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二階に上がり、一階と同じくまずは右に進んでいく。
屋敷の二階部分は居住区画らしく一階の部屋と違い多少の生活感がある部屋がある、恐らく侍女の部屋なのだろう。
クローゼットや机の引き出しを調べると日記が出て来る。
内容に目を通すが、目新しいものはない。
この屋敷の主人が生きていた頃、死んだ後がメイドの視点で書かれている。
「思ったんだが」
「ん」
「異界なのに日記や本とかが何故こうも出て来るんだ?」
「この空間に関して言えば、異界を作るとき核の素材になった人間が影響して取り込まれたんだろうね」
「そういうものか」
メイドの部屋以外には特になにもなく、最後に元凶がいるだろう方向に進んでいく途中で、浮かんだ疑問を怜楓に疑問を問いかける。
「少なくとも二人は人間の手で殺されてるにしては、この屋敷は綺麗すぎないか?」
「それじゃあここでクイズを一つ、腕力がそれほどない人間が成人を効率よく殺して素材にするにはどうすればいいか」
なるほど、確かに同性とはいえ成人を殺してから違う場所に運ぶのは難しい。
「殺して解体して組み立てるまでを一つの場所でやる、か?」
「今回はそれだったんだろうね、お前も気付いてるだろうけど二階西側最奥の部屋、そこを核にしてこの異界が形成されてる、最速で解決するなら最初からそこに直行するべきだっただろうね」
「それがわかってたんなら、最初からそこから調べれば良かったんじゃないのか?」
「こういうのは全部回るのがセオリーでしょ」
「今回のリアルホラーゲームの感想は?」
「目新しいものはないね」
そんな軽口を叩きながら二人が屋敷の中央、柱時計の前を通り過ぎようとしたあたりで、前触れなく鐘の音が響く。
「来たみたいだね」
「わざわざ警告してくれるのか」
目の前の廊下の奥からふらふらと覚束ない歩みで、けれど素早く二人に近付く女が一人。
ボロボロの服を身に纏い、首には致命傷だろう傷、そこから噴き出たのか頭部も衣服も赤黒い。
この空間の主を作ったその女は、死後この空間に取り込まれたのだろう。
「怒ってるな、無断で入ったからか?」
「折角集めた子供のおやつ勝手に消しちゃったのもあるだろうね」
おやつか、確かにこの屋敷内の霊は見つけ次第祓っていたが、怜楓が言った通り食う為に集めていた可能性が高いようだ。
「自分の意志でしてるのか、そういう存在として取り込まれてるのか」
「両方だと思うよ」
そうこう言ってるうちに二人の傍にまで女が近づき、手が伸ばされるが、その手が届く前に玲壮が左手で女の頭を鷲掴み、手に魔力を籠め浄化と共に元凶との繋がりを切る。
その瞬間に体の動きが止まり、伸ばされた腕が力なく垂れ下がる。
次第に体が枯れていき、玲壮が手を離すと重力に従い床に引き寄せられ、崩れひび割れ砕け散る。
「壊れた」
その一言で表せるほど呆気なく崩れた。
「酷使されたんだろうね、魂がボロボロだったよ」
「一応は親みたいなもののはずなんだがな」
「成長するために使えるものは何でも使い潰す、いいね」
「お前はどっち側だ」
「さあね、ま、今は人間側だよ」
大丈夫なのか心配になりながら時計、正確には時計に隠れていた男に目を向ける。
そこに立っていたのは時計を鳴らした犯人であり先ほどの女の夫、この屋敷の主人だったモノは、穏やかな笑みを浮かべ自ら消滅する。
「勝手に消えた」
「未練が無くなったんだろ」
「結構呆気ないね」
そう興味なさそうに呟いて、足早にその場を通り過ぎる。
途中にある扉にも入らず真っ直ぐ進む怜楓に、玲壮はいいのか問いかけるが「もうイベントなさそうだし、いいや」と返される、ようは飽きたのだろう。
