信じる心
全てのアンデッドやゴーレムたちが崩れ落ちる様は、勇者の強さが不死王にとっても”想定外”だったことを伺わせる。
だが同時に、”対応策”も持っているという意味でもある。
選択と集中。
不死王は、確実に倒せる算段が立ったからこそ、勇者を倒せる戦力に全てのリソースを割いたのである。
過去の文献、資料を全て読み漁ったエルディスは知っている。
不死王の近くに立つあの八つの影は、過去の勇者が葬ってきた魔王たち。
『祖の魔王』を含まない、二代から九代の魔王たち。
二代、暴虐の魔王ヴィレント。
三代、狡猾の魔王カリダス。
四代、無縁の魔王フィニティム。
五代、猛禽の魔王レイパクス。
六代、原質の魔王ルディン。
七代、憎悪の魔王オディウ。
八代、魂魄の魔王アニマ。
九代、神聖の魔王サキュラム。
まさか、使役したというのか。
魔王の屍を使い、操ったとでも。
「勇者殿—— 」
逃げてください、という言葉はその喉を通らなかった。
彼の後ろには、何百何千という命、生活がある。
彼もそれを理解しているからこそ、ここに立っている。
なんて残酷な運命か。
最初から、勝ち目などなかったのだ。
この勇者なら或いはと、錯覚していた。
耄碌していたのだ。
否、どんな勇者でも不可能だっただろう。
全ての魔王を相手取るなど。
エルディスの脳裏に、人類の歴史がまるで己の走馬灯かのように流れる。
『祖の勇者』がまとめ上げ、友人ルクスに託し、召喚術を継承し、少しずつ営み、今代まで繋いできたその歴史。
戦いと繁栄の歴史。
愛と情熱の歴史。
その全てが、今宵、否定される——
「何を終わった気でいやがる」
カティオは諦めていなかった。
彼女とて、この状況がいかに絶望的かがわからないほど未熟ではない。
感知に優れる彼女のことである、誰よりも魔王たちが発する強者の圧を感じ取っているだろう。
だが、諦めていない。
なぜなら勇者は—— 自分が好いたあの男は、これまで幾度となく困難を乗り越えてきたのだから。
誰よりも勇者と死線を超えてきたからこそ、彼を信じられる。
「私たちにできることも、まだあります」
プラビアとて、諦めていない。
勇者が傷ついた時、隣で癒すのは自分の役目だと。
彼女は勇者に”託す者”でも、”委ねる者”でもなく、”支える者”でありたいと強く願っていた。
『篝火の英雄』の意思を最も継いだ者—— 騎士団では彼女をそう評価していた。
その彼女が支えると誓ったのである。
その灯火が完全に潰えるまで、決して諦めることはない。
自分が間違っていた。
エルディスは考え直す。
自分が信じなくてどうするのだと。
あの勇者をこの地に呼んだのは、紛れもなく自分である。
誰よりも—— 勇者が諦めていないというのに。
勇者は走っていた。
広い平原だが、印象ほど相手は遠くない。
新手は複数。
先手を取らなければ、圧倒的不利。
不死王の操術が完全に発動し切る前に、接近を終える必要があった。
『旦那、よく聞け。これから敵の情報を伝える』
防具に仕込んだ感応石を媒体にして、カティオが通信魔法を仕掛ける。
手短に、されど最大限に、あの世界すら滅ぼしかねない魔王一体一体の情報を伝える。
『一番危険なのは右から二番目、”魂魄の魔王アニマ”だ。奴は魂を喰らう、旦那に自衛手段はない、先に倒せ!』
定型を持たない異形、魂魄の魔王アニマ。
黒い塊から覗く不気味な口と牙が、勇者を返り討ちにせんと大口を開ける。
粉塵が舞い上がる。
勇者が敵前方で地面を攻撃したのだ。
目の無い的に、目眩しをした訳では無い。
むしろ、その他の魔王の参入を牽制したと言える。
突如、横方向に大きく吹き飛ばされるアニマ。
粉塵の中で、勇者が回転、そしてその勢いで放ったバックブローが、敵を捉えたのだ。
アニマの側面は大きく抉れ、今にも飛び散らんとするほど、その形を崩す。
主な攻撃手段である大きな口は割けた。
再生するまで、次の行動は制限できるだろう。
『すぐ左は憎悪の魔王オディウ。独自の混沌魔法を使うが、溜めが必要なはず!』
既に詠唱に入っているオディウだが、そこは既に勇者の射程圏内。
指示より一歩早く動き出していた勇者は、オディウが魔法を発動する直前、わずかコンマ一秒に最速の拳、ジャブを叩き込む。
ジャブとはいえ、6トンの格闘家が繰り出すジャブは、オディウをたやすくグラつかせる。
体制を立て直す前にストレート—— 最速のコンビネーションは頭を捉え、爆散。
しかし、敵とて魔王。
操るは彼らすら凌ぐと言われる、不死王。
勇者は今の攻防の間で、二体の魔王に囲まれていた。
『右が狡猾、左が神聖! ヤバいのは神聖だっ! 硬いし自己回復するし、腐敗魔法は防ぎようがねえ!』
狡猾の魔王カリダスは捨て置き、神聖の魔王サキュラムに狙いを定める。
既に魔法発動直前、いくら勇者とて間に合わない。
咄嗟の判断で大地を蹴り上げ、礫と土による弾幕を浴びせる。
サキュラムにダメージはない。
だが、魔法の発動を一瞬遅らせることで、その先にいたはずの勇者が消えていた。
下。
サキュラムの顎に、勇者の踵がクリーンヒットする。
この動きは躰道。
その姿勢の低さと、突き上げるような蹴りが特徴の武術。
その蹴りの威力は、見た目からは想起できないほど強力である。
サキュラムの顎が弾け飛ぶ。
顎だけで済んだのは、サキュラムの桁違いな防御力あってこそだが。
—— 当然、勇者の攻撃はまだ終わっていない。
硬い相手、しかし人型の相手である。
勇者が持つ選択肢で最も効果的であろう攻撃は決まっている。
発勁。
衝撃を内部に浸透させるその技で、顎を砕かれ怯んだ敵の中心を叩く。
今までと違うのは、その威力が今までの十倍を越えるということである。
全ての衝撃を内部に受けたサキュラムは、その地点から波状的に爆散する。
ここまで粉々にしてしまえば、少なくともこの戦闘内で復活される恐れはあるまい。
あと五体—— 。
だがしかし、狡猾の魔王カリダスによる幻想魔法は、既に勇者を捉えていた。
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