東郷夜玖は殺されたい2
「蒲生木一くん」
「もちろん君だって、例外ではありませんよ」
突然名前を呼ばれた蒲生は「やだなぁ」と困った表情をした。
「だいたい調査ってなんですか?そう言えば変なMRIみたいな機械に突っ込まれたときありましたけど、あれですか?」
「よくわかっているじゃないですか」
キャップの男は白い歯を出して笑う。この男さっきからずっと笑っている。
「あんなもので判断するなんて、おかしいでしょ。俺はみんなを殺したいなんて全く思ってないし、ここから生きてみんなと外に出たいって心から思ってる」
「僕もそうだよ」
隣から美男子が加勢する。
しかし、キャップの男は「そうですか」とだけ言った。一気に表情が消えた。少し目を伏せ、不気味な印象が強まる。
「一応、これだけは言っておきますと、」少しだけ大きな声を出す。皆がまたキャップの男に注目する。
「我々の調査には何があってもミスはありません。皆さんは『殺したがり』『死にたがり』どちらかに必ず該当します。脳の検査だけでなく、面談、その他普段の素行からも、総合的に調査しています。断言します。間違いなどありません。」
蒲生や美男子も含めて、皆が押し黙る。毎日毎日生きているのがつまらないとぼやいていた俺は「死にたがり」というのに該当するんだろうか。
「まあ!皆さん理由やトリガーは様々ですけれど!!!」
またキャップの男は笑みを顔に張り付ける。パアっと言いながら両手を挙げたが、誰も笑うことはなかった。
「おやおや、随分皆さん元気がなくなってしまいましたね」
キャップの男が周りを見渡す。とりあえずっ、と陽気に手をパチンと叩く。
「景気づけに第一ゲームと参りましょうか」
目のあたりに圧迫感がある。目隠しをつけられているのだ。前の人の腕辺りをつかみながら、全員が一列に進んでいく。
キャップの男の言葉に不良っや蒲生を中心として、そんなものについていけるかと反対する意見が出た。先ほど叫んでいたお下げの子(ボサボサで見る影もないが)もいやよいやよと振り乱していたが、男の「では、どうやってここから出るんですか。ゲームについてくればあなたたち全員が脱出するチャンスがあるんですよ?」という言葉にぐうの音も出ず、二人とも引き下がった。
ゲームの参加への異を唱えるものがいないことを確認すると、まず俺たちを一列に並ばせる。そして、キャップの男はアイマスクを配った。「我々の都合もありますから、早くつけてください」という男の言葉に皆従っていく。
「では皆さん前にいる人の腕をつかんでください」
後ろからがっと躊躇なく腕を掴まれる。目隠しをする前の記憶では後ろにいるのは猫背のひょろひょろとした男だった気がする。俺はというと、そろそろと遠慮がちパーカーの袖だけを掴んだ。よりにもよってなぜ前がショッキングピンクパーカーなんだろうか。先ほどの言動から、この子には少し苦手意識がある。しかもさっきの話によれば、このショッキングピンクも殺したがりか死にたがりのどちらかなのだ。イメージ的には殺したがりだが。そう考えるとさすがに怖くなってくる。後ろを掴んでいる猫背のひょろひょろだってそうだ。今何かされても抵抗なんて出来ない。
「山門くんは私の手を握ってくださいね」
一番前にいたやつに声をかけているんだろう。あのさっきから食いついていた不良、山門というらしい。
少しすると前に動く感覚が手と、それから音から感じられる。うっすらと感じた恐怖を振り払い歩き出す。13人もの人間がくっついて、ゆっくりと進んでいく姿はまるで芋虫みたいだった。
どれくらいあるいただろうか。
なんだか雰囲気がかわった。肌に張り付くような気味の悪さが強くなったのだ。しかし、歩みは止まらない。
そのとき、
「はい!!では、皆さん!手を放して目隠しを取りましょう!!」
