吸血鬼退治
「ちょっとイギリスまで頼む」
「知ってた? オレってタクシーじゃないんだよ」
土曜日の十八時半、何の前触れもなくそんな事を言ってくる玲壮に、怜楓は困惑の表情を浮かべながら返答する。
「知ってるが」
不思議そうな顔で首を傾げながらそう答える玲壮、悪意が一切ないのだコレが。
別に玲壮が怜楓を足代わりにすることは初めてじゃない。
本来は手軽に出来るないような転移を散歩代わりに使える怜楓も普段なら玲壮をイギリスに連れていくのもかまわない、ついでに近くで見学してたいしちょっかいも出したりするだろうが、今日は正直そんな気分じゃない。
「何でオレが?」
魔法使うの面倒臭い、てか運ぶだけで終わる気がしない。
今日は一日中家の中で本読んでたい。
「残念な事に俺は転移が使えない」
「転移がなくっても行けるでしょ」
「労力が割に合わない」
そりゃそうだ、玲壮が正攻法を使わずに外国に移動する場合は空中に障壁で道を作ってその上を走る、という見ているこっちの体力が削られそうな方法だ。
それをガチでやられると後でその痕跡を怜楓が一々消していく必要があるから正直やめて欲しい、身体能力エグいから全力で走ると基本視認できない、けど見えてる奴は見えてるし映像として残ってたりもする、探すの結構面倒なのだ。
「……鴻籠邸」
さて、どうしようかと怜楓の中で天秤がグラグラ揺れていると玲壮がそう呟く。
前に玲壮を連れて行った幽霊屋敷、埋め合わせとして要求された事は出来る限り断らないと決めていたからその件を出されると弱い。
「ついでにちょっと手伝ってくれ」
後、やっぱり運ぶだけじゃ済まなかったな。
「今回の目的は?」
「言ってなかったか」
「聞いてないね」
「最近イギリスで出た吸血鬼の討伐を頼まれた」
「あぁ、やっぱり」
「分かってたのか」
「予想は付くよ」
吸血鬼――東欧の伝説をベースとした怪物。
人の生血を啜る、日の光に弱い、コウモリや霧に体を変化させる、血を吸い尽くした獲物を自分の眷属である食人屍にするし食人屍に噛まれた普通の人間は同類に堕ちる、身体能力も再生能力も高めで魔力もそれなり。
まぁ、吸血鬼が出たのは怜楓も知っていた。
というか、知る気がなくとも勝手に報告してくるのが近くにいるのだ。
それはいいとして、玲壮に話を持って行ったのは何処の誰なのか、心当たりがありすぎて絞り切れないな。
「吸血鬼なら、動き出すのは日が沈んでからだと思うんだけど」
「だろうな」
「じゃあ向こうが夜になるの待った方がいい気がするんだけど」
「それだと観光できないだろ」
「観光するの? 何で?」
「外国まで行ったんならしたくなるだろ」
「飛行機取って行けば?」
転移で入国したとなると密入国になる、普通に犯罪だ。
怜楓としては観光したいなら飛行機取って普通に行って欲しい、後が面倒だから密入国は巻き込まないで一人で勝手に、否、そっちの後始末も面倒だからやっぱやるな。
「時間かかるだろ」
悪意が無いのだコレ、不思議な事に。