後の領主、ゴブリン村を訪れる
「ごしゅじんさま、ゴブリンの巣の場所を間違えたんですかね?」
「地図だと大きな岩のあった先だからここでいいと思うんだけどな」
村の住人の青年に聞いてみた。
「ゴブリン村ですか? ええ、たぶんこの村のことです」
なっ!
その姿でゴブリンなのか?
すげーな、おい。
この見た目はどう見ても人間に見える。
目の前で立っている鍬を担いだ青年がゴブリンらしい。
ドラゴンぐらいなら当たり前に人化できるっていうか、すぐそこにもサンプルがいるんだが、ゴブリンが人化できるとは初耳だ。
「僕がゴブリンですって? ははは、面白いことを言いますね」
青年は大笑いした後に続ける。
「元々この開拓村にはゴブリンなんて住んでいないですよ」
じゃあ、なぜにゴブリン村といったんだ?
「貯水池に水を貯める交渉で揉めたセージの村の村長が、俺たちをゴブリン呼ばわりしたんだと思います」
話を聞いてみるとこの青年は開拓村の村長であった。
元々セージの町の住民であった彼ら。
ゴリオール村長の自分勝手過ぎる圧政から逃れてこの地に開拓村を作ったらしい。
「僕はここパセリ村で村長をしているマイオールです。あまりに高い税金やら、自分の思い通りに事が運ばないと暴れる父から逃れてこの地で新しい村を起こしたのです」
元々セージの町はゴリオール家と使用人たちと住んでいた集落が始まりだそう。
広大な農地に仕事を求めて人々が集まってきたのが町となった。
先々代ぐらいまでは住民のことを考えるいい町長だったらしいが、今では豊作だろうが不作だろうが高い税金を掛ける支配者になり下がった。
川から汲む水まで使用料をとったり結婚するのにも高額な申請料を取る始末。
さらに酷いのは気になった娘がいたら婚約者がいようがいまいが自分の妾にする横暴っぷり。
どんだけ節操がないんだか。
さすがにこれではやっていけないと、若い住民を中心にこの地に移り住んだとのことだ。
「それが気に入らなかったんでしょうね。僕らをゴブリン呼ばわりしてこの地を追い出そうとするんです」
俺たちみたいな冒険者が定期的に追い出しにやってくるそうだ。
冒険者なら話をすれば帰ってくれるそうなんだが、最近は話の通じない野盗まがいの荒くれ者まで送り込まれるので結構苦労してるとのこと。
こんなひどい扱いをしてくるのだがゴリオールとは一応血のつながった父親。
向こうはメイド扱いの妾の産んだ子どもなので息子とは微塵も思ってないそうだ。
「貯水池に水を張るのは春の耕作時期や夏の水不足の時期は避けているのに、どうしてここまで恨まれないといけないんでしょうね。しかも流し込む水は上澄み程度で大した量じゃないんですよ」
「村長、それはゴリオール町長がこの村を潰したいからですよ」
女性の村民だった。
村長に腕を絡ませていることからたぶんマイオールさんの彼女か奥さんだろう。
気が付くとゴリオール町長に不満のある村民たちの人垣が出来ていて口々に愚痴を言い始める。
「あの村長は血も涙もねぇ」
「俺の母さんもひどい目に遭ってきた」
「俺の彼女もあいつに盗られそうになって慌ててここに逃げてきたんだ」
「機会があったらやつをぶっ殺してぇ!」
不満が爆発して暴動一歩手前の勢い。
マイオールがなだめてどうにか収まっている感じだ。
「これはどう見ても依頼主である向こうの村長が悪いよな?」
「そうですね、ごしゅじんさま。どう考えてもセージの村長が悪いです」
「ラーゼル、これ以上ここにいても仕方がないから、そのあたりの森でゴブリンを狩って追い払ったということにしてさっさと帰ろうぜ!」
とりあえずモニカの案を採択し森でゴブリンを狩って証拠の武器を持ってセージの町に戻ることにした。
これで納得するとは思えないけどね……。