前の人の歩みが止まった、と思ったときに男の声が聞こえた。外して外を見渡すと先ほどよりも狭い部屋に来ていた。学校の教室より一回り大きいくらいの部屋だった。照明は前の場所よりも、明るく設定されている。そして何より印象的だったのは部屋の一番前の真ん中に1つ、中央を向いた立派な椅子があったことだ。
「いす!!!!!!!!!!いすよおおおおおお!!やっと座れるのねっ!!!!!」
お下げのヒステリックな女の子が、椅子に向かって走っていく。瞳孔が開いていて、とにかく狂気を感じさせた。
「やめなさいっっっ!!!!!!!!!!」
動きが止まる。
誰も音を発さない。
声を出した本人であるキャップの男は、目に見えて動揺していた。先ほどまで人を食うような余裕そうな仕草が目立っていたが、今確かにその声に焦りを含ませていた。
顔を真っ赤にしながらもこちらに戻ってくるお下げの女の子を見て、ほっとしたのかふぅっと息をつく。
「その椅子は、今回のゲームのメインディッシュです。勝手に座られては困ります。」
お下げ少女はさらに顔を赤らめる。だって、だって、と何やら言っているが詳しくは聞き取れない。
「あれは座るだけで、人の体を木っ端みじんにするんですよ」
真っ赤だったお下げ少女の顔がすっと色を失う。えっ、と声に出すものもいた。
まあしかしそんなものだよな、とも思う自分がいた。デスゲームに椅子は付き物だ。だいたい座ると命か消し飛ぶ。ある意味常識なのかもしれない。
「くれぐれも触りませんように」
口にしっとするように手を当てる。その顔には余裕が戻っていた。「それでは」と仕切りなおすように少し高い声で言いながら、鷹揚にうなづく。
「B.B.第一ゲームのルールを説明いたしましょう」
キャップの男はその場でくるくると回りだす。見ているだけで目が回りそうな勢いだ。
「皆さんに!!!やっていただくゲームはずばり!!!!」
回転をぴたりと止めて、天を仰ぐ。腕を人差し指までぴんとのばして、ゆっくりと口を動かす。
「不要者投票です!」
「フヨーシャ??いらねえ奴ってことか?」
山門がまた頭が悪そうに質問をする。
「はい、そうですよ」キャップの男は律義に答える。「厳密にいえば不要者に投票するのではないんですがね」と付け加えた上で。男はルールを説明した。簡潔にまとめるとこうなる。
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不要者投票
・プレイヤーは自分がこのゲームに必要だと思った人間に投票する。
・投票は自分以外の12人誰にでも1度のみ行える。
・投票の中身をこっそりと見る行為は禁止。
・投票を暴力などで強制する行為も禁止。
・0票だったプレイヤーは椅子に座る(死ぬ)
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つまりこれは不要者投票というよりか、必要者投票だ。自分が生きていて欲しい人間を生かす。自分の運命をさっき会ったばかりの他人に委ねる。そのとき、「あの」と控えめな声がした。
「それじゃあさすがに理不尽すぎるっていうか…。すみません…。」
前に本を抱えているおとなしそうな女の子だった。ミディアムくらいある黒い髪をきれい下ろしている。そう言えば、ここに連れ込まれて、「本」のように物を持っているのは彼女だけのようだ。俺は鞄をもっていたはずだがもっていない。彼女は見た目が文学少女っぽいから許されているんだろうか。
キャップの男はうんうんとうなづく。「そう思いましたので、もう一つ素敵なゲームを提供させて頂きます。」すると、部屋の椅子の背面にある壁をモニター代わりに文字が映し出される。
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素敵なレクリエーション
・親となるプレイヤーを1人だけ決める。
・親は「はい」または「いいえ」だけで答えられる質問をする。
