思慮、思惑
—— ルクス王国、王座の間。
「高いところからすみませぬ、勇者殿。よくぞ、聖剣を持ち帰ってくださいました」
『勇者が聖剣を手にした』というニュースは、瞬く間に王国内に広がった。
無論、魔王軍に漏れるリスクも承知の上。
しかし、無駄に恐れてくれるならむしろ王国側のメリットになりうる。
聖剣は一度しか使えないのだから。
「組織のトップが簡単に頭を下げるな。……これが私の任務だっただけだ」
「ご配慮を……しかし、良い知らせがあれば、悪い知らせもあるのが、世の常ですな」
ルクス十世の言う悪い知らせとは、”魔王軍四天王”の復活。
狂気と非道の権化、不死王。
力と恐怖の象徴、鬼王。
血の探求者、戦王。
生命のユダ、竜王。
『祖の魔王』がかつて、魔王の座を争ったと言われる、魔族の強者たち。
その誰もが、『子の魔王』を凌ぐとされている。
「先日のハルピュイアは、不死王の差金です。調査を行った兵士は……いえ、ここでする話ではありませんね」
エレディス元帥は、唇から血を流すほど食いしばる。
狂気と非道の権化が、彼らにどの様な仕打ちをしたかなど、想像もしたくない。
「……して、勇者殿。もはや、選択を貴方に任せる他あるまい。時間が必要なら、補助しよう。—— いかがなされるか」
これは、本心である。
規格外な勇者であるが故、これまではなんとかなってきた。
だが、四天王相手となるとそうは行かない。
『子の魔王』を凌ぐ……それがどれほどの意味を持っているか、わからない国王ではない。
今までは”運良く勝利した”だけ。
それを誰よりもわかっているのは、国王なのだ。
一方で、これは本心ではない。
四天王が強力だからこそ、勇者でなければいけないのだ。
もし仮に、勇者が「時間が必要だ」と言ったならば、全力で補助しよう。
策を練り、軍を動かし、血を覚悟しよう。
だが、あまりに犠牲が大きすぎるのだ。
大切な国民を、国に忠誠を誓った兵士たちを、帰りを待つ人々を、これ以上犠牲にしたくないのだ。
願わくば——
「決まっている、私が行こう。考えるまでもない」
「かたじけ……ないっ……!」
国王は、泣いた。
自分の情けなさに。
自分の狡猾さに。
そして勇者の、広い器に。
見送りは行われなかった。
勇者が拒んだのだ。
他にやるべきことがあるだろう、民を大切にしろと。
勇者はたった四人で、王国を後にした。
「今回ばかりは、私も命を堵して、一矢報います」
エルディスは、人生最後の戦闘装束を身に纏う。
『傾国の大剣士』
彼が現役時代に授かった二つ名。
かつて、ルクス王国を揺るがすほどの紛争が起きた際、ほとんど一人でそれを沈めて見せたことから授かった。
現役を引退してから、二十余年。
一日たりとも、修練を欠かしたことはない。
むしろ、現役時代よりも『技』の磨きに時間が取れる様になったことから、その域はもはや『剣神』。
もはやお馴染みとなったカティオ、そして貴重な治癒術師であるプラビアを引き連れ、フルパーティで向かうは『ミレス平原』。
魔界と人間界の、ちょうど中央に位置し、過去最も多くの兵士が戦い、死んでいった場所。
現在行われている戦争でも、その最前線である。
そしてその戦況は、『不死王』の復活により一変していた。
アンデッド—— それは度々、腐った死体や白骨化した死体が活動するそれを意味する。
既に死んでいるからこそ、これ以上はもう死なない。
故に不死。
だけではない。
不死王が司るは、逆説的に”生”と”死”である。
それらの定義を曖昧にしてしまうほど、不死王が司るその力は常軌を逸していた。
不死王が操るのに、もはや生死など関係ない。
正確に言えば、命ある者かどうかなど関係ない。
万物を”生”と捉え、”死”と仮定する。
その正体は、万物の操術者である。
「勇者様御一行が到着されました!!」
幾晩かを越えて、『ミレス平原』が見晴らせる基地に到着する。
馬車を降りたプラビアが漏らした一言は、「酷い」である。
ミレス平原には狂気が満ちていた。
切っても焼いても立ち上がってくる死体を前に、兵士たちは戦意を喪失し、締め殺され、そしてその亡骸がまた立ち上がり、兵士たちを襲う。
そしてその背後には、巨大な土や樹木のゴーレムが、質量にかまけて仲間ごと兵士を圧殺する。
これは戦争ではない。
一方的な虐殺である。
「……この通り、我々にはもはや、奴らの進軍を妨げる術はありません。……今……私たちは、奴らに……遊ばれているのです……っ!」
これほどまでとは、とエルディスは驚愕した。
当然、最前線に送り出した兵士たちは、とりわけ歴戦ばかりである。
手塩にかけて育て、意思を共有し、盃を交わし、王国の未来を誓った兵士たち。
それが、遊ばれている? 虐殺されている?
許せるわけがない。
同時に、受け入れられるはずもない。
我を失いかけたエルディスは、勇者の一言で我に返る。
「貴方達に敬意を表する。よく耐えた。後は任せろ」
だからこそ、我々が来たのだと。
これ以上、奴らの好きにさせてたまるかと。
エルディスの頭に登った血は一瞬で氷点下を割り、冷たい殺意に変わっていった。
「勇者殿……道は、必ず私が斬り開きます」
こちらの20話が漏れて先の話が投稿されておりました。
大変失礼いたしました。。
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