天使と悪魔。成功と失敗。
「天使も悪魔もうるせえ」という話。
大河の対岸に財宝が眠っていた。
Aは悩んだ。
そこに天使と悪魔が現れた。
天使は言った。「取りに行こう」
悪魔は言った。「危ないぞ」
Aは財宝を手に入れた。
Bは悩んだ。
そこに天使と悪魔が現れた。
天使は言った。「取りに行こう」
悪魔は言った。「危ないぞ」
Bは家に閉じこもった。
CとDは悩んだ。
だが、そこには天使も悪魔も現れなかった。
Cは財宝を手に入れた。
Dはサメに喰われた。
○
BはAに訊いた。
「悪魔の言葉が聞こえなかったのか?」
「聞こえた。だが、あまり気にしなかった」
Cにも訊いた。
Cは首を横にふった。
「聞こえなかった」
幽霊になったDにも訊いた。
Dは眉根を寄せた。
「聞こえなかった。もし聞こえていたら、死なずに済んだのに」
○
AとCは再び財宝を取りに行くことにした。
すると今度はCにも天使と悪魔が現れた。
天使は言った。「取りに行こう」
悪魔は言った。「危ないぞ」
Aは財宝を手に入れた。
Cは家に閉じこもった。
BはCに訊いた。
Cは震えながらいった。
「渡らないのか?」
「悪魔の声が聞こえた。怖いから渡らないことにした」
○
BはAに訊いた。
「どうしたら悪魔を追い払える」
「悪魔は口だけだ。気にしないことだ」
「口だけ? でもDはサメに襲われたじゃないか」
Aは首を傾げた。
「サメは悪魔か? 魚じゃないのか?」
「……魚だ」
「サメが怖いのか。それとも悪魔が怖いのか」
「両方だ。それは同じことじゃないのか?」
「私もサメは怖い。だからサメを撃退できる銛を用意した。
CとDはサメのことを知らなかったらしい。
Cはサメに遭遇せず運良く成功して、
Dはサメに遭遇して運悪く失敗した」
「Cはその後、天使と悪魔の言葉を聞いて渡れなくなったよ」
Aがいった。
「それで、Bはサメが怖いのか? それとも悪魔が怖いのか?」
「さっきと同じ質問じゃないか」
「なら質問を変えよう。悪魔からは他にも言われなかったか?」
「言われたな。沈没するかもしれない。財宝はないかもしれない。対岸には敵がいるかもしれない」
「私も似たようなものだ。逆に天使は色々と良いことを言ってくれた」
「私の天使もそうだった。だが私は悪魔に耳を貸してしまった。だから悪魔を追い払いたい」
「追い払いたいか……、やはりBは悪魔が怖いみたいだな。私はサメは怖いが、悪魔は怖くなかった」
Bは驚いた。
「なぜだ」
「サメは鋭い歯を持つが、悪魔は口先だけだからだ。奴らはいつでも私が不安になることばかり言う。そして追い払ってもいつの間にか隣に戻ってきている。だからもう追い払うことは諦めたんだ」
「気にならないのか?」
「気になるけど、まあ仕方ない。諦めているのさ。悪魔とは10年の付き合いになるが倒すことも追い払うこともできなかったよ。お金と時間だけが消耗された。さて、私はまた渡河するよ。サメ対策に用意したこの銛と、財宝を入れる箱を用意してな」
「私は悪魔を倒す銛が欲しい。そうしたら天使の言葉がよく聞こえるはずだ」
Aは肩を竦めた。
「どうかな。天使もかなり都合が良いことしか言わないぞ。先日、対岸で財宝を見つけると、天使は船が沈むほどの財宝を持ち帰ろうと言っていた。悪魔はそれが危険だと言っていた。私は悩んだ末、財宝を減らすことにした」
「天使も悪魔も危険だということか? なら私はどうしたらいいんだ?」
「さあ……、私の天使と悪魔が君と同じとは限らない、私には君の天使と悪魔が見えないからな。でも一つだけ、個人的な見解を述べさせてもらうとしたら……」
Aは銛を持って立ち上がると、Bに笑顔を向けた。
「どちらもおしゃべりで、話が長い」