19.ルーツとホーム
「だったらどうしろと? 求婚を受け入れられない、と泣くあの子にあれ以上気持ちを押し付けることは出来ないだろ。……今は」
「今は、てところがしつこい男だ」
ペロリと唇を舐めて、オフィーリアは自分のグラスにまたブランデーを注ぎ、ついでにレオンのそれにも注ぎ足していく。
「父との約束を守って、あの子の『本当の家族』にも了承をもらって、満を辞して求婚してフラれるんだもんなぁ……」
本当の家族。それこそがライラにとって最大の障害になっていることを、オフィーリアとレオンは気づいていない。
二人にとってライラは何一つ問題も瑕疵もない完璧な存在であり、まさかライラ自身が出自不明であることを気に病んでいるとは想像出来なかったのだ。
オフィーリアにとってライラはウェンディと同じように大切な妹であり、レオンは例えライラが何の身分のない女性であったとしても彼女に恋をしたと確信している。
それは二人が生まれながらの貴族であるが故の、ライラとの齟齬だった。
「……まぁ、お前が我が家の補佐をしてくれるのならば、ライラへの負担も減るしもっとあの子を自由にしてあげられる……それこそ、広い世界に出て恋をするかもな」
「う……いや、ライラの為を思えば、喜ばしいこと……と思わなければな」
「やせ我慢が上手だな」
精一杯強がるレオンに、オフィーリアは愉快げに笑う。
「時々自棄酒に付き合ってくれ」
「それでも諦めないくせに?」
「それとこれとは別だろ。俺だって傷つくんだ、優しくしてくれ」
「お姫様に恋をしたんだ、騎士は傷ついてこそだろう」
「有難いお言葉に涙が出るね」
レオンがため息をつくと、オフィーリアは笑ってまたカチン、とグラスを合わせた。
「そうだ、私にもあの子の家族から接触があった。成人の年になったのだから、名乗り出たいのだそうだ」
「……俺も、それは聞いてる」
嫌そうに顔を歪めるレオンに、オフィーリアはにやにやと笑う。
「この話になるとわかりやすく機嫌が悪くなるな、お前」
「リアは平気なのか? ライラが……あの子が、本当の家族の方に行ってしまったら、て」
「寂しいけれど、悲しくはない。ライラが望むなら、私は何でも受け入れよう」
「格好いいな」
「ふふん、そうだろう」
にや、とオフィーリアは笑う。
ライラの本当の家族のことは、オフィーリアは成人した際にヴィルリア伯爵から真実を告げられていた。
先方の意向と様々な事情があり、ライラ自身には彼女も成人した時に説明することになっていた。
その前に伯爵は亡くなってしまい、オフィーリアは説明する役目を託されたと判断している。しかしそれにはまず先方の意向を確認する必要もあった為、今まで告げられずにいたのだ。
「私達は家族だ。もし離れたとしてもそれは変わらない」
オフィーリアははっきりとそう言い、言い切ることの出来る彼女がレオンは羨ましかった。
「……最初から、成人の際にはライラに全て告げる予定だったんだ。たまたま知ってしまったお前が例外なだけ。ライラには自分のルーツを知る権利がある」
「その前に、婚約しておきたかった。ライラが何を選んでも、一緒に行きたかったんだ」
独り言のようにレオンの呟いた言葉を聞いて、オフィーリアも頷く。
正直、本当にライラがレオンの求婚を断ったのは意外だったのだ。姉であるオフィーリアから見ても、ライラはレオンに心を開いている。家族であるオフィーリア達と同じか、それ以上に頼っているようにも見えていた。
それはレオンが留学する前もそうだったし、再会した今も変わらず。
ライラは、レオンに恋をしているのだとオフィーリアは考えていたのに、それが外れていたことが信じられない。
いや、外れていたのではなく、ライラもレオンのことが好きなのに、求婚を断ったのだとしたら?
だとしたら、ライラは何を思って断ったのか。ジェラールの件がそこまで妹の心に影を落としているのだろうか?
「……よし、レオン。お前は変わらず盲目的にライラを愛し続けろ」
「言われずともそうするけれど……リアに命令されるのはいい気持ちがしないな」
「何を言う、私はあの子の姉だぞ。もし万が一お前があの子と結婚したら、義姉になるんだぞ」
「それだけはゾッとする。可愛いウェンディが義妹になってくれるのは嬉しいけどね」
「残念、私達は三人で姉妹だ」
オフィーリアはニンマリと宣言するのだった。
それこそが、ライラの聞きたい言葉、彼女の縁となるとはこの時の二人にはまだ知るよしもなかった。