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34.チート再生


 

「……うん。正常に巡っているね」


 シシャの緑の瞳が、不思議な光を帯びて輝いた。

「本来魔力はもっと健全なものだよ。無理に抑えたりせずちゃんと使えば、今回みたいに感情まで抑え込まれたりしないし、ライラをもっと助けてくれるものだよ」

「……でも」

 魔術を説くシシャは先程の気さくな雰囲気はなく、預言者のような厳かさがあって少し近寄りがたい。

「怖いものじゃない。ちゃんと自分の力として使いこなすんだ」

 先程までも炎を思い出して怯えるライラに、シシャがさらに助言を与えようと手を伸ばす。が、それはレオンによって阻まれた。

「俺がきちんと教えます。今だって同調は上手くいったし、ライラならすぐにコツを掴みますよ」

「……過保護だな。いや、心が狭いのか」

「俺の唯一の人です、過保護にもなります」

 レオンの言葉に、ライラは顔を赤くする。急展開の所為で意識しなかったが、さきほどライラは彼に告白してしまったのだ。


「お前のそんな様子は初めて見るなぁ……まぁ揶揄うのは後にしよう。さてさて、ライラよ」

「は、はい!」

「見ていてごらん」

 シシャが何者なのかは分からないが、レオンの上司でありオフィーリアも彼には逆らわない。ガルジェラの、相当地位の高い人なのだろう。

 そんなシシャが、何故この場にいるのかライラには分からなかったが。

 と、しゅるしゅると、そのシシャの足元から草花が芽吹いて行くのが見えて、思わず目を丸くした。

 草花だけではない。焼け焦げた地面や、倒壊した建物すらまるで逆再生のようにみるみる内に元に戻っていく。

「え? えぇ……?」

「うん。いい魔力だ、再生しやすい。さすが俺」

 ほどなくして森は元通りの姿を取り戻し、何事もなかったかのように朝陽が照らし始めた。


 夜明けだ。


「……で、ライラ。こんなひどいことって、君、何やっちゃったの?」

 シシャはニヤリと笑う。

「えっと……でも」

 ライラは口ごもる。

 建物や森が元通りになっても、魔力を暴走させて炎を発生させてしまったことはこの場にいた皆が見ていた筈だ。

 そう思って、レオンの腕の中で体を捻って周囲を見渡したが、騎士達は皆視線をあさっての方向に向けている。まるで、「何も見ていません」とばかりに。

 そこで何故かつぶれたカエルのように地面にへばりついていたジェラールが声を上げる。

「オイッ!! そこの庶民女が、魔力を暴走させていただろうが!! 立派な犯罪だぞ!」

 だが言うやいなや、オフィーリアの踵の高い靴がぐしゃっとジェラールを踏みつぶす。

「ぐぇっ!」

「それ以上妹の耳を汚すようならば、口を切り取ってしまおうか」

 姉は本気だ。

 そして更に何故なのか、ジェラールの横ではぶるぶると怯えて震えるファニーが地面に座り込んでいて、その向こうではジャックが完全に気絶して倒れていた。何だか、ボロボロである。炎の所為だろうか? 背中に靴跡のようなものがたくさん見えるのだが。


「でも……でも、炎が燃える様をきっと王都で誰かが見ています、森は広いけど急に明るくなったりしたらおかしいって気付く筈……」

 ライラは混乱するが、あれだけ派手に炎の柱を打ち上げてしまったのだ。見ていた人がいるに違いない。

「あー、ちょうど夜会のフィナーレの花火の音がバンバン鳴ってた頃だなぁ」

「花火で明るかったしねぇ」

「街の皆も花火は楽しみにしていたから、そっちばっかり見ていたんじゃないかなぁ」

 そっぽを向いたままの騎士達が口々に言う。誰もこっちを見ないが、声にはちょっと笑いを含んだかのような優しい響きがあった。

 オロオロと首を巡らせるが、誰もライラを責めていないのが表情で分かる。


「……うーん、困ったね。森も小屋も変わりないし、誰も何も見てないし、戯言を言うのは誘拐犯だけ。これって、何の罪になるのかな?」

「存在しないものを罪として裁くことは、出来ないでしょうね」

 シシャの問いに、しれっとレオンが答える。

「誘拐は事実だから、こいつらの罪はしっかり裁かせるが」

 ぐりぐりとジェラールを踏みつぶしながらオフィーリアが大きく頷き、騎士達も相変わらずそっぽを向いたまま頷く。

 どういう状況だろうか、これは。


「シ、シシャ様……あなたは一体何者なんですか……?」

 何となく答えは分かっていたが、ライラは恐る恐る訊ねる。

 レオンの、向こうでの上司。

 先程の、見事な魔術。

 ガルジェラは魔術大国であり、その頂点に立つ大魔術師は今代の王だと聞いている。

 シシャはにんまりと笑い、美しい顔を輝かせた。ライラの耳のすぐ傍で、レオンの呆れた溜息が聞こえる。


「我が名は、シシャヴァラール・ウレ・ガルジェラ。ガルジェラ国十四代国王にして……正真正銘、お前の血の繋がった兄だ、ライラよ」

「………………え?」

 やはり、と思った直後に後半は全く予想していない言葉が耳に入り、ライラはつい助けを求めるようにオフィーリアを見た。姉はものすごく不本意そうにだが、重々しく頷く。

 それから否定して欲しくて、ライラはレオンを見上げる。彼も難しい表情を浮かべていたが、労わるようにライラの肩を撫でて頷いた。

「え?」

 もう一度呟いて前を見ると、シシャはにっこりと笑う。銀の髪と緑の瞳。

「俺のことはお兄様と呼んでくれ、妹よ」


 ライラはそのまま意識を失った。

 またしても温かく大きな手の平に、しっかりと抱き留められるのを感じながら。



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