御守りを貰った話
小さい頃の椿の、少し不思議な話。
少し昔の話。
「お母さんなんて大嫌い!」
些細な事で母と喧嘩した椿は、そう叫んで家を飛び出した。
日が傾き始めた時間で、意味もなく適当に走ってたら山の中で、母への怒りもなくなってたけど家に帰り道が分からなくって。
そのまま軽い冒険気分歩みを進めると、急に開けた道に出た。
さっきまで木々に囲まれてた筈なのに、椿の周りには夕日に照らされたテレビの中でしか見ないような建物が並んでいた。
そこがどこなのか分からなくって、立っていると鼻に変な匂いを感じる。
その方向に目を向けると、そこに立っていたのは巫女服に身を包んだ七歳の椿よりは背が高いが、それでも幼い青みを帯びた白銀の髪の少女。
「きつねさん……?」
その少女を目にした椿のそのつぶやきの通り、その少女は白い狐の耳と九本の尾を持っていた。
「誰ですか? お前」
銀と金の瞳が椿を見つめる。
「つばきだよ」
「つばきですか」
「うん!」
「それじゃあつばきは、どうしてここにいんですか?」
「えっとね、わかんない」
「分かんねぇんですか」
「うん!」
元気に答える椿に少女は「帰り道は分かりますか?」と尋ねる。
「わかんない」
「迷子ですか」
「そうかも」
少し元気をなくした声に、少女は首を傾げて口を開く。
「帰りたいですか?」
「かえりたい」
「そうですか、じゃあ特別にボクが帰り道まで送ってやります、精々感謝しやがるです」
そういって少女は椿を抱え上げて歩き出す。
「ねえねえ、おねえちゃんのなまえは?」
「ボクの名前なんざどうでもいいんですよ、どうしても呼びたきゃ御狐様とても呼ぶといいです」
「やっぱりきつねさんなの?」
「唯の狐じゃねぇですよ、人間に祀られている神です、かれこれ千年は生きてんです」
少し自慢げに自身の事を話す少女に、椿は目を輝かせて更に質問しようとしたあたりで少女の歩みが止まる。
目を鋭くさせて見つめる先に椿が目を向けようとして、少女が「見ねぇ方がいいですよ」と掌で視界をふさぐ。
頬に熱を感じ、耳にナニかの断末魔と少女の「うるせぇんですよ」という言葉が届く。
「耳もふさいといた方がよかったですかね」
手を離してそう零す少女の耳が少し伏せていて、椿は改めて疑問を口にする。
「おねえちゃん、しっぽさわっていい?」
「……特別に許してやります」
何か言いたそうな目を椿に向けながら少女が尻尾を動かして少女に近付け、ふわふわのそれに椿は抱き着いて頬擦りして緩い笑みを浮かべる。
そうしている内に少女が立ち止まって椿を下す。
「付いたですよ」
「どこに?」
「出口にですよ」
「でぐち、おうちかえれる?」
「そこまで逸れてねぇみてぇですし、この道を真っ直ぐ行けばいいです」
そう前を指さす少女は、すぐに椿に目を落とす。
「さっきの事は忘れるといいです、覚えててもいいことなんざ一つもねぇです、特別にボクが忘れるのを手伝ってやります」
少女は椿の眉間を指で軽く弾いて、銀色の鈴を椿の首に掛ける。
「やるです、御守りです、これで帰り道は万に一つも危険な目に合うことはねぇです」
もう二度と迷い込むんじゃねぇですよ
そう言って椿の背中を軽く押して少女はその場から風の様に消える。
少女が消えた場所を数秒眺め、椿は示された道を歩く。
道が少しずつ開けて、さっきまで歩いていた土の道が嘘の様にアスファルトの地面の上に立っていて、空には月が浮かんでいた。
後ろを向いてもそこにあるのは塀だけで、さっきまで周りを覆っていた木々はどこにも見えない。
不思議がってきょろきょろ周りを見ていると椿を呼ぶ声が聞こえる。
そこには母が荒い息を吐きながら走ってきていて、椿を見ると安心したように抱きしめる。
どこ行ってたのと聞かれて、椿は答えようとした。
「えっとね、えっと」
答えようとして、上手く思い出せない事に気付いた。
どこだっけ、確か、確かそう。
「もりでね、おねえちゃんにあったの」
いつの間にか森にいて、それで、何があったんだっけ。
それ以上が思い出せない。
うんうん唸っている椿に母親も困って、帰ろっかと手を引く。
「その鈴、どうしたの?」
椿が首を見てそう問いかける母の視線の先には、さっきまで気付かなかった鈴がかかっていた。
「えっとね、う~ん、わかんねぇです」
***
華藤が所持している書物や道具に興味が沸いて怜楓が定期的に通っていた時期があった。
マソレに関してはどうでもいい、家の人間にバレて問題にならなければ自由に好きにすればいいと思う。
そんな中で怜楓が椿のところに寄った時、部屋の中にあった物に気になったものがあったのか首を傾げる。
「これ、どこで手に入れたの?」
そう言って怜楓が指さしたのは青い紐を通した銀色の鈴。
そう言われた椿は目を数回瞬かせ、さて、どこで手に入れたのかと記憶を掘り返す。
椿が母親の元にいた頃から持っていたものだが、何時からあったのかどこで手に入れたのか、記憶にもやがかかったように思い出せない。
確か誰かに貰ったものだった筈で。
誰に貰ったのだったか。
頭を抱えてうんうん唸っていた椿に怜楓は「思い出せないなら無理しなくていいよ」と言葉を掛ける。
「それ、神の力が宿った本物の御守りだよ」
マもう殆ど力は残ってないけど、大切にしてたら喜ぶんじゃない?
それだけ言って、その場には何もなかったかのように消える。
相変わらず言いたい事だけ言う怜楓の姿に、まだ慣れてなかった椿は引き止めるように伸ばすが当然意味はない。
「御守り」
怜楓が本物だというのなら、ソレは本当に神の力が宿った物なのだろうが、本当に記憶にない。
マ思い出せないならそれまでだろう、無理する必要ないって言ってたし。




