東郷夜玖は殺されたい
後ろからトントンと肩をたたかれるのは意外と驚く。学校ならそこまで驚かない。でも、道端だと驚く。声をかけられることは意外とあるけど、肩トントンは意外とない。事実俺も驚き、「ふえっ」と腑抜けた声を出してしまった。学校が終わればすぐに帰宅するという暮らしを2年も続けているが(小中学からならもっとかもしれない)トントンなんて実はされたことがない。
「東郷夜玖さんですね?」
振り返るとスーツにキャップという不釣り合いな服装の男が尋ねてきた。キャップが白と緑とピンクとなかなかにカラフルなものだから、さらに、奇怪な印象を受ける。何よりも怪しい。名前を何故知っている。母の知り合いだろうか。はたまたストーカー?
「はい」と答える代わりに「どちら様でしょうか」と尋ねると、「東郷夜玖さんですね?」と先ほどと全く同じ質問を繰り返される。
スーツにキャップの男はニコニコと張り付けたような笑みを浮かべ、姿勢をぴんと伸ばしてこちらをみていた。どこかアンドロイドじみている。
「東郷夜玖です」
仕方なく答えると「存じております」と目の前の男が満足そうに笑う。俺のいぶかしげな様子を全く気にせず、持っていた鞄から何やら紙を取り出した。一応言っておくと鞄は革製でスーツに合ったものだ。紙を出してきたので受け取る。
しかしーーーー
「なんですか、これ」
見せられた紙に思わず、声を荒げてしまう。家族構成、家族の名前、通っていた小学校、仲の良かった友達、ちょっと言えないようなことまでびっしりと書かれている。なぜ見ず知らずの人が。なぜこんなものを。目の前のスーツキャップは先ほどと同じ張り付けた笑顔で「あなたの願いを叶えるためですよ」と答えた。
「用事があるので失礼します」
気味が悪いのでその場から逃げようとする。
しかし、俺はそこから立ち去ることは出来なかった。口元に何かが押さえつけられた感覚があり、次の瞬間にすべてが暗転した。
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どれほど時間が経ったのかは分からない。
ただ目を覚ますと俺は真っ黒な部屋の中にいた。学校の体育館より少し小さいくらいで、窓の類がない。周りを見渡すと他にも10人ほどか男女がいるようだった。数人は起き上がっているようだが、ほとんどの人は倒れたまま動かない。まさか、死んでるわけじゃないよね、一応確認した方がいいかななんて思っていたその時、キィィィィィィィィィィィと不愉快な機械の音が響いた。
-----さあ!皆さん!!お待たせ致しました!!----------
どこかのスピーカーから響いているようだ。音量調節がうまくいっていないのか、大きくなったり、小さくなったりして若干の聞きづらさがある。なによりずっとノイズがうるさい。
斜め後ろから「なにこれ」とぼそりという声がしたので振り返ると、ショッキングピンクのパーカーを着たツインテールの少女が立っていた。切羽詰まったような印象は受けなくて、全く心がこもっていないみたいな言い方だった。何が起こっているか、さっぱり分からない状況にも関わらずひどく冷静だ。彼女は楽しんでいるようにも退屈しているようにも見えた。だが、恐怖を感じている印象は全く見られない。
また不愉快な機械音が鳴って、放送が続く。
ーーーー我々はかねてから心を痛めておりましたーー
ーーーーー生きたい、誰も傷つけたくない、そう望む少年少女たちが大人たちの酔狂によってデスゲームに巻き込まれていくことにーーーーーー
3mくらい前で倒れていたゆっくりと長身の男がうぅと呻く。身長の割にはやせ形。立ち上がろうとして床に手をつけたその仕草がなんだか綺麗だった。手足が長いから、少し動くだけで蝶々みたいな優美さがある。
立ち上がると状況が分からないのか、きょろきょろと辺りを見渡した。そして後ろを振り返って、俺の方を見るとすぐさまこちらに近づいてくる。
「君、ここはどこか分かるかい?」
近くで男を見ると、顔がすごく整っているのが分かる。栗毛色の髪の毛がふわふわとしていて、白い肌(照明により少しわかりづらいが)によく似合っている。こんな状況なのに口元にはうっすら微笑を浮かべていて、焦っている様子は見られない。さっきのショッキングピンクツインテールといい、見かける人が皆冷静過ぎて不気味だ。
「わかんない。今、俺も気づいたところだから」
正直に返すと「そっか」と少し困った顔で笑った。「なんなんだろうねここ」ひとり言のよう目の前の美男子が言う。
そのときまた機械の接触不良と思しき、キィィィィィィィという不快な音が響いた。前の方からヒッという女性のものと思われる悲鳴が聞こえる。ショッキングピンクと美男子が冷静過ぎたためにその反応が新鮮に感じられた。周りを確認するともう倒れている人はいなかった。
次に聞こえてきた声は先ほどとは違い音量が一定で聞き取りやすい。なんとなく声がする方を向いてしまう。
--------ご安心ください!!!!我々はあくまで善良なのです!!!----
ーーーーーー需要、供給、その一致!!!!我々が目指したデスゲームの新たなる形!!それこそが皆さまに参加していただくこの「B.B.」!!------
