28.愛する者を守る為の、つるぎ
そう宣言したオフィーリアは、さっとウェンディの下に跪いて妹の手を取ると促して立ち上がらせる。
「ウェンディ。姉様がライラをちゃんと連れ戻してあげるから、その時まで涙は取ってきなさい」
「でもリア姉様! ……ライラ姉様は、自分で出て行ったのかもしれないんですよ?」
ウェンディは、玄関ホールに並べられたライラの荷物と手紙を示す。
捜査官達もそれに同意した。
「クライン様、妹さんの言う通りですよ。ライラ嬢は、自らの意思で失踪した可能性が高い」
「家出ならば、我々が捜索することではないのでは?」
彼らの言い分に、オフィーリアは唇を吊り上げて微笑む。
「捜査官ともあろう者が、目先の証拠に気を取られて随分と勘違いをしているようだね」
「どういう意味ですか?」
ヴィルリア伯爵家には敬意を払っているが、失踪したのは出自不明の養女であるライラだ。
捜査官達は仕事なので捜査自体はきちんと行っているが、嫌われ者の養女が一人家出しただけならばこれ以上の捜査は無駄だと考えているのが、それぞれの表情にアリアリと出ている。
「置き手紙があるんですよ?」
「そう。置き手紙がある。そこまで用意していたのに、何故荷物が残っているんだ?」
「それは……」
オフィーリアは膝をついて、ライラの纏めた荷物を検める。数枚の質素な衣服と、ほんの少しの路銀、それから両親と三姉妹の描かれた小さな絵姿。
ライラがこの家を出て行こうとしてのは本当で、その際に持ちだそうとしていたのがたったこれだけだとは。
オフィーリアは表情に出さないようにして、心の中で強く悔いた。
先程のウェンディと同じように、ライラの気持ちに気付くことの出来なかった自分が情けないし、どうして相談してくれなかったのか、という悲しい気持ちが沸く。
だが今、その感傷は不要だ。落ち込むのは後でも出来る。
「置き手紙を書いている、ということは、失踪後は探して欲しくない筈だ。だとしたら、夜会会場からパートナーに何も告げずに突然失踪するのは不自然だろう。探してください、と言わんばかりだ。まして、王城主催の夜会だよ?」
「しかし、メイドの証言では、ライラ嬢ではなく別の令嬢から言付けがあったと……」
捜査官が言うと、オフィーリアはその通り、と頷く。
「それもまたおかしいね? 何か事情があって、夜会会場から家出をスタートせざるをえなかったとしても、何故そこに第三者である別の令嬢が登場するんだ? そして彼女は誰なんだ?」
オフィーリアがすらすらと言うと、捜査官達は顔を見合わせた。
「以上のことから、どう思うかな?」
「……自分の意思による失踪と、誘拐……両方の可能性を考えて捜索を、続けるべきかと」
捜査員の言葉に、オフィーリアは大きく頷いた。
そこからは早かった。
各所に連絡したり、王都郊外へ連れ去られた可能性を考えて検問を敷いたりと捜査官達が慌ただしく動き始める。
初動が遅れたものの、方針を決めた捜査官達の動きには迷いがなく迅速だ。
「うーん、お見事だね。本当に女にしておくには勿体ない」
ここまで事の次第を静観していたシシャが、にんまりと笑う。オフィーリアは鼻白んだ様子で溜息をついた。
「褒め言葉だと思っているのならば、お門違いだよ『ガルジェラの客人』。私が素晴らしいのは私だからだ、性別は関係ない」
「……これは失礼を言ったね、訂正しよう。確かに君は素晴らしい、オフィーリア・クライン」
シシャが素直にそう言うと、オフィーリアはふふん、と笑ってみせた。しかしすぐに表情を改める。
「正直どの口で、と自分でも思うけれどね。可愛い妹が、ずっと心を痛めていたのに気付けもしなかったんだ」
「まだ反省を口に出来るだけマシなんじゃないか? そこの、死にそうなぐらい暗い男よりもずっと」
シシャが示した先には、青褪めて無表情のレオンが立っている。長身と整った容貌が相まって、じっとしていると不機嫌な彫像のようだ。
「確かに辛気臭い……レオン、反省はあとで皆で纏めてしよう。今はライラを探すことが先決だよ」
「ああ……分かっている」
レオンは溜息をついて、書類を取り出した。
ライラが何かに巻き込まれたことを察したレオンは、メイドにオフィーリアへ連絡を取るように指示した後、外交官としてあちこちに働きかけて大急ぎで申請書類を作成し、シシャを掴まえて伯爵邸までやってきたのだ。
扉の前でオフィーリアとは合流した、という流れである。
「捜査の為、という口実で魔術の使用許可を取ってきた。あのまま捜査官達が捜索を終了していたら使えないところだったから、リアのスピーチには助かったよ」
「レオンにだってあれぐらい出来るだろう」
騎士として剣の得意なオフィーリアよりも、外交官であるレオンの方が交渉が得意だ。そう考えて言うと、レオンは暗い顔のまま首を横に振る。
「俺は今、全く冷静じゃない。ライラは自分で家出したんだから捜査を打ち切る、なんて彼らに直接言われたら、殴ってしまうかもしれない」
「結構怖いなお前」
シシャは目を丸くしたが、オフィーリアはここには馬鹿しかいないのか、と胡乱な目になった。
しかしこれ以上無駄な議論をしている時間が惜しい。
「さぁ! 誘拐犯が誰であれ王城の夜会から連れ出す、なんて馬鹿なことをしてるんだ。そんな愚か者と一緒にしていては、うちの妹に悪影響だ」
そう言うとオフィーリアは腰に佩いた剣の柄にトトン、と指先で触れた。その仕草は妙に婀娜っぽく、そして表情は凄絶だった。
「今すぐ魔術で、私の可愛いライラを見つけてくれ。ガルジェラの客人」




