32.大きすぎる、ちから
正直まだ全然自信はないし、いつかまた絶望する日が来るのかもしれない。
オフィーリアやウェンディに邪魔だと思われるかもしれないし、レオンに愛想を尽かされる時がくるのかもしれない。
でも今この瞬間、ライラが信じるべきはどちらの言葉なのかは明白だ。
ジェラールのひどい言葉よりも、レオンの愛の言葉を。
いらない、と言われることに怯えていたライラに足りなかったのは、愛する人を信じる勇気だ。
「ハッ、だから何だってんだ? ここには俺達とお前しかいない、お前の愛する人、とやらもお前を助けてなぞくれはしないぞ」
ぐい、と腕を引っ張られたので、ライラは今度は意識的に魔力でジェラールの腕を撥ね退ける。
バチンッ、と空気が音をたて、再びジェラールは慌てて手を引っ込めた。
シシャはライラの魔力は弱くない、といった。無理やり抑えつけている、とも。
確かに魔力を抑え込むと疲労が強かったが、他の人と比べたことがないのでそういうものなのだと思い込んでいた。
もしも、きちんと使いこなすことが出来れば、この力はライラの武器になるのだろうか?
「この、調子に乗るな!!」
「ッ!!」
ジェラールがカッとなった様子で怒鳴り、ライラの頬を平手で打つ。ばしん、という音と衝撃に、ライラの中から魔力が溢れ出た。
一瞬、全ての音が消え、奔流のようにライラを中心にして火柱が立ち上った。
「きゃあ!? 何よこれ!」
ファニーが悲鳴を上げ、一番に部屋を飛び出していく。ジャックも慌ててそれに続き、ジェラールはしばらくライラを睨んでいたが、炎が衰えることなく広がるのを見てサッと踵を返した。
彼らが去ったのを見てライラはほっとしたが、炎の制御の仕方がわからない。
今も炎は轟々と音をたてて燃え盛り、物置の中にあった木箱などはあっという間に炎に取り込まれてしまった。
魔術を使っているのがライラだからなのか、炎はライラ自身に燃え移ったり傷つけたりすることはないが、止めることも出来ない。
大きな音をたてて小屋の屋根を吹っ飛ばし、壁をなぎ倒し、夜空に向かって止めどなく燃え上がっていく。
「止まって……もう大丈夫だから、止まって!」
叫んだところで、止まらない。
先ほどまで体を巡っていた魔力が、どんどん炎となって溢れ出ていくのも知覚している。その流れを、今までのように堰き止めようとするものの、溢れ出る水流を小石で堰き止めようとしているかのように、無力だった。
確かに自分の力なのに、ちっとも制御出来ない。
「止めなきゃ……周りも全部燃えちゃう……!」
ライラは今だ自分が連れ去られた先がどこなのか把握出来ていないが、燃えるものが何もない場所などある筈もない。炎の向こうに見えるのは暗い森で、せめて人の多い街中ではなさそうなことだけは救いだ。
しかし、森ということはよく燃える木が多い、ということだ。
これまでもライラだったならば、絶望して目を閉ざし見ないようにしててただ泣いていたかもしれないが、これは自分が招いたことだ。
大変なことをしでかしてしまったのに、膝を抱えて内に閉じこもっている場合ではない。
「……落ち着いて……いつもみたいに、気持ちと一緒に閉じ込めるつもりで……」
今までどうやって魔力を抑え込んでいたかを思い出しながら、ブツブツと呟く。
口に出して見え初めて気づいたが、確かに魔力が暴走しそうになった時は感情が昂った時で、その気持ちと魔力を一緒にぎゅっと無理矢理閉じ込めていた。
そうすることで暴走を防ぎ、心を閉ざしてきたのだ。
両親がいて、守られていた時はこんな風に強く心を傷つけられることはなかった。どれほど大切に守られていたことか。
ここでもまた、大切にされていたことに涙が出る。甘ったれだと自覚はあったが、思っていた以上に甘やかされていた。それも理解しておらず、よくも家を出てやっていけると思ったものだ。
