせますから」

「あらだって、もう私は支度が出来てるし糸は自分で選びたいわ。ネイトは今日庭木の大物を片付けると言ってたし、さすがにそちらを私は代われないわ」

 スラスラとライラが言うと、アガタは困った表情を浮かべた。


 屋敷の中で家事を手伝ってメイドの真似事をするのは、まだいい。よその人前ではないからだ。

 しかし、伯爵令嬢が共も付けず街に出てお遣いをしている姿を見られるのは、流石にまずい。

「目立たないようにすれば平気よ。貴族街の表通りは通らないし」

 オフィーリアやウェンディのことは何よりも気遣うのに、最近ライラは自分のことはちっとも気にしなくなった。アガタがそれを怪しんでいることには気づかないフリをして、押し通す。

 ついでにいくつか足らない日用品もメモして、引き止められる前にライラは屋敷の裏口から外に出た。


 ライラはこれまた使用人用の地味な外出着に顔が半分も隠れる帽子を被り、そこに目立つ銀の髪を押し込める。商店の店番達は貴族の令嬢の顔を知らないので、これでライラが伯爵令嬢だとバレる心配はない。

 知り合いにでも、鉢合わせしない限りは。


 石畳の路地を歩きながらライラは考えにふける。先日の夜会、ジャックの言葉で薄々考えていたことの気持ちが固まったのだ。

 ライラは伯爵家とは血が繋がっていない。両親が生きていた頃は、遠慮こそあったもののそれが伯爵家にとってマイナスになるとは思っていなかった。

 だが、ジャックの言葉には棘があり、それを周囲で聞いていた人達の全員が全員彼の言葉が間違っている、とは思っていないことが伝わってきた。


 幾人かは、没落寸前の伯爵家に、血の繋がらない娘を抱えている余裕などあるのか、という表情をしていた。ライラが平民となり、家を出ていけば一人分浮く。

 娘一人分など、伯爵家の規模からすれば大して浮いたことにはならないが、少なくとも無駄は省けるのだ。

 それに、庶子のいる家、というマイナスイメージも払拭出来る。


 オフィーリアは正統な当主であり、この国では女性でも爵位を継承することは可能だ。騎士でもあるし、姉の基盤は固い。勿論伯爵位と騎士の両立は大変だから、騎士を続けたいオフィーリアは婿を取る方がいい。

 そして、まだ幼いウェンディはどうだろうか。

 頭のいい子だし、ライラの贔屓目を抜きにしても美しい少女だ。彼女が年頃になった時、ライラの存在が邪魔になっては申し訳ない。


 家事やその他の雑用のやり方を覚えて生活できる力を身に付け、頃合いをみて伯爵家を出る。出自不明の次女が、家を出て行く。

 それは、オフィーリアやウェンディに対してライラがしてあげられる、もっともマシな身のフリかたのように思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