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今回の事の顛末を語る怜楓の話に、正面で黙って耳を傾けていた肘掛けに頬杖を突いた額から二本の角が生えた男。
容姿端麗という言葉に着物着せて角生やしたようなその男は、もう片方の手に持った煙管の吸い口を咥え深く吸い込み紫煙を吐き出すと、瞑っていた瞼を片方開き、琥珀色の瞳を朱色の盃に入った酒を飲む怜楓に向け
「そうか」
とだけ言って口を閉じる。
その男の名は酒呑童子。
嘗て丹波の大江山に住んでいたと伝わる鬼の頭領、帝の勅命を受けた源頼光率いる四天王により退治され黄泉に渡り、なんやかんやであって現世に戻ってきて、マ色々あって現在、怜楓の住んでいる辺りのある一帯の土地と鬼を統べるものとして住み着いている。
そんな彼が怜楓と知り合い現在事前連絡なしでいきなり自室に現れても許容したり、一緒に酒を飲んだりするような仲になるまではこれまた色々あったが、ソレに関しちゃ今回は割愛。
怜楓は空になった盃に注いだ酒が揺れる様から正面に視線を移し、そういえばと軽い感じで問いかける。
「今回、死んだのいるみたいだけど戻そうか?」
「お主からの申し出とは珍し、どうした?」
「こういうときは責任を感じて何かしら行動するべきかなぁ、て思って」
反省も後悔もしていなければ責任を感じてる風もない、相変わらずの笑みを浮かべそう答える怜楓に、目を閉じてもう一度煙管を深く吸い込み紫煙を吐き出す。
顔を上げて両の瞼を開いて怜楓を見つめ口を開く。
「……遠慮しとこう、またどやされるのはごめんだ」
「そ? マお前がそれでいいならいいけど」
「一応聞くが、今回の感想は?」
「色々予想外だった、実に興味深いね」
「お主やはり人間向いとらんな」
「ひどいなぁ」
酷いとは全く思っていなさそうな表情でそう返し、マ知ってるけど、と付け加え盃に入ってた酒を飲み干し立ち上がる。
「何だ、もう行くのか」
「今回はホントに説明とさっきの提案だけだったからね、これから寄らないといけないとこもあるし」
「そうか」
また来るよ、そう言い終わるか終わらないかで怜楓が姿をくらますのを見送って、煙管から盃に持ち替え、怜楓が持ち込んだ酒を注いで一口で飲み干す。
***
着物姿の女が廊下を歩く。
翡翠の瞳以外はこれと言って特徴のない顔立ちの彼女はしかし、その真っ直ぐ前を見据える瞳と厳格な表情を携え、着物を着崩すことなく歩くその姿からは二十四とは思えない威厳を感じる。
自室の前、障子を開け室内、畳の上に置いてあるちゃぶ台を寄りかかっている少年の姿を視界に収めた瞬間勢いよく閉める。
室内から小さく笑い声が聞こえる気がした、多分気のせい。
何故か己の自室の前で立ち竦んでいると障子が開かれ自然な動作で部屋の中に招かれる、ここ自室の筈なんだが。
「どうして貴方がここにいるのですか?」
「あれ、届けに来たの」
そういって少年、否、怜楓が部屋の隅を指さす。
そこに転がっている男の顔に見覚えがあった彼女は沈んで行く気分を表情に出さないようにしながら感謝の言葉を伝える。
彼女の名は華藤椿、代々祓い屋を営む華藤家、その本家の当主だ。
彼女が当主の座に収まるまでには怜楓との出会いを含めた色々な事があったがその件は割愛。
「ですが、女性の部屋に無断で上がるのはどうかと」
座布団の上に正座しながらそう尋ねる椿に、正面に座りながら怜楓は防音と施錠はしてあるよと声を掛ける。
「もっと早く言え」
その言葉と共に、椿は先程までの丁寧な口調を投げ捨て着物なのを気にせず座り方を胡坐に変える。
「何時ものことだけど、変わり身速いね」
「疲れんだよ」
「じゃ、やめればいいんじゃない?」
「この家の連中にはウケ良い、せっかく長年かけて被ってきた猫を今更捨てんのは勿体ねぇだろ」
整えられた髪を気にせずかき乱しめんどくせぇけど、と呟いてから視線を怜楓に戻す。
「それはそうと、お前は何でなんの断りもなくオトメの部屋に上がり込んでるんだ?」
「予定無いのは事前に確認してるし、こっちの方が手っ取り早かったからだけど、駄目だったの?」
「悪意も下心もないってわかってても驚くんだよ」
「そういうもん?」
「そういうもんなんだ」
次からは気を付けるよとやめるとは言わない怜楓に、椿はマいいかと部屋の隅に視線を向ける。
「記憶が正しけりゃアレは確かアタシのお兄サマだったはずだが、今まで一年もどこにいたんだ?」
「新興宗教」
「それって最近誘拐事件起こしたとかいうとこか?」
「正解」
「やっぱお前なんかやったのか」
「バレてた?」
「当たり前だ」
被害者全員ご丁寧に本殿の中で寝かされて、誘拐されてた間の記憶が綺麗さっぱりなくなってるわ、なんか一瞬緩んだ霊脈が何もなかったように修復されてるわ、なんかデカいの呼び出そうとしたらしい術の残骸もあったのに何も感知できなかった。
椿の知ってる限りここら辺でそんなことが出来る奴は怜楓だけだ。
「訂正しとくけど」
「なんだ?」
「霊脈修復したのはオレじゃないよ」
「じゃあ誰がやったんだよ」
「オレの、まぁ、お兄チャンに、なるね」
「お前家族とかいたのか?」
「そりゃ一応人の子やってるからね、肉親はいるよ」
驚いきの表情を更に深める椿に、怜楓は笑みを浮かべて立ち上がる。
「じゃ、オレもう行くから」
「もうか」
「うん、これからちょっと説教されないといけないらしいから」
「せっきょう」
言葉を繰り返すように呟いて瞬きを数回、椿は近づいてきた怜楓に手を取られ立ち上がる。
指をパチンと鳴らして椿の髪や服装を部屋に入る前の状態に戻すと姿をくらます。