だが思いとは裏腹に一向に炎の威力は衰えることはなく、変わりにどんどん流れ出ていく魔力にライラは急激に疲労を感じていた。
きちんと訓練を受けた魔術師ならばこんな無茶な魔力放出はしないし出来ないのだが、魔術を習ったこともなく、魔力の制御方法も知らないライラは体の許容を超えた放出をしてしまっていたのだ。
意識を失ったら、炎は止まるだろうか? 現状ライラの意思とは関係なく燃え盛る炎を見ていると、その期待は薄い。
自分が壊れてもいい。とにかく今は、この炎を止めなくてはならない。
「ライラ!!」
森を分け入ってそこに現れたのは、地味な服装に剣を下げたオフィーリアだった。こんな時であっても、姉は凛々しく美しい。
後ろには同じく剣を下げた顔見知りの騎士達もいる。
避難したものの炎をどうすべきか見ていたジェラール達は、それを見て慌てて逃げ出そうとした。が、当然それをオフィーリアが逃す筈もなく。
「ジェラール! 貴様、次は潰すと言った筈だぞ、この痴れ者が!!」
逃げようとするジェラールをオフィーリアは容赦なく蹴り倒し、ジャックも殴り飛ばすとファニー共々、騎士達に捕縛させた。
勿論相応以上の罰を与えるつもりだが、オフィーリアには妹以上に優先するものなんてない。
「おねえさま……」
その間も、ライラを中心とした炎は勢いを止めることなく燃え盛っている。
変わらずライラ自身だけは傷つけはしないが、物置小屋は跡形もなく燃え落ち周囲には確実に火が燃え広がっていた。
周囲が少し開けているとはいえ、森の中にある小屋だ。木々に燃え移れば大惨事となる。
「ライラ!! 姉様が行くから、大丈夫だよ」
言って、オフィーリアが炎に構わず飛び込もうとするのを部下達が慌てて止めているのが見えた。
「隊長!! 無茶です!!」
「おい、消火活動だ!!」
「無理だろ、魔術の炎だぞ!?」
騎士達が叫ぶ声に、ライラの瞳からぽろぽろと涙が零れる。
学んでもいない魔術を使おうとしたから、こんなことになってしまった。やっぱり自分は駄目なのだ、そう思うとライラの心は乱れ、呼応するように炎が威力を増す。
「ごめんなさい、お姉様……!」
炎を制御することが、出来ない。
いつもは心の中で渾身の力で押し込めるイメージをしていたが、既に身の内から溢れ出てしまった今はそんなものでは止められなかった。
自分の武器になると考えたが、何も知らない子供がナイフを持っても自分の手を傷つけるだけだ。
自分を傷つけるだけで済めばまだマシだったが、今や周囲を燃やしライラの意思とは関係なく愛する姉をも巻き込もうとしている。
やっぱり、自分は、駄目だ。
後から後から魔力が止めどなく溢れ出ていき、反対に気持ちは落ち込んでいく。
そして自分が死んでしまえばさすがに消えるのではないか? とふと思った。なぎ倒されて燃える小屋の壁、その瓦礫の中に割れたガラスを見つけてライラは引っ掴む。
妹が何をしようとしているのかをすぐに察知したオフィーリアが、真っ青になって叫んだ。
「やめなさい、ライラ!! 姉様が助けてあげるから!」
オフィーリアがライラを助けてくれなかったことなんて、これまで一度もない。でもこれはライラがやらなくてはならないことだ。
中途半端に傷ついて、そのショックで更に炎の威力が増しても不味い。やるなら、ひと思いにやらなくては、とライラはこんな時だけしっかりと覚悟を決める。
迷惑ばかりかけてきたのだ、これ以上被害を拡大させたくなかった。ぎゅっと唇を噛むと、顔を上げる。
その時、炎の壁をスッと引き裂いて、見たこともない不思議な色のローブを着たレオンが目の前に現れた。
「ライラ、迎えに来たよ」




