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短編集「死の物語」

「最後にあなたと繋がれて良かった」

作者: 九十九疾風

 満月の夜、一人の少女が路地裏にいた。中学一年生くらいだろうか。まだあどけなさが残る顔には、そこにあること自体が不自然なほどになまめかしい雰囲気があった。みだらに服をはだけさせた少女は月に向かって呟いた。


「やっと見つけた......ふふふ。楽しみね」


 今にもとろけそうな声で少女は月に手をかざす。その瞬間、少女は本当の姿を現す。はるか昔より人間を襲い、精を搾取することを生業としてきた種族。その生き残りに......



・・・



 はるか昔、とある人間が不思議な種族を拾った。背中から枯葉を思わせるような羽をはやし、先端がよくわからない形になっている尻尾を持った一糸まとわぬ姿の女性。その女性を家に持ち帰り、目が覚めるまで看病したという。

 その人間は目が覚めた女性に、お前は何者だ。と聞いた。するとその女性はこう答えたという。


「私はサキュバスでございます。助けていただき、本当にありがとうございます。あの......突然で申し訳ないのですが、お腹がすいてしまったので......」


 サキュバスと名乗った女は発情した目で人間に襲い掛かり、死ぬまで精を搾り取ったという。その日から、人間界にサキュバスが大量に移動してきた。

 そしてそのまま今に至るとされている。人間が一つの対抗策としてサキュバス殺害許可令を出したが、生物的本能にあらがえたものはいなかった。さらにサキュバスは、昼間は人間と同じ姿になることができた。そのため、どこにサキュバスがいるのかを特定することはほとんど不可能だった。


「さぁて、今日は誰を襲おっかな~」


 少女は服で尻尾を隠しながら、まだ微かに賑わいを見せる街を歩いていた。ワンピースともとれるダボっとした焦げ茶色のTシャツの上に大きめのカッターシャツを羽織っており、いつでも襲えるうえに周りから見たらただの痴女なので、獲物を誘い込みやすいという考えのもとで作り上げた少女独自の正装だ。というのも、少女はまだ子供であるため、体が小さい。普通は親がとってきた精を分けてもらうのだが、少女の親は数年前に他界しており、それからずっと自分で集めていた。


「なぁ嬢ちゃん。こんな時間にどうしたんだい?お母さんは?」

「えっとね......私のお母さん、もう死んじゃったの。帰る家もなくて困ってて......」

「そうかそうか。それは大変だね。どうだい?家来るか?」

「え!いいの?ありがとうおじさん!」


 屈強な男が少女に声をかけた。男はただの善意で少女を助けようと思ったのだろう。それを少女に利用されてしまうなんて知る由もなく、少女を自分の家に入れた。


「まぁゆっくりしてけ。俺一人で住んでるからな」

「そうなんだ。でも、なんで私なんかを助けたの?」

「さぁな。俺と少し似てたから......かもしれねぇ」


 少し悲しそうな顔をしている男性の気持ちを理解することは、少女にはできなかった。少女の中で男性は、ただの食料でしかなかったのだから。


「俺の母親も父親も死んじまったのさ。母親はヤクザどもに連れ去られて死んだ。父親はサキュバスに搾り取られて枯れた」

「そっか」

「おいおい、人が悲しい過去話してやってるんだから少しぐらいは興味持ってくれてもいいだろ?」

「あはは......ごめんちょっとよくわかんない」

「お前案外非情な奴だな。飯食うか?」

「ううん、大丈夫」

「そうか。じゃあ風呂沸かすから、先に入ってな」


 玄関で話を続けるのは悪いと思ったのだろう。男が少女に部屋の割り当てを説明しながらリビングのソファに座らせた。


「お前、年は?」

「12」

「その年にしては落ち着いてんな」

「そう?それより、おじさんは何お仕事やってるの?」

「まだおじさんって言われるような年じゃないんだけどな。聞いたことないと思うが、対淫魔部隊ってのに入ってる。今年で五年目だな」


 少女は悪寒が走ると同時に強烈な興味がわいた。対淫魔部隊の人間を減らすことができれば、サキュバスは行動しやすくなるのではないか。そう思うと、今すぐにでも襲ってしまいたくて仕方が無くなった。


「お?風呂湧いたみたいだぞ。替えの服は......俺のでいいか?」

「うん。あとね、私おじさんと一緒に入りたいな~。だめ?」

「な~に甘えた声で言ってんだ。俺が警察に捕まっちまうだろ」

「え~......一回だけ。今回だけだから~」

「あぁもうしつこいな。絶対一緒に入らねぇと通報するって魂胆だろ」

「うん!」

「しゃ~ねぇな。今回だけだぞ」


 少女は内心でガッツポーズをした。完全に油断した相手を一方的にねじ伏せるなんて簡単なことだった。


「先に入ってろ。お前の服用意してから行く」

「わかった」


 少女は服を脱いで先に湯船につかった。頭の中はこれからの食事のことでいっぱいだった。そして、扉のガラス越しに男の影が見えた時、少女の興奮は最高潮まで達していた。


「待たせたな」

「大丈夫~。ちょっと前に入ったところ」


 そんな会話を交えながら、湯気越しにお互いの体を観察していた。体を洗い終わった男は、風呂に入る前に少女に少し前に移動してもらってから入った。男の足の間に少女が入るような形で。


「なぁ、お前......ハーフか?」

「え?」

「ずっと気になってたんだけどな。サキュバスと人間のハーフだろ、お前」

「気づいてたんだ」

「そりゃな。だてに部隊やってねぇよ」

「そっか......じゃあ話は早いよね?」


 そう言うと少女は、男性のほうに向きなおった。


「勝負、しよっか」

「望むところだ」


 軽く腰を上げて男性に密着した少女はゆっくりと腰を下ろす。生死をかけた勝負は、少女の悦びに満ちた嬌声によって火ぶたが切られた。



・・・



 真っ白に染まった湯船の中で、少女はもう動かなくなっていた。


「お......れの............勝ち」


 かろうじて息をしている男は、二日間の繋がりを解いた。男がこれまで戦って打ち破ってきた数多くのサキュバスの誰よりも手ごわい相手だったと、もう息をしていないよわい十二の少女の頭をなでながら言った。そして、動く体力すら残っていない男はそのまま眠りについた。

 男が目覚めた時、もう一度朝を迎えていた。それなのに体の倦怠感は抜けない。


「休むか」


 男は少し考えたのち、少女の遺体を抱えたまま湯船から出た。シャワーで体を洗って、二日前に持ってきておいた服を着た。


「もしこいつがサキュバスじゃなくて、これから寝食を共にしてたら......」


 少女の幸せそうな顔を見ながら、もうかなわない希望を口にした。そして、本来なら部隊本部に届けるはずの少女の遺体を丁重に埋葬し、少女が息絶えた毎日朝六時に手を合わせることにしたのだという。





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