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風の音色

            第1章


 十一月五日、天気も快晴で心地よい風が吹いている。今日は、学校も休みなのでバスに乗り遠出をしている。バスで、小一時間ほど行ったところに紅葉で有名な森林公園がある。



 ここの森林公園は、地元の人だけではなく県外からの観光客もたくさんみえている。特に、秋になると紅葉が綺麗で、人気の観光スポットになるようだ。



 バスに揺られて一時間、お昼前には着くことができた。背中には、リュックサック。左手には、大きなバックを持って来ていた。僕がここの公園で向かう場所は一つだけだった。



 僕は、荷物を持って公園の入り口に立っていた。入り口からは、長い散歩道が続いている。両脇には、紅く綺麗に染まった銀杏の木が立ち並んでいる。



 僕が公園に来た理由は一つだけだ。僕の週末の楽しみは、この公園に来て絵を描くことだった。今は、毎週のように通っている。



 公園の入り口から少し歩いたところで、白のワンピースに白の帽子をまとっている少女がいた。少女は、何かを落としたみたいで屈み込んで探し物をしている。



 僕は、少女の横くらいに来たときに気付いた。この子は、目が見えないんだ。地面を手探りで何かを探していて、探している手は泥や土で汚れている。隣にいる、盲導犬のコリー犬はその様子を見ながらたたずんでいる。



 今日は、雲も少なく紅葉日和だ。探し物をしている彼女の数メートル先に、何か光るものが落ちていた。それは、青い模様の変わったペンダントだった。彼女はこれを探しているんだろうと思い、僕はペンダントを広い手に取ってみた。



 たぶん、僕の足音で気付いたのだろう。

「すみません。ペンダントが落ちていないですか?」

彼女は、少し声を震わせながら訪ねてきた。

「あったよ。手を出して。」

安心したのか、彼女は笑みを浮かべながら両手を差し出してきた。



 僕は彼女の手を見て、ペンダントを渡すのをためらっていた。

「どうかなさいましたか?」

不安そうに訪ねてくる。

「いや。君の手が泥で汚れているから。」

僕は彼女にそう伝えると、彼女の手を取り近くの水場に向かい歩きだした。



 急に、手を捕まれた彼女は驚いていた。

「あの、」

目が見えないせいか、少し怯えているように思えた。

「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。手が汚れているから、ペンダントを渡す前に洗ったほうがいいと思ったから。」

彼女は、不安な表情をしながらも僕に手をとられながらついてきてくれた。



 少し歩いたところに、蛇口があった。僕は蛇口を捻り水をだした。彼女も、水の音が聞こえてきて安心したようだった。

「ありがとうございます。」

そう言った彼女の手を、優しく水につけて洗ってあげていた。

彼女は、頬を紅く染めながら、

「あの、自分で手は洗えます。」

恥ずかしそうに言ってきた。思えば、確かにそうだ。



 手を洗い終わり、ハンカチで彼女に差し出した。手を拭き終わったのを確認してから、拾ったペンダントを手渡した。

「助かりました。ありがとうございます。」

軽く頭を下げながら礼を言ってきた。

「ペンダント、着けようか?」

彼女は、また頬を紅く染めていた。

「大丈夫です。また、落としたらいけないから直しておきます。」



 それならと、僕は彼女に別れを告げ目的の場所を目指した。ここの公園の散歩道を、僕は奥に向かって進みだした。しばらく歩くと、開けた広場に出る。広場では、数種類の遊具が置かれているので家族連れが多い。



 公園の広場を北に向かうと、結構なくらいに広い湖が現れた。湖の脇には、ベンチが置かれている。僕のお気に入りの場所は、このベンチの少し横くらい。この位置に、折り畳み式の椅子を準備する。


 

 僕は、バックから取り出したキャンバスを見つめている。前回に来たときに少しだけ下書きをしていた。透き通るような池の水、紅や黄色に染まっている木々。心地よく流れる空の雲。ここで絵を描いてるときが、僕にとって一番の癒しの時間だ。