・親はその質問に3問とも「はい」で答えるか、3問とも「いいえ」で答えなくてはならない。
・親はその質問への自分の答えを子に開示する必要はない
・子は質問のうち2つに正直に答え、1つだけ嘘をつく。
・嘘、不正は禁止である
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「なんだこれは」
蒲生のかさついた声が響く。
「なにも分からないままでは『不要者』は分かりませんから。こちらのゲームを行ってから投票した方が良いかと思いまして」
「まあ別に」とキャップの男がニヤリとする。
「先ほど蒲生くんが言っていた通り、皆で生還をする方法もありますよ?不要者を出すことなく」
「あたりまえだ。俺はみんなと一緒にここを出る」
蒲生はすぐに熱血主人公かのように言う。その声に迷いはなく、彼が殺したがりか死にたがりに該当しているなんて信じ難い。
ふふふと男は笑う。
「確かに13人が別々の人間に投票し、このゲームを終わらせるのも一つの手でしょう。ですが、皆さん、思い出してください。ここには本気で死にたいと思う者と、殺したいと思っている輩しかいないのですよ?」
ごくり、と唾を飲む。
「本気で死にたいあなたに大チャンスなのは間違いがないでしょう」
「本気で殺したいあなたは、自分の一票で誰かが死ぬのかと思うと魂が震えませんか?これからのゲーム、殺したがりをこのゲームで一人でも消すことが出来ればあなたに回ってくる殺人のチャンスも増えると思いませんか?」
誰も一言もしゃべらない。ここにいる全員が狂気を抱えている。その事実が少しづつ現実のものに感じられ始めていた。
「あのさ~」
張り詰めた空気を壊したのは、ショッキングピンクツインテールだった。またお前かと正直思った。
「禁止~とかって書いてるけどさ、破ったらそうすんの?ここには死にたがりちゃんもいるわけじゃん?殺す~って脅してもなんにもならないじゃん~、だよね~?」
最後のだよねはどうやら皆に同意を求めたもののようで、辺りを見回す。確かに言われてみればそうだ。俺自身このゲームに対する恐怖が極めて薄い。死んでもいいかと思っているせいか、罰則をうける恐怖がない。
「あぁ、そうですね」と男はあっさり認める。「ですから、」といってここで一度咳払いをした。
「禁止事項を破ったものには、死も生も与えません。真っ暗な部屋で爪をゆっくりと剥ぎ、生えてきたらまたゆっくりと剥いで差し上げます。それを繰り返して慣れてきたところで第一関節から指を、さび付いた切れ味の悪いナイフで切って差し上げましょう。一日一本切って痛みが薄れたら、第二関節。そうやって死を哀願するまでいたぶって差し上げます。足だってやりましょ。ああっ、それから。」
恍惚とした表情でキャップの男がいう。体のいろいろな個所をあげて、聞いているだけでぞっとするようなことを繰り返す。聞いていた女の子の何人かが口元を抑えて肩をすくめている。考えるほどに気持ちが悪くなってきた。これを聞いて禁止事項を破ろうとする人はいないだろう。よほどのマゾヒストでもない限り。
周りが引いているのに気が付いたのかようやくキャップの男は話すことをやめる。コホンと咳払いをして、前に歩き出した。
「皆さんの健闘を祈ります」
何をするのかと思えば、前につかつかと歩いていき、先ほどの椅子にどすんに座った。13人の男女が何も言えずにいると、こちらに手を振った。
あっと思ったときには遅かった。彼の体が一瞬風船のように膨れたかと思うと、聞いたことのないような破裂音が部屋中に響いた。とっさに顔を手で覆うと、軽い衝撃が伝わる。手を見ると赤黒い塊が手にべっとりとついていた。椅子のあった場所を見る。すでにもう椅子なのかもわからなかった。赤とも黒ともいえない醜い色がテカテカと不気味に光って所々に固まりが散らばっていた。ふと足元をみると真っ赤なキャップ帽が転がっている。
誰かの悲鳴が響いた。