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20.杜撰で必死な計画

 

 レオンは宣言通り、それからも毎日ヴィルリア伯爵邸に通ってきた。

 未婚の令嬢だけの屋敷に若い青年貴族が通う、ということは一般的に見て求婚の為に通っていると見做されてしまうところだ。しかし、正式に国から派遣された伯爵家の運営の補佐、という立場であるレオンはとても節度を持って行動していて、周囲からもすぐに認められた。

 昼頃に屋敷に来て、午後いっぱいを書類仕事やオフィーリアとの打ち合わせに使う。それから夕食の前に帰っていくというスケジュールだ。

 オフィーリアも騎士としての訓練や職務は午前中に集中させておいて、午後からはレオンと共に伯爵代理としての仕事に勤しんだ。


 ライラに出来ることは、書類整理などの雑用と休憩時にお茶を持っていくこと程度だ。

「お姉様、レオン。そろそろ休憩にしませんか」

 頃合いを見計らって執務室にティーセットを持って行くと、二人は何やら剣呑な様子で睨み合っていた。

 真剣な話の途中に来てしまっただろうかとライラは慌てたが、レオンがすぐに微笑んでトレイを受け取ってくれる。

「ありがとう、ライラ。ちょうど休憩したいところだったんだ」

 レオンはあれからもライラに対する態度は変わらない。だが何気なくエスコートされたり、優しく指に触れられることはなくなった。そうなって初めて、随分とレオンと距離が近かったことを自覚して恥ずかしい。

 そしてそれを寂しいと思う自分が、浅ましくて嫌いだ。


「……本当に大丈夫?」

「うん」

 はっきりと頷くレオンに、ライラはほっとする。彼がトレイをテーブルに置いてくれたので、ライラはてきぱきとお茶を淹れた。

 渋くなってしまわないように、厨房でお茶を淹れた時にポットから茶葉は抜いている。一杯目だけは注いでおけるがメイドのようにライラがずっと待機しているわけにもいかないので、二杯目以降は自身で注いでもらうことになっていた。

 せめてポットの中身が冷めないように、と厚めのティーコゼーで覆う。

 お茶請けの皿も並べると、レオンの瞳が優しく和む。

「ああ……アガタの木の実のクッキーだね。俺の好きなお菓子だ」

「うん。レオンが来てくれるからって、アガタも張り切っていて」


 木の実のクッキーは、子供の頃に庭を駆けまわってお腹を空かせた時にアガタがこっそりくれた焼き菓子だ。

 実は使用人達のおやつだったようで、バターが少なくしっかりとした堅いクッキーとカリッとした木の実の食感が侯爵令息のレオンには珍しく特別に感じて以来、とてもお気に入りだった。

「……もう立派な大人のあなたに出すには、相応しくないかもしれないけれど」

 これもアガタの節約メニューで、日持ちもするので今のヴィルリア伯爵家には重宝されているのだ。

 侯爵令息で外交官の、成人したレオンに出すには貧しいお茶請けでありライラは恥じらったが、当の本人は大喜びだった。


「どうして? 懐かしいし嬉しいよ。それに美味しい」

「そうそう。携帯補給食みたいに腹持ちがいいのに、味は美味い。騎士隊にレシピを公開して欲しいぐらいだ」

 レオンの後ろからやってきたオフィーリアがひょいと一つ、菓子を口に放り込む。

「お姉様、お掛けになって。お茶もどうぞ」

 お茶を注いだカップをテーブルに置くと、オフィーリアは素直にソファに座った。しばし休憩で、レオンもお茶のカップを手に取る。


 ライラはその間に床に落ちている書類を拾い数字順に揃えたり、使い終わったまま広げられた資料を片付けた。

「すまないね、ライラ」

 オフィーリアがそう言うと、ライラは微笑んで首を横に振る。

「いいえ。これぐらいしか私には出来ることがありませんもの」

 ライラが着ているのは、今日も使用人の服だ。

 きっと何も知らない人がこの屋敷を訪問したら、ライラを若いメイドだと思うのだろう。それで構わなかった。


 いっそ外に働きに出たいぐらいなのだ。社交シーズンは人の行き来が多い所為で物の値段も上がるし、人手を必要としている屋敷も多い。

 勿論、まだ伯爵令嬢であるライラがよその貴族の屋敷に働きに行くことなど、出来る筈もないのだが。

 しかしライラは、内心で着々と計画を進めていた。


 家を出るには、オフィーリアやウェンディ、アガタ達も何の憂いもない理由が必要だ。

 迷惑になるから出ていきたい、ではなく、何か積極的で納得出来るような理由。それから、住む街や仕事も。


 まず、ライラが出ていく理由は、本当の家族が見つかった、ということに決めた。

 彼らと一緒に住むので、屋敷を出ていきたい、といえば家族思いのオフィーリアは止めないだろう。

 お遣いでせっせと街に出ておいたので、その際に肉親と再会した、という話にするのだ。相手は別の屋敷で働いている人で、社交シーズンなので主に付き添って王都に来ていた、と。

 オフィーリアはどこの貴族なのか知りたがるだろうが、そこは何とか伏せおいて必ず手紙を書くことを約束して、切り抜けるつもりだった。


 本人は綿密なつもりでも、人から見れば随分と杜撰な計画の典型なのだが、今のライラには精一杯の計画であり大真面目だった。

 仕事もアテがあるので、何とかなりそうだ。勿論、とても厳しく大変だと分かっている、ライラが想像している以上に過酷な日々になるだろう。けれど、ライラは愛する人に迷惑をかけて暮らすよりも、自分が苦労する方がいい。

 誰かを苦しめるよりも、自分が苦しい方がマシだった。



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