 心地よい風を感じながら、下書きの続きを描いていた。いつものように、公園にはジョギングをしている人。カメラを片手に写真を撮っている観光客。いつもの風景だ。



 下書きを始めて、二時間ほどたっただろうか?どこからか、穏やかで優しい音色が聞こえてきた。僕は、絵を描く手を止めてしまった。この微かに聴こえてくる音色に聞き入ってしまった。



 僕が、絵を描いている所のすぐそばにベンチがある。ベンチには、公園の入り口で出会った盲目の少女が座っている。彼女もまた、ここの場所がお気に入りみたいだった。彼女の奏でるフルートの音色は、心が安らぐ気がしていた。



 公園の風の臭い、フルートの音色、この二つの調和で僕の創作意欲が増してきたのは明らかだった。ただ、ついさっき落とし物を拾って上げたとはいえ、気軽に声を掛けるべきではないと思う。ましてや盲目の彼女にとっては、知らない人に急に声を掛けられたら恐怖でしかないだろうから。



 彼女の髪が靡いている。背中の真ん中辺りまで伸びた、彼女の黒髪は艶もよく美しく見えた。服装や容姿からして、彼女は何処かのお嬢様かな?と、勝手な想像を膨らませていた。



 僕も、彼女の音色に耳を傾けながら絵を描いていく。彼女のそばにいる、盲導犬のコリー犬は僕に気付いているようだ。さっき、入り口付近でご主人様を助けてくれた人だと。



 フルートの練習に夢中の彼女は、膝の上に置いていたハンカチがいつの間にか落ちているのに気付いていない。僕は、そっと立ち上がり彼女の足下に落ちているハンカチを拾った。



 彼女の練習の邪魔をしないように、僕は足音をたてないように静かに近づいたつもりでいたが、

「ありがとうございます。さきほどの方ですね?」

ハンカチを拾った直後に声をかけられた。

「あれ?練習の邪魔をしないように、そっと近づいたつもりだったけど?しかも、さきほどの方?わかるの?」



 さすがに、これには驚いて質問してしまった。

「はい。目が見えない代わりに、他の人より臭いに敏感みたいで。」

ふ~ん。ということは?

「もしかして、臭かった?」

何か、変な臭いがしているのだろうか?それを彼女は覚えていたのかな?

「違います。絵の具の臭いです。その臭いを覚えていたから。」

慌ててフォローしてくれた。たしかに、絵を描くために絵の具は沢山持って来ていた。



 「ははは、よかった。変な臭いがしてるのかな?っておもってた。」

そう言いながら、彼女にハンカチを渡した。

「ありがとうございます。」

少しだけ、僕に慣れてくれたみたいで彼女の表情に笑みが浮かぶようになっていた。



 それからは、これといって話すことはなく、僕は絵をもくもくと描き続け、彼女もフルートの練習を続けている。ふと、時計を見るとお昼を過ぎていた。僕は、ここに来るときは家で弁当を作って来ていた。



 僕は、絵を描いてる場所の横にシートを広げていた。そこで、バックの中から弁当を取り出した。いつも、足らないといけないと思って、家族用のお重に積めて持ってきている。だから、一人で食べるには結構な量になっている。



 さすがに、彼女の連れている盲導犬もお腹が空いたのか、僕が広げた弁当に興味があるみたいだ。ただ、盲導犬は訓練されてるから、ご主人の命令がないと勝手な行動はできない。



 彼女も、臭いで僕の弁当に気付いた。

「シェリー。お腹が空いたの?」

どうやら、彼女の盲導犬はシェリーって名前らしい。

「クゥ~ン。」

シェリーも、彼女の問いに可愛い声で答えていた。

「良かったら、一緒にどうぞ。弁当を作るのに慣れてなくて、いつも作りすぎて食べきれないから。」



 僕達は、これがきっかけで週末には公園で一緒に過ごすことになった。

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