38.ずっとそばに
熱心に見つめていると視線に気付かれて、ライラがこちらを見て笑った。
「また見てる」
「うん、いつでも見ていたいんだ」
素直にレオンがそう言うと、ライラはぱっと顔を赤くして口元を手で隠した。
ここはガルジェラ国内にある、ギードリア大使館。
大使館といっても王都の中心街に建つ屋敷であり、現在駐在している外交官はレオンだけなので、住居兼事務所といった位置付けだ。
警備は厳重で一階は公的な場所として開放されているが、ギードリア国からの留学者や移住者であっても用があれば大抵は街中の役所の方に行くし、そこからこちらに連絡が来るぐらいで直接ここを訪れる人は稀なのだ。
「勉強は順調? 分からないところがあったらいつでも質問して」
「ありがとう。クラスメイトに年の近い子もいて、仲良くなったのよ。その子とよく一緒に勉強してるの」
ガルジェラに留学してきたライラは、婚約者のレオンがこの国での保護者なので共にここで暮らしている。
当初、シシャは王城で暮らすように熱心にライラを誘っていた。だが魔術学校を卒業したら結婚する予定であり、ギードリアのヴィルリア伯爵家にも帰りたいので余計な混乱を招きたくない、というライラの望みを受けてこういった形に落ち着いた。
ガルジェラが他国との交流も盛んで拓けた国なのもあって、ライラがシシャの妹であることとギードリアの伯爵令嬢であることは同時に受け入れられていて、そしてさほど注目は集まっていない。
公的には前例がないので、ライラの立場は扱いが難しく。ガルジェラの王女であり、ヴィルリア伯爵令嬢でもある、という奇妙な状態だった。
現在のライラはこの屋敷から魔術学校に通い、帰ってくる。学校のない日は王城に行ってシシャに会ったり、何故か王女としての教育も並行して受けていてなかなか忙しい。
レオンは忙しいライラの体調を心配しているし、あまり共にゆっくりする時間が取れないのは寂しい。だが今のところ状況を満足して受け入れていた。
どうせすぐ、物足りなくなってくるのだろうけれど。
「……友達って女の子?」
「うん、女の子」
ライラがくすくすと笑う。
何せこんなにも可愛くて愛しいライラと、三年も離れていたのだ。現在同じ屋根の下に暮らしている、という現実を受け止めるだけでも多幸感に満たされる。
メイドが丹精込めて複雑に編んだ、ライラの銀の長い髪には花を模した髪飾りが輝いていた。ドレスは深い青地で、襟や袖に細かなレースがあしらわれている。
「これ、可愛いね」
さりげなく近づく為に髪飾りに触れてレオンが言うと、ライラは嬉しそうに目を細めた。
「シシャ様……お兄様からいただいたの」
シシャは、大人げなくライラに「お兄様」と呼ぶことを強請っていた。オフィーリアが羨ましかったのだろう。当代随一の魔術師であり賢君でもあるが、本当に大人げない男だ。
だが大人げないのはレオンも同じだった。
兄とはいえ、恋人の髪を別の男からの贈り物が飾っている、と聞いていい気持ちはしない。
感情が表情に出てしまっていたのだろう、ライラの白い手が宥めるようにレオンの耳に触れた。
嫉妬深い様を見せるのは、年上として恥ずかしいと思うけれど、ライラは嬉しいといってくれる。「特別」だと感じられて、嬉しい、と。
「今度俺にもプレゼントさせて」
「でも、もうたくさん持ってるわ」
王女の護衛と同様に、衣装や宝飾は国から貸し出されている。ライラ用に予算が組まれているし、シシャのポケットマネーによるプレゼントも大量にあった。
それらはガルジェラでは王女として相応しい格好をしておくように、というシシャの私情の入った命令の所為で、ライラはいつも上品かつ美しく装われている。
可愛いし、とても素敵だと思うけれど、ヴィルリア伯爵邸で質素な服装でテキパキと動く彼女のことも、レオンはとても素敵だと思っていた。
「じゃあ他のものでもいい。いつも身に付けるものがいいな」
「……一緒に選んでくれる?」
「勿論。デートだね」
頬にキスをすると、ライラはふにゃりと微笑んだ。可愛い。
そこにメイドがティーセットを運んできて、ライラは微笑んでトレイごと受け取り丁寧にお茶を淹れてくれる。
レオンが、ライラの淹れるお茶が大好きだと言ったからだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
王城に出仕して、向こうの執務室で仕事をしている時はもっぱらコーヒーを飲んでいるけれど、屋敷にいる時はレオンは紅茶だけを飲むようにしている。よほど忙しい時でない限り、ライラが淹れてくれるのだ。
「美味しい。やっぱりライラのお茶が一番美味しいね」
「そんなこと……でも喜んでもらえるのは、嬉しいわ」
ライラはかつて出自不明で伯爵家の養女だった頃、自分に有用性があるとアピールする為に家事を手伝っていた、と恥じ入りながら教えてくれたことがあった。浅ましい下心だった、とライラは考えているようだが、レオンの考えは少し違う。
「こちらもどうぞ。アガタのクッキーが恋しくなったから、料理人にお願いして厨房を貸してもらったの」
「すごい、ライラが作ったの?」
「オーブンは危ないからって、焼くのは料理長がしてくれたのよ」
菓子皿に盛られた焼き菓子は、レオンもヴィルリア伯爵邸で見たことのあるものだった。
ライラは、こういった手伝いが好きで、それで人に喜ばれることを幸福に思う人なのだ。王族に向いている。
「早く卒業して、早く結婚したい」
「先月入学したばっかりよ」
ライラは肩を震わせて笑ったが、もじもじとした後にそっと耳打ちするように顔を寄せてきたので、レオンも身を屈めた。
「でも私も早く、レオンのお嫁さんになりたい」
美しくて可愛くて、心まで純粋で優しい、レオンの恋人。
彼女は、いつも完璧に可愛い。




