新たなる辺境伯と尋問
俺たちは地下室の倉庫に移動をし、椅子に縛り付けられた工作員の尋問を始める。
アレンさんが強い口調で聞いた。
「名前は?」
「プロが名前を聞かれて『はい』と答える訳がないだろ」
「素直に言うんだ!」
机を叩く音が地下室に鳴り響く。
俺はアレンさんを止めた。
「名前は聞かない方がいいですよ」
「なぜだ?」
「こいつを処刑したことが国にバレた時に、名前を知らなければ審判の宝珠による取り調べを回避できるかもしれません」
「なるほど、名前は聞かないでおこう」
審判の宝珠は自分が知っていることについて「はい」か「いいえ」を判断する魔道具だ。
例えば「この工作員を知ってるか」と問われたとする。
質問した者は『この男』を『見たことがあるか?』という意図で質問していたとする。
でも、回答者は『この男は知らない、名前を聞いたこともない』と答えれば最後の発言の『名前を聞いたこともない』に反応し青く光ることとなる。
名前を知らなければ質問内容や回答内容によって真実とは違った判断をすることもあるのだ。
冷たい目をしながらアレンさんは続ける。
「領民を殺した犯人を生きて帰すわけもないんだしね」
その冷たい目を見て工作員は生きて帰ることは厳しいと知り青ざめる。
「な、名前はジャックだ!」
名前を名乗る工作員。
完全にこちらのペースである。
別に名前なんて俺とアレンさんの持っている鑑定を使えばわかることだ。
尋問をこちらのペースで進めるために、このような手順を踏みたいとアレンさんから頼まれたのだった。
意外と怖いことを知ってるな……とビビったんだけど、昔読んだ小説の知識だそうだ。
「何が目的で祭りに出店した屋台で毒入り食品を配ったんだ?」
当然ジャックからの返事は無い。
「お前のせいで多くの多くの住民が死んだんだ! お前のせいで10歳の女の子も死んだんだぞ!」
アレンさんが涙目になって胸倉を掴む。
毒カレーはモニカとヒーラが食べつくしたので領民に被害者は居ない。
これもアレンさんの演技であり作戦だ。
偽の任務達成情報を与えることで満足させ、口を軽くさせる心理的誘導方だ。
「俺のカレーを美味いと言ってくれたあのちいさな子も死んだのか……」
多分モニカのことを言ってるんだろう。
少しだけジャックの目に後悔の念が浮かんだ。
「何の目的でこんなことをしたんだ?」
「…………」
ジャックは口を割らなかった。
プロなら当然だ。
ここで作戦を変える。
「さてと、口を割らないので拷問に移りますか」
ジャックはニタリと笑う。
プロの工作員であれば大抵の拷問には耐えられるような訓練を受けている。
切傷、刺傷、火あぶり、水攻め……。
それらを耐えられなければ工作員ではない。
だが、アレンさんが用意した拷問はそんなものではなかった。
地下室から連れ出されたジャックが見たものはドラゴンとヒドラとヴァナルガンドだ。
『この魔物たちに食われるのか?』
ジャックは身構える。
だがアレンさんが行った拷問はそんなものじゃなかった。
ドラゴンの足にロープでつながれたジャックは……。
「モニカ、思いっきり全速力で空を飛んで、そいつを振り回して気絶させたら戻ってこい」
『まかせるんだ』
バッと翼を広げ急上昇!