*
俺たちがセージの町長屋敷を訪れると、執事からゴブリンを退治したと聞いたゴリオールが笑顔でやってきた。
「どうでした? ゴブリンは退治できました?」
「ええ。これが証拠の品です」
机にゴブリンたちが使っていた石器武器を並べる。
それを見たゴリオールは顔をしかめる。
「これは私の言ったゴブリンのものじゃないですな」
やっぱり受け取ってもらえなかった。
最初からこうなるんじゃないかと薄々わかってたんだよね。
「他にもっと薄汚いゴブリンがいたろう。そいつを狩ってくれ」
人間を狩れって……。
無茶にもほどがある。
諦めて帰ろうかと思ったんだけどモニカはゴリオールに食らいついた。
「あの場所にはこれしかゴブリンはいなかった。私たちが嘘を言ってるとでもいうのか?」
嘘つき呼ばわりされたモニカは震える肩を押さえつけ必死に怒りを抑えてるようだ。
それを知らずにゴリオールはモニカをさらに煽る。
「さあ、無能なお前らにもう一度チャンスをくれてやる。もう一度パセリに行ってゴブリンを追い払ってこい! 今度は喋るゴブリンの方をな。追い払うまでは完了の受領印は絶対に押さないから、そのつもりでおけ!」
あー、これ、完全にダメなハズレ依頼だ。
時々こういうのがあるんだよね。
よりにもよって、俺がリーダーをした初めての依頼でハズレ依頼を引いてしまうなんて……最悪。
酒場に行って今後どうするかみんなで話し合うことにした。
*
「これ、どうすればいいんでしょうか?」
あまりトラブルの経験のないクランクが困り果てている。
ベランさんは落ち着いて最善策を伝える。
「一番いいのはこのまま俺たちがサテラに戻ってギルドに報告。そうすれば依頼はキャンセルになる」
「キャンセルしても必要経費は出ますよね?」
ベランさんは首を振る。
もちろん横にだ。
「いや、全ては出ない」
「えー! マジですか?」
「馬車代ぐらいなら出ると思うが、報酬はもちろんのこと宿代から移動の道中で使ったキャンプ場代や食事代、今こうして飲んでいる酒場代は払われない」
「なんですって? それじゃ大赤字じゃないですか!」
「ああ、このままじゃ大赤字さ」
ベランさんの言う通りだ。
移動でかかった経費は払う。
でも宿代のような依頼を受けても受けなくても生きていくために必要なものには金が一切支払われない。
依頼を完遂出来なかった者にはとことん冷たいのが冒険者ギルドだ。
「それを見越してあの男は無茶な要求をしてきてるな」
「ううう……また借金を背負うのか……」
クランクはメソメソと泣いた。
肩をポンと叩き慰めるベランさん。
俺たちの話を聞いていた酒場の常連が話しかけてきた。
この前モニカにどやされていた男たちだ。
「またうちの町長がやらかしたんですね」
「ゴブリン討伐でしょ?」
「ええ。ゴブリン退治に巣に向かったらゴブリンじゃなくて隣村の住人がいたんですよ」
「毎度のやつだな」
「町長に報告するとその住人を村から追い出すのが依頼だと言われたんです」
ため息をつく俺と酒場の常連。
「最悪な町長ですね」
「うちのゴリオールがすいません」
ペコペコと謝る住人たち。
「お前たちもこんな町長を持って大変だな」
「ええ、あんな町長に振り回されてこの町の未来はありません」
「最近では税金以外にも労働までさせられる始末で」
「きっと妾をさらに囲うために金欲しさに重税を掛けてるんです」
どおりで住人たちの表情が暗かったはずだ。
そこでベランさんは面白い提案をした。
「よし、あの町長に一泡吹かせてやろう!」
「どうやって?」
「依頼主に依頼達成を認めさせればいいんだよ」
「でもどうやって?」
「そりゃ簡単さ」
とても悪そうな眼付きとともに語り始めたベランさんであった。




