負傷した少年戦士が少年呪い師と朝チュンした話
「おはよっ! ぐっすり眠れたかな?」
朝日の眩しさに起床を促され目を開くと、まず掛かってきたのはその声だった。 隣を見れば一緒に冒険を終えてきた同い年の呪い師が裸でぴったりとくっついている。
今は俺も何も着ておらず、彼と二人で一緒のベッドで一緒のシーツを掛けて一夜を明かしたようだった。 お互い裸で。
「何で裸なんだよ」という問いに対して得られた答えは「こうすると回復を早めることができるってお師匠様が言っていました!」だった。
なんでも古来より傷ついた戦士を癒やすにはこの方法が最適なのだとか――後に知ったことだが「体内の気の流れを整え活力を与える」のだそうだ。
まあ確かに俺もそういう話は聞いたことあるけどよ。
「いや、普通それ男がやるもんじゃないだろ。 というかそもそも男同士で何してるんだよ」
まあそういう訳なのだ。 確かにこういう形で回復を促す話自体は先輩冒険者とか傭兵のおっさんから聞いたことはあった。
でも男同士でやる話は全然聞かないし、そもそもそういうものじゃないってのは流石に俺の年でもわかる。
俺が聞いた話だと、そういうことをする役割は大体が巫女とか神官とかの神職の女性、聖職者とかの類でなくとも女性の話が大半だった。
眼の前にいてぴったりと身体をくっつけてきているコイツは男だ、なんだかヒョロくて髪が長くてで最初は女と間違えはしたけど男だ。
――呪い師は俺の指摘に不思議そうな顔をして更に身体をひっつけてくる。 俺や先輩みたいな筋張った戦士の身体とは違う、細くて柔い術士の身体だった。
「傷を癒やすのは僕じゃあダメ――かな?」
上目遣いで不安そうに聞かれた、やめてくれ俺は――そういうこと言われたりするのあんまり慣れてないんだよ。
なんだか気恥ずかしくて無意識に頬をかいた時、指が自由に動くことに気がつき、夢でないか確かめるために手を開いて閉じてを繰り返したりその指で頬をつねったりする、痛い。
俺がベッドで目覚める前の最後の記憶は、簡単な討伐依頼の最中に遭遇したトロールとの戦いだった、今の俺達が戦うべきではないとされている格上に運悪く鉢合わせた戦い。
その戦いの中で武器を持てなくなる程度に怪我した筈の手がすっかり元通りになっていた。 よ-く目を凝らすと傷跡が見えるのだが、光の加減と勘違いしそうなぐらいだ。
「ほらね。 やっぱり傷を癒やすにはこの方法が一番だよ」
俺の挙動不審な行動から、手が治ったことに驚いているとバレバレだったようで、自信ありげに言ってきた。
なんだか聞いていた話と違う相手に治されたのはなんとなく癪だけど――治ったなら治ったでいいし、
よく考えたら先輩やおっさんにされるよりは、女顔のコイツにやってもらった方がいいと納得しておく。
傷を治してくれたことに礼を言うと、明るい表情になって笑顔で「どういたしまして」って返してきた。 ――悔しいことにコイツの素直な笑顔は可愛い。
居心地が悪くなり寝返りを打って逃げるように顔をそらす。 それでも呪い師は離れようとせずくっついてきたので「腹が減った、飯あるか?」って話題を逸した。
わざとらしい態度に相手も察してくれたのか、おかしそうに笑うと「それじゃあ、おかゆ作ってくるね」って嬉しそうに言って、ベッドから下りた。
俺が背中を向けている後ろで、身体を伸ばして目を覚ましているのや、脱ぎ捨てた服や下着を拾って着替えようとしているのを感じる。
――飯ができるまで少し時間があるだろうし、少しウトウトして待とうと思って――そのまま眠ってしまった。
◆
眠っている間、夢を見た――突如として現れたトロールと戦っている夢。
俺が知ってる中では最も強い傭兵のおっさんよりも二回りは大きい身体から放たれる拳により、轟音と衝撃と共に枯れ木を砕いて現れたトロール。
今の自分達では危険な格上の相手、遭遇したのが討伐を終え小休止を終えた時でなければ命はなかっただろう。
圧倒的な力に押されながらも戦い続けて時間を稼ぎ、呪いによりトロールが苦しみだしたその時、血走った目がギョロリと呪い師を睨んだ。
危ない、逃げろ! そう言うのが早いか駆け出すのが早いか、倒れ込みながら拳を振りかぶるトロールと呪い師の間に躍り込み――。
視界がぐにゃりと歪みながら夢の景色が消えていき、身体の内にある何かが淀む感覚がした。
感じたことのない感覚に戸惑っていると、次に襲ってきたのは感じたことのある感覚――背中に奔った灼けるような激痛だった。
◆
「ねえ大丈夫!? ねぇ!? 返事してよ!」
夢ではない現実の痛みに大声を上げながら背中を反らすが、無理に動かされたことで背中に奔る痛みは増していく。
呪い師は泡を食った様子で、両手を口元に当てて顔が真っ青になっている。 クソッ――そんな顔するもんじゃねぇだろ。
俺は呪い師をかばって背中に攻撃を受けており、武器も握れなかった手が治る程の治癒力の活性があってもなお治りきらなかった程の重傷が背中に残っていたのだ。
「――ぃ――ぅ――」
痛くて思考が真っ赤に染まりコイツの声が聞こえない。 何を言っている? 何を言いたい?
