22.エスコート
デザインや布を選び久しぶりに令嬢らしい時間を過ごしたライラは、夕方になってウェンディと共に伯爵邸へと帰宅した。
屋敷の中に入るとちょうどレオンも補佐の仕事を終えて帰る頃だったようで、オフィーリアも見送りに来ていた。
半日事務仕事をして、オフィーリアはすっかりくだびれた様子でがりがりと頭を掻いている。いつものように部屋着は男装だ。
対して、レオンはぱりっとした外出着で、まるでこれから一日が始まるかのように爽やかだった。
「やぁ、ライラ」
求婚を断って以来レオンは節度ある距離を保ってくれているが、それでもこうして会うと嬉しそうに目を綻ばせる。
こんな素敵な人からの求婚を断るなんて自分は馬鹿だ、と思うけれど、頷くことはライラの事情にレオンを巻き込むことだ。レオンを愛しているからこそ、受け入れてはいけないのだ。
「お疲れ様です、レオン。今日もありがとう」
「いや。……そちらは楽しかったかい? ウェンディ」
にこにこと微笑んで、ウェンディがレオンに抱き着く。
「とっても! レオン兄様、期待してらして! ライラ姉様、今よりも更にお綺麗になるわ!」
「それは……楽しみだね」
レオンは苦笑して、ウェンディの頭を撫でる。その手の平の感触を思い出してしまい、ライラは妹を窘めるタイミングを逃した。
幼い頃は、自分もああしてレオンに屈託なく抱き着いていた。何の憂いもなく、何の遠慮も引け目もなく。
両親の作ってくれていた優しい囲いが消え去ると、世界は厳しく冷たいものだった。本来、ライラがあんな風にレオンに接してはいけない身だったのだ。
ウェンディはひとしきりレオンに仕立て屋でどれほど楽しかったかを力説すると、今度はオフィーリアにも抱き着く。
危なげなくそれを受けとめたオフィーリアは末妹の頭を撫で、愛おし気につむじにキスをした。
「楽しかったようで、よかったよ。ああ、そうだ、ライラ」
オフィーリアが顔を上げ、ライラを見て微笑む。それに応じるように、こちらからも笑みを返した。が、続く言葉に表情は凍ってしまう。
「建国祭の夜会、エスコートはレオンに頼んでも構わないかい?」
「え……」
びく、と震えライラはレオンを見遣る。
彼はちょっと困ったように微笑んでいるが、既に話はオフィーリアから聞いていたようだ。
婚約者のいない令嬢は、家族や親族にエスコートしてもらって夜会に参加する。ヴィルリア伯爵家姉妹に男兄弟はいないし、父親は既に亡くなっている。
そして、親戚で年が一番近い男性は、あのジェラール・ゴードだ。
「あの……」
勿論身分のある年上の貴族男性にお願いしてエスコートしてもらう、という手もある。
ヴィルリア伯爵家と付き合いのあるどこかの貴族に頼めば、参加だけは可能だろう。
だがライラ自身にとってはほぼ繋がりのない相手であろうし、相手がそれを快い気持ちで受けてくれるかは分からない。
出自不明の、伯爵令嬢。その社交界デビューのパートナーを、喜んで務めてくれる人なんているだろうか?
求婚を断った身で、レオンにエスコートを頼むのは申し訳ない。だが、他の男性に頼むことも怖かった。
「まぁ! レオン兄様が、お姉様のエスコートをしてくださるの? きっとお兄様は王子様みたいに素敵なんでしょうね」
ぱっ、とウェンディの表情が輝く。
末妹も、ライラが彼の求婚を断ったことは知っている筈なのに、どうしてそんなに屈託なく喜べるのだろうか。ライラは驚いて目を丸くする。
「で、でも、申し訳ないから、どなたか別の方に……」
入場の際と最初のダンスを一緒に踊ってもらうだけなら、依頼を引き受けてくれる相手もいるだろう。レオンに、エスコートさせる方が失礼だ。
「ライラ、もし嫌じゃなければ……俺にエスコートさせて欲しい。君のファーストダンスを、誰か別の男に譲るなんて嫌だ」
姉妹の前だというのにレオンにそんな風にハッキリと言われて、ライラの顔が赤面する。
嫌な筈がない。嬉しい。
三年前のライラは、最初の夜会でレオンと踊ることを夢みていた。その夢が叶うのだ、嬉しいに決まっている。
だがそれは同時に、レオンの気持ちを踏みにじることになるのでは?
気持ちがせめぎ合って瞳を揺らすと、レオンがそっとライラの手を取った。
「お願いだ、ライラ」
「…………本当に、いいの?」
戸惑いながらもそう言うと、レオンの表情が輝く。
「勿論!」
「じゃあ……お願いします」
「ありがとう。任せてくれ」
「お礼を言うのは、私の方よ」
ぎゅっと手を握られて、ライラは視線を下げた。嬉しい。けれど喜ぶなんて、いけないことだ。
もっと毅然とレオンの好意や優しさを断るべきなのに、ずるずると甘えてしまっている。
結局、本当に伯爵家の為にもレオンの為も思うのならば、思い立った日に家を出てしまえばよかったのだ。
だというのに、未練がましくまだライラはここにいる。
自分に罰が下るのならば、一等ひどいものがいい。
優しい人達の気持ちを踏みにじる自分にはそれが相応しい。




