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18.不貞腐れるブランデー

 

 その夜。

 トゥーラン侯爵家を訪ねてきたのは、オフィーリアだった。

「リア、どうしたんだ?」

 侯爵家の応接室で、まるでその主であるかのように堂々とソファに座っているオフィーリアを見てレオンは苦笑する。彼女はいつも、どこにいても堂々としていた。


「我が家のことでお前に世話になることだし、久しぶりに侯爵家のおじ様達に挨拶をしようかと思ったんだが」

「二人とも夜会に出掛けているよ。知ってて来たんだろう?」

 レオンには兄がいるが、彼は別の屋敷に妻子と共に住んでいる。

 トゥーラン侯爵夫妻が夜会に出掛けているかどうかは少し調べれば分かる筈だし、オフィーリアがヴィルリア伯爵邸では話にくいことを話す為にやって来たことは明白だった。


「何の用かな? お茶にする? それとも酒か」

 向かいのソファに座って、レオンは脚を組んだ。ライラの前ではお行儀よくしているが、この悪友の前では気にする必要もないだろう。

 昼間、美しい瞳に涙を溜めていたライラの姿を思い出すと今も胸が痛い。

 彼女にはずっと笑っていて欲しいのに、自分が彼女を苦しめて泣かせてしまったのだと思うと己のことが憎かった。


 騎士の平装姿のオフィーリアは、退勤後にここに来たようだ。金の長い髪はきっちりと結われていて、凛々しさに磨きがかかっている。

 しかし表情はどこか拗ねた幼い子供のようだった。

「リアらしくないね。単刀直入に言ったらどう?」

「自棄酒に付き合いに来たんだよ」

「……お見通しか」

 侯爵家の執事がブランデーのデキャンタを持ってきたので、オフィーリアは自ら二つのグラスになみなみと注ぐ。

「そんな風に飲むものじゃないぞ」

「構うものか。たまには羽目を外しておかないと、思わぬところで爆発するぞ」

 一理ある、と認めたレオンは差し出されたグラスを受け取った。


「失恋に乾杯するか?」

「君に遠慮という言葉はないのか? 大体、まだ失ってないよ」

「求婚を断られたら、普通は失恋と言うだろう」

 オフィーリアは唇を尖らせたが、レオンは断固として首を横に振る。

「まだ受け入れられていない、だけだよ。俺は死ぬまで……死んでもライラのことが好きなんだ、何年経っても最終的にあの子に受け入れてもらえれば失恋じゃないだろう?」

「シンプルに怖いなお前」


 珍しくオフィーリアが引いた様子でそう呟く。レオンは片目を瞑ってみせた。

「一途なんだ」

「物は言いようだな……ライラに迷惑だけはかけるなよ、あの子の不利益になるようならその瞬間に叩っ斬ってやる」

「冗談に聞こえないから、リアは怖い」

「冗談じゃないからなぁ」

 差し出されたグラスにカチン、と合わせて乾杯する。

 くい、と一気にグラスの中身を飲み干したオフィーリアに、レオンは気遣わしげな視線を向けた。

「勤務後だろう? 空きっ腹にアルコールは良くないぞ」

「では分厚い肉を出しておくれ、侯爵令息殿」

「本当にブレないな……」

 ため息をついたレオンは、執事に命じて食事を用意させた。


 摘みやすいようにカットされた肉や野菜、カリッと焼いたパンが出てきてオフィーリアは上機嫌でグラスを干していく。この家を酒場か何かと勘違いしていないだろうか? とレオンは疑いの目を向けつつ自分もグラスを傾けた。

 度数の高いアルコールが喉を焼いていく感覚がする。胸の痛みに似ているが、感情と肉体の痛みは別だ。


「正直、お前がライラにフラれるとは意外だったな」

 突然本題を振られて、レオンはグッと喉を鳴らす。オフィーリアが気にした様子もなく、パンのかけらを口に放り込んでいる。

 そもそも何故レオンがライラに求婚して、断られたことを知っているのか。

 ライラがオフィーリアに言ったとは考えにくいし、平素の貴族の屋敷では常に大勢の使用人がいてどこかで聞いている可能性があるが現在のヴィルリア伯爵家には使用人は三人しかいない筈だ。

「うちの末妹が偶然耳にしてしまったらしく、胸が痛むと報告してくれた」

「……盗み聞きは淑女の行いではないね」

「ウェンディの歩く廊下の下で、求婚しだしたお前が悪い」

「あー……」


 確かに玄関ホールには上階に続く吹き抜けの階段があり、上階の廊下を通っていれば跪くレオンはよく見えただろう。幼い印象のウェンディにまで見られていたことは、素直に照れくさい。

「私は、ライラもお前のことが好きなんだと思っていた」

 空のグラスに酒を注いで、オフィーリアは何気ない様子で口にする。レオンは片手で顔を覆った。

「……三年も離れていたんだ。仕方のないことだとは思っているよ」

「相変わらず優等生だな、そんなんだからフられるんだぞ」

 オフィーリアの舌鋒はアルコールに緩むことはなく、レオンはつい不貞腐れる。


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