叫び暴れながらも、必死に耳で聞き取ろうとして、頬を柔らかいものが包み、唇に温かい何かが触れて口の中へと入ってきた。
背中が灼ける感覚と口への突然の感覚に対する恐怖で身体が強張る中、身体の痛みがゆっくりと消えていき――何が起きたかを確認し、理解する余裕ができる。
仰向けになっている俺の上に呪い師が覆いかぶさる形になり頬に両手で触れ、唇を重ね合わせ――キスしていた。
――は? 突然の出来事に頭が真っ白になる、目の前にいるコイツは男で何故かキスしてきていて、でもそれでも痛みが途端に引いてきてるからコレも傷を癒やしているのか?
それよりもコイツのキス、額とか手の甲に唇で触れるアレとかじゃなくて唇同士を合わせるとかそういうのでもなくて、唇から舌が――え?
混乱している俺を他所に呪い師はそっと顔を遠ざけていく、混ざりあった唾液が舌先から糸のように垂れている。
「――落ち着いた、かな?」
顔を耳まで真っ赤にして目を逸らしながら呪い師が聞いてきた。 俺はそれに「ああ」と生返事で肯定することしかできなかった。
後から聞いた話なんだが、この時の俺は気を整えていた呪い師と離れたことで体内で整えられていた気に乱れが生じて、抑え込まれていた痛みが一気に解き放たれたらしい。
そしてコイツがやった口付けを交わすやり方は最も強い効果を持つ気を一体化させる手段の一つであると同時に、精神を落ち着かせる効果もあるのだという。
その効果は俺が体験した通り絶大で、激痛に悶え暴れていた俺をすぐに正気に戻し痛みを忘れさせた。
「その、ごめん。 嫌――だったかな?」
呪い師は涙目になりながら顔を真っ赤にしている、コイツの涙は口付けを交わしたことに対する拒否感から出たものではない。
コイツの治癒方法を俺が否定したから、嫌なことをして嫌われたんじゃないか、それに怯えているように感じた。
――確かに最初は嫌な感じがしたし、半信半疑だったけどよ。 俺はさ、覚悟決めたよ。
静かに手を呪い師の背中に回して抱き寄せ、後頭部に触れる片手は呪い師の長く綺麗な髪に触れた、お互いの顔が近付いていきそっと唇を重ね合わせる。
呪い師が突然のことに驚いて離れようとするがダメだ、俺が離さない。 やがて抵抗が弱々しくなっていき観念したのか理解したのか積極的に求めて来て、互いに求めあった。
◆
しばらく後、俺たちの間には気まずい空気が流れていた。 相手を安心させる為と怪我の治りを早くするためという理由があったとはいえ、かなり長い時間抱き合っていたのだ。
どれだけそうして居たのかはわからないが、外はすっかり日が昇りきって昼になっていた。 本当に何してるんだ俺たち。
「あ、えっと――その――」
ベッドの上に座り込み俺と背中合わせになっていた呪い師は、要領を得ない言葉を繰り返している。
一方ベッドの端に座り、先程治った背中を呪い師に預けている俺は、恥ずかしくて何も喋れないでいた。
コイツを襲うような形になってしまったことと、長い時間離さなかったことに、強烈な自己嫌悪に陥っている。
傷を癒やすためとはいえ――自分と同性の男を無理やり抱き寄せてキスし続けるとかないだろ、流石に。
――それでも、不思議とコイツとキスしたことは嫌じゃなかった。 むしろ初めてのキスの相手がコイツで良かったとすら思い始めている。
「その、ありがとう。 僕、嫌われたりなんて、してないんだね」
呪い師が辿々しく言葉を紡ぐ。 ああ、嫌ったりなんてするもんか。
「――本当はね。 こんな方法、誰にでもする訳じゃないんだ」
呪い師が本心を打ち明ける。 コイツがこの方法で治療してくれたのは、俺の怪我が酷くてそれを見かねてというのもあったが他にも理由があった。
その傷が自分を守る為に受けた傷だったから、自分をかばって背中に受けた自分が受けるはずだった傷、それを代わりに受けた俺に恩を返したかったこと。
自分を抱きしめて守ってくれた逞しい身体が、血の気を失っていく光景を目にした時、酷くショックを受けたこと。
初めてできた自分と同じ年頃の友達を失うのは耐えられなかったこと。 だから俺をなりふり構わず助けたかったこと。
ぽつりぽつりと背中を預けられている呪い師の言葉でその本心を知る。 細くて柔い術士の身体で、筋張って重い俺の身体を支えてくれている。
背中合わせに感じる温もりが、未だに残るキスの味が、紡がれた言葉を聞いて感じるものが、五感全てが俺を一つの答えに導いた。
――俺は、きっとコイツに恋してる。