隣にいた栗毛色の美男子が「B.B.」と繰り返す。俺に対して言ったわけではなく、独り言のようだった。
ーーーーーさあ!!!皆さまどうかお楽しみを!!!---------
心底愉快そうな声が響いた後に、深い穴の奥底から聞こえるような低く不気味な声が続く。
ー--------ここには殺したがりと死にたがりしかーーーーーーー
プツンと放送が切れる音。
ずっと聞こえていたノイズが聞こえなくなる。しばらくの静寂。その後「今、デスゲームって言ってたよね?」と隣の美男子が言った。顔を向けると彼もこちらをじっと見ている。今回は独り言ではないみたいだ。「言った」とだけ答えると、美男子が目を見開いた。先ほどまでのようににこやかな笑みを浮かべてはいない。
さほど大きな声で話していたわけではないのだが、その会話が周りに聞こえたようで、デスゲームと驚きをもって囁く声が増えていく。そのときだった。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
高い、つんざくような叫び。何人かはとっさに耳をふさぐほどだった。声の方を見ると、おさげにした少女が顔やら首やらを掻きむしっている。ついでに頭も掻きむしり始めたのでせっかく結んでいた髪がボサボサになりはじめた。近くにいたがたいの良い男が落ち着け、と後ろから手を握る。それでも少女はけだものの様に暴れまわった。隣にいた美男子が何も言わずに、すっと動く。暴れる少女のもとに駆け付けてがたいの良い男を手伝い始めた。しかし少女の暴走も叫びも止まらない。
「デスゲームうううううううううう???どういうことよおおお???あたしたちが殺し合うってこと??何いいいい??違うのおお????」
その言葉に少女をとり抑えようとしていた二人の手が一瞬止まる。その隙に少女は手から抜け出す。うおおおおおおおおおおと獣のような叫びをあげて頭を振り出した。常軌を逸している。だがしかし、突然デスゲームに巻き込まれたのだとしたら、少女の行動は別におかしいものではなく、自分を含めた周りが冷静過ぎるような気もする。
「はぁぁぁぁい!みんな注目です!!」
全員が一気に声の方を向く。先ほど絶叫していた少女も動きを止めた。
自分のわずか4mほど前にいた。先ほどはいなかった。少女の奇行に気を取られているうちに現れたということか。
「皆さんにはいろんなゲームに参加して、頑張ってもらいます!!」
白と緑とピンクのキャップを被った男はニコニコと楽しそうにくるくるとその場に回った。スーツは来ていなかったが、自分を連れ去った男に間違いなかった。
「結果として何人か死んじゃうかもですけど、まあなんだっていいですよね」
ケラケラとキャップの男が楽しそうに笑う。
そのとき小さな「ふざけんなよ」とつぶやく声がした。
「ふざけんじゃねえええええええええ」
数秒後にドスの聞いた声が響いた。見ると、髪を逆立てた男が額に血管を浮かべていた。鼻の上に目立つ大きな傷がある。いかにもと言った感じの不良だった。
「お前ら人の命なんだと思ってんだよ!!!!」
不良は続ける。
「こんなんハンザイだろ!!!ハンザイ!!」
ひどく興奮した様子で言う。頭はあまり良くなさそうな話し方だ。
そんな不良をキャップの男が憐れんだような目で見つめた。
「先程の我々の話、聞いていなかったんですか?」
「話?あの気持ちわりぃ放送なら嫌でも聞こえたぞ!」
不良はら行を巻き舌にして話す。古典的な不良だ。周りにいる俺も含めた人たちは、なにも言わずにやりとりを見つめている。
「あなた方は我々のゲームに参加する。拒否権はない。以上です。」
なにかご不満でも?という様にキャップの男は言い切った。どうやら本当に面倒なことに巻き込まれているらしい。現実なのかと思うと少しだけ感激する。まさかこんなことが現実に起こるとは。しかも自分が当事者になるとは。
不良が何かいいかけたときに、先程ヒステリックな女を取り押さえていた男が手を挙げながら言った。
「どうすればここから出れるんだ」
キャップの男は今日一番の満足気な笑みを浮かべた。
「全12回のゲームに参加する、ただそれだけですよ」
「生き残れるのは一人だけということか?」
フッと堪えきれないというようにキャップの男が吹き出した。
「何を勘違いされているんですか?私たちは善良なのですから、全てのゲームに全員が生還する方法がありますよ?」
「正直、ここまで説明もなしに連れてこられて、そんな話信じろと言われても出来ない」
「信じて頂かなくては困ります」キャップの男が調子を代えずに言う。「そんな嘘をついて我々にメリットがありますか?あなた方を殺すことが目的なら連れ去った時点で消しますし、見世物にするなら生き残れるのを一人にしてしまった方が刺激的で効率的です。」と続けた。
質問した男が少し考える様子を見せる。確かに男のいうことには説得力がある。
「まじかよ!」と不良の嬉しそうな声が響く。喜んだのは、質問をした男も同じようで、ほっとしている様子だ。
質問をした男が少し前に歩いて行き、集められた人たちの前に立つ。
「みんな、さっきの話聞いたよな?俺たちが力を合