そして飛んだと思ったら15秒ぐらいで戻ってきた。
『こいつ、もう気絶したぞ。なんかよわっちいな』
猛スピードで空を飛ぶ訓練なんて受けられるわけがないので気絶して当然である。
ジャックにバケツで水をぶっ掛けると胃の中の物を戻し続けた。
「どうだ? 吐く気になったか? もちろん、胃の中の物じゃないぞ」
「だ、誰が吐くか! うぎゃー!」
再び、空の旅をジャックは楽しむことになった。
*
「はあ、はあ、はあ」
真っ青な顔をしているジャック。
そろそろ限界かと思ったが意外としぶとかった。
「どうだい? そろそろ言いたくなってきたろ?」
「絶対に吐くか! これだけ空を飛んだらだいぶ慣れてきたから、もうこの拷問はあぎゃー!」
再び、空の散歩を楽しんだジャック。
尋問をしている俺たちを見つけて、グラトニーさんがやって来た。
「お前たち俺がせっかく作ったコカトリスを食ってないだろ? 脂が乗ってる一番いい部位を持ってきてやったぞ」
大皿に盛られたコカトリスの焼き肉がとてもいい匂いを放つ。
「ところでなにをやっているんだ?」
「ちょっと事件がおきまして犯人を尋問中です」
「それであの叫び声か」
「なかなか吐いてくれなくて困ってるんです」
「それなら俺に任せてくれればいいのに」
「グラトニーさん、尋問なんて出来るんですか?」
「任せてくれ」
ということでグラトニーさんが尋問を行うこととなった。
人の好さそうな顔をしてるけど、拷問なんて出来るのかな?
*
地下室にジャックとグラトニーさん。
ジャックは相変わらず椅子に縛り付けられている。
「まだ犯人と決まったわけでもないのに、やり過ぎた尋問ですまなかったな。君の身柄は国からの使者がやってきたら引き渡すことになった。」
「師匠の後ろには貴族が付いているんだから、後でどうなっても知らないからな」
「師匠と貴族?」
余計なことを言ってしまったとジャックは慌てて口をつぐんだ。
グラトニーさんは笑顔で謝る。
「あ、すまない。取り調べ官でもないのに余計な詮索はするのはルール違反だな」
と言って、犯人の前に『ウナーキ』を出す。
とても香ばしく、とても芳醇な匂いが鼻を掠める。
「見たことのない料理だけど、いい匂いがして美味そうだな」
「匂いだけじゃなく味も最高で美味いぞ。違法な尋問の詫びだ。さあ食え!」
ジャックは椅子に縛り付けられていて身動きが取れないのでグラトニーさんが代わりに食べさせる。
スプーンですくってジャックの口の中に入れる。
香ばしく芳醇でそれでいて清々しい味がジャックの口の中一杯に広がった。
「なんだこれは! 今まで食ったことが無い味だ!」
その味は未体験。
身体の隅々、いや髪の毛の一本一本が逆毛立つ程の衝撃が駆け巡る。
『なんだこれは? 美味い! 美味すぎる!』
「どうだい? 美味いだろう?」
「ああ、美味い! こんなものを食べたのは始めてだ!」
グラトニーさんはさらにもう一口、ジャックの口の中にウナーキを運ぶ。
あまりの美味しさにジャックの顔が蕩けた。
声も出なく、息をするのも忘れてしまうほどの美味しさだ。
これを食えるのならば死んでもいい、そう思えるほどの美味しさだった。
そして、3杯目……。
ジャックの鼻の前でスプーンを止める。
「どうした? なんで食べさせてくれない?」
「食いたいか?」
「当たり前のことを聞くなよ」
グラトニーさんの目が細まる。
何か嫌な予感がする。
でも……ジャックには目の前にあるスプーンしか目に入らない。
「食わせろ! 今すぐ食わせてくれ!」
「じゃあ、なんの目的で毒カレーを配ったんだ?」
「それは……」
「じゃあ、これは俺が食ってしまうかな」
スプーンを自分の口に運ぶグラトニーさん。
それをジャックが慌てて止める。
「ま、待ってくれ! なんでも言うから!」
「じゃあ、なんで毒をばら撒いた?」
「毒入りカレーを使い、住民を殺し……」
スプーン一杯ごとにペラペラと話し始めるジャック。
ジャックがウナーキを全て食べた時には洗いざらい知っていることを暴露してしまい、工作員としてあるまじき失態に身悶えするほどの後悔をするのであった。




