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21.社交界デビューのドレス

 

 片付けが済んだので、ライラは執務室を退出することにした。あまり長居して、二人の仕事の邪魔になってはいけない。

 トレイを手に取り扉の方へ向かおうとした時に、机に重ねて置かれている紙の束からオフィーリアが無造作に一通の封書を取り出した。


「ライラ」

「はい、お姉様」

 すぐに振り向くと、姉は封書を掲げて見せる。

「建国祭の夜会の前に、陛下が謁見を許可してくださった。ようやく社交界デビューだよ、ライラ」

「!! で、でも、私は……ええと、その、そう、謁見用のドレスもありませんし……あの」

 告げられた衝撃的な言葉に、ライラは戸惑ってしどろもどろに返す。


 片付けをしながらこの屋敷を出ていく日のことを考えていたばかりなのに、伯爵令嬢として社交界に出る話をされて混乱してしまう。

 目を泳がせるライラに、てっきり妹が喜ぶと思っていたらしいオフィーリアは首を傾げた。

「ドレスなんて、借金してでも作ってあげるさ。任せてくれ」

 そう言ってライラの手をそっと取るオフィーリアはまさに物語の騎士のようで、思わず頬が赤くなる。

「お姉様……」

 視界の隅でレオンが眉間に皺を寄せたのが見えたが、意識をそっちに向ける前にオフィーリアから「集中して」とでもいうように腕を引かれた。


「両親の喪はとっくに明けているし、そろそろ我が家は前に進むべき時だ」

『我が家』、そう言われてライラは自分はその一員ではない、と胸を痛める。

 今朝もお遣いに行った市場では、レオンがヴィルリア伯爵家に通いだしたのは、補佐という名目はあるもののオフィーリアへの求婚の為ではないか、と噂されていた。

 レオンが伯爵家の娘に求婚するならば、相手はオフィーリアなのだと皆当然のように考える。そしてその流れで、早くあの次女は出ていくべきだ、とも言われていた。


 ライラとて、ただただ悲観的に考えているわけではない。自分だって伯爵に認められて養女になった、伯爵令嬢だ、という気概がないわけでもない。

 だが、こうして日々幾度も幾度も、「出自不明の養女」として非難されている言葉を耳にし続けてれば、心も萎れていくというものだった。

 伯爵家を離れた方が姉妹の為にも、自分の為にもいいのではないか、と考えが凝り固まってゆく。


 ライラが返事が出来ず困っていると、オフィーリアが妹を抱き寄せる。レオンのそれとは違う、しかし剣ダコのある堅い手の平が優しくライラの背を撫でた。

「可愛いライラ、苦労ばかりかけて本当にすまない。不甲斐ない保護者だが、どうか務めを果たさせておくれ」

 自分はなんて意志薄弱なのだろう、とライラは内心で溜息をつく。

 家を出ていくべきなのに。出ていくと決意しているのならば、社交界デビューなんてしない方がいいに決まっている。

 社交界に出ていない貴族の養女と、国王陛下に謁見して認められた令嬢では扱いが違う。家を出ていくつもりならば、謁見は断るべきだ。


 だというのに、これほどオフィーリアに望まれて、嬉しいと思ってしまっているのだ。

 姉が、ライラがまだ社交界デビューを出来ていないことを気にしてくれて算段をつけてくれたことが、嬉しくてたまらないのだ。

「はい、お姉様……嬉しいです」

 ライラがそう言葉を絞り出すと、オフィーリアは嬉しそうに笑った。

「よかった! 仕立て屋にはもう話を通してあるんだ、建国祭の日までそう時間もないし大急ぎで準備しないとね。私の可愛い妹の、晴れ舞台だもの」

 自分のことのように喜ぶオフィーリアを見ていると、これでよかったのだ、とライラは感じてしまう。

 社交界が終わり大勢の貴族達が領地に帰っていく時に、自分が作った設定の通りにライラも家を出ると決めている。

 それまでの一時、こうして甘ったれた気持ちを自分に許すことを決めた。

 ライラだって、オフィーリアのこともウェンディのことも大好きなのだ。姉妹の幸福な思い出を作っておきたい。

 この先ずっと、その思い出を大切に抱いて生きていく為に。



 ギードリアの建国祭は、社交シーズンの終盤に行われる。

 王城主催であり、実質シーズン最後の夜会といってもいいだろう。

 そして令嬢のデビューである国王への謁見はシーズンの始めにあり、本来ならばライラもそのタイミングで謁見している筈だったのだ。

 しかしシーズンの最初の頃はまだ亡くなった両親の喪が明けきっておらず、そしてその後も何かと理由をつけてライラは正式なデビューを先延ばしにしていた。

 お金がなかったこともあるし、出自不明の自分が社交界に出るのが怖かった所為でもある。

 それに何より、社交界に出たところで、他の令嬢達のように結婚相手を探す気になれなかったのだ。


 謁見の話を聞いてから数日後。ライラは王都の中心街にある、大人気のドレス専門店を訪れていた。

 亡くなったヴィルリア伯爵夫人がその店の看板デザイナーを支援していたので以前はよくドレスをオーダーしていて、今回もオフィーリアが口利きをして、社交シーズン真っただ中の忙しい時期だというのに彼女に作成してもらえることになったのだ。


「無理を言ってごめんなさい」

「とんでもございません! 光栄です、ライラ様」

 口を動かしながらも、仕立て屋の手はそれ以上によく動く。ライラは仕立て屋に採寸されるのは、久しぶりだった。

 去年よりもかなり痩せてしまっていて、馴染みの仕立て屋は一瞬痛まし気な目になったが、すぐにプロに徹することにより表情から個人の感情を消した。

 値段は気にするな、むしろ謁見の際に着るものなのだから高級なものでなくては陛下に失礼だ、と姉に言われて、ライラはどきどきしながら職人と共に布を選ぶ。


「お嬢様の銀糸の映える色にいたしましょう! 濃い色の布地ですと正式な場に相応しいですし、その後で飾り襟などで装飾を足せば夜会に着ていくことも出来ますわ」

「素敵! ライラ姉様の美しさに、皆夢中になっちゃうわね!」

 仕立て屋との打ち合わせに、同席しているウェンディがはしゃぐ。

 今後の為に、店での段取りやどのように振る舞うべきなのかを勉強して欲しくて連れてきたが、ライラよりもウェンディの方がよほど堂々としているし楽しそうだ。


 ウェンディは仕立て屋の書いたドレスのパターンを見比べては、ライラに当ててみたりと忙しい。

「私、最近の流行りには疎くて……あまり悪目立ちしないデザインがいいのだけれど」

「何仰ってるんですか! ヴィルリア伯爵令嬢のデビューですよ! ウェンディ様の仰る通り、会場中の目を釘付けにするドレスをお作りしますわ!」

「その意気よ!!」

「私の意見は……?」

 ウェンディと仕立て屋がきゃっきゃっと盛り上がる中、ライラは苦笑してしまう。

 だが、やはりこんな風に華やかな話題は楽しい。近頃はすっかり大人しくなってしまっていたウェンディも、今は以前のように多いにはしゃぎ楽しそうなので、その妹の笑顔を見ているだけでもライラには嬉しかった。



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