優秀な戦友
ルクス王国に一時帰還していた勇者たちは、作戦会議に興じていた。
「”不死王”を滅した今こそ攻め時では?」
「しかしあの戦に出た者たちは心も体も深い傷を負っている。動かせる戦力はあるのか?」
「療養している間に攻め込まれたらどうする気だ」
十代目国王、エルディス元帥、その他士官を交えた会議は結論を出せずにいる。
「勇者殿はどう思われますか?」
勇者ゴルスチは考える。
過去、軍では主に現場でしか生きてこなかった彼は、一方で最も危機感を募らせていた。
国会や防衛室で行われる話し合い通りになど、行ったことはない。
戦略単位では確かに正しかろうが、戦術単位で見れば結局のところ、その場に応じた”対応”が求められるのだ。
「—— 脅威を振り払うだけだ。今、このように話している間にも、戦線では無駄な命が散っている」
“できることをやるだけ”。
それがゴルスチにとっての、絶対であり唯一の正義。
勇者が席を立とうとした時、部屋に設置されている感応石から不意に言葉が届いた。
『緊急伝令! 緊急伝令ぃっ! ”竜王”が単騎で王国へ向かっています!!』
「何ぃ!?」
突然の報告—— もとい警告に、会議室の一同は混乱する。
どうやってここに、戦力の確認を、指示系統は、国民の避難経路を——
喧騒に終止符を打つのは、やはりこの男だった。
「私が出る。至急、飛行魔法が使える者の手配を」
王国の最終兵器。
人類の未来を担う者。
勇ましき戦士。
「勇者殿—— わかりました、私の部下を出します。すぐに騎士団を出しますので、それまでどうかご無事で」
「いつも悪いな、エルディス」
竜王が来るまでの数十分、勇者はできるだけの飛行訓練を積む。
以前、聖域の間でドラゴンと戦った時とは、シチュエーションが異なる。
今回の相手は高度という圧倒的なアドバンテージを携えてやってくるのだ。
せめて同じ戦場に立てなければ、戦いにすらならない。
生命のユダ、竜王。
本来、悪しき魔の者とは敵対関係にあるドラゴンだが、彼だけは違う。
ドラゴンの末裔にして、力に溺れた者。
そして『祖の魔王』とう絶対的な力に、屈した者。
生命の創造主一族だという”意義”、”使命”すら覆すほどの”意思”を持ち、人類を裏切った者である。
ヴェルムドラゴンと違うのは、竜王は現在、全盛期だということである。
ドラゴンの寿命、およそ千年の中で、ピークは500~600歳だと言われている。
かつて幼少の頃、『祖の魔王』に封印されてから今より400年前に復活している。
当然、竜王も『祖の魔王』による”呪い”を受けている。
その代償に力も得た。
だが彼を突き動かすのは恐怖心でも使命感でもなく、好奇心。
一際、生命に対する興味の強い種族である。
今代の規格外な勇者を前にして、大人しく待つことなど到底できなかった。
—— ルクス王国北部、遥か上空。
ルクス王国中心を目掛けて飛来する巨大な影。
竜王は一気に高度を上げ、そこから急降下しなが速度を上げて行った。
時速390キロ。
これは地球で、ハヤブサという鳥が急降下時に出すスピードである。
その数字は音速を超えており、空気抵抗を最大限減らすことによりソニックブームの発生を防いでいる。
一方、竜王の速度は、時速500キロ。
完全に音速を超え、さらに10トンという巨大な質量が生み出すその破壊力は、おそらく広大なルクス王国の半分を破壊するだろう。
最悪、勇者がここで現れなくても、それまでの男だったということ。
全て破壊した後に、そんなものかと思えばいい。
竜王はそれぐらいの考えでいた。
迎え撃つ矢など、この鱗を貫かず。
迎え撃つ魔法など、この鱗に触れられもせず。
—— 何でも良い、この俺を止めてみよ。
ルクス王国まで直線距離およそ300メートルといったところ。
半分投げやり、そして半分は期待を込めたその思いは、勇者によって成樹する。
迎え撃つは、拳。
音速の竜王を正面から—— ではなく直角から、胴体を正確に捉える。
それも、時速120キロという助走を付けて、である。
防具を含めた6トンの体重を持つ勇者は、飛行魔法を完全には扱えずにいた。
そもそも飛行魔法は、動かす物の質量に依存して魔力を使う。
6トンもの勇者を自由自在に動かすなど、初めからできなかったのだ。
そして、だからこそ勇者が立てた作戦は、”地上戦にもつれ込む”こと。
カティオが正確に相手の位置を把握、予測し、あらかじめ上空で待機していた勇者が、重力に任せて自由落下しながら、飛行魔術師が位置のみを微調整。
そして激突。
インパクトの瞬間は完全に勇者任せだったが、銃弾すら目で追う彼にとって、その大きな的であれば音速を超えていても捉えることは不可能じゃない。
そして一撃さえ入れられれば、この質量と速度である。
地面に撃ち落とすことも可能だと考えたのだ。
竜王とて、6トンもの物質が高速移動中に衝突してきては、ひとたまりもない。
地面という大壁が迫り来る中、何とか自分の体重だけでも相殺せんと、必死に魔力をコントロールし、地面との激突を避けた。
『なるほど勇者よ、そのイカれ具合も含め、楽しませてくれる』
「優秀な戦友がいるからな」
低い地鳴りのような声が、ルクス王国北部の平野に響き渡る。
地上に舞い降りた勇者の拳は、皮は剥がれ、肉が削げ落ち、骨が露わになっていた。
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