やっぱり大丈夫なのか不安になりながらも言ってもほとんど意味などないだろうという確信と、正直玲壮もこの状況に飽き始めていたため黙ってついていき、とうとう最後の扉に辿り着く。
丸まった胴体に短い手足、大きな頭部の三分の一を占める目がギロリとこちらに向く。
その中にいたモノを言葉で表すのならば、胎児だろう、通常の数倍の大きさの。
「さっさと終わらせてさっさと帰るぞ」
「同意見だよ、流石に面倒になってきたし」
「ここまで連れてきたのお前なんだが?」
まぁ、この件は良くないがこの際いい、後で埋め合わせは絶対させることを心に決め、玲壮は右手の天色の宝石が付いた腕輪を剣の形に変え、眼前の胎児モドキが動き出す前に四等分に切る。
それでもまだ消滅しないようらしいソレは、赤い霧のようなものに包まれ、球体状に少しずつ小さくなっていき、飴玉のようになったそれが怜楓の口の中に放り込まれる。
いつものことだが、胎の中で蟲毒でも作るのか何なのか、特に詳細を聞く気はない。
玲壮が前に味を聞いた際は、人間の食うものじゃないという返答がされたが、じゃあ何で食ってんだという問いは飲み込んで、体に害が出ないように気を付けろとだけ言って放置している。
空間を形成する核がなくなったからか、ここに入ってきた時と同じように眩暈を感じ、次の瞬間には屋敷の玄関扉の前に立っていた。
色々言いたいことを心の中に押し込め、一言だけ口にする。
「さっさと俺を家に帰せ」
「分かってるって」
***
リビングのソファに照明を点けずに寝転がりながら、怜楓は感情が抜け落ちた顔でスマホに数字を打ち込んでいく。
数コール後、目的の人物が出る。
『今、何時か分かります?』
丁寧だが明らかに寝起きかつ少し苛立ったような声に、怜楓は口元に笑みを浮かべ、三時四十六分と答える。
『分かってるのなら何故こんな時間に電話してきたんですか?』
「睡眠妨害っていいよね」
『切りますよ』
「冗談だよ、この間頼まれた件終わらせた報告」
『その件ですか、否それでもこの時間にする必要ないですよね』
「さっき終わらせてきたんだよね」
数秒の沈黙の後返ってきたはぁ⁈と間の抜けたような驚いたような声に、怜楓はにっこり。
『お前は何でこんな時間にそんなとこ行ってんだ』
「肝試しと言えば夜でしょ、後口調が荒くなってんじゃんウケる」
『ウケるじゃね、ありませんよ、肝試し感覚で行くような場所じゃなかった筈なのですが』
「生きてるだけで周りを浄化して低級の霊なら近づくだけで祓う奴連れてったから」
『貴方の人間関係が気になりましたが、この際聞きません』
聞いても無駄でしょうし、言外に含まれたその言葉には触れず、そうそうと付け加える。
「最終手段使うにも深夜の方が良かったんだよね」
『一応聞きます、最終手段とは?』
「屋敷とそのあたり一帯更地にする」
『今お前に依頼したことを猛烈に後悔してる』
「お前にオレより実力ある知り合い居るの?」
『実力と人間性はイコールしない、お前を見てるとよく分かる言葉だな。実力だけ高いヤツより、人間性もある程度まともなヤツに頼めばよかった』
「酷いなぁ、結局無事なんだからいいじゃん。ていうか猫被るのやめたんだ」
『人の目もないのにお前相手に敬語で話すのが馬鹿らしくなった』
「この前も同じこと言ってたね」
そんな感じでしばらく軽口を叩くと相手が眠いらしく電話を切る。
通話画面に戻ったスマホを怜楓はこれまた表情が抜けた顔で見つめ、今回の件の埋め合わせに玲壮は何を求めるのか楽しみにしながらスリープ状態にしてそのままソファの上で眠りにつく。
なお、次の日リビングでそのまま眠った姿を見つけた玲壮に小言を言われる未来が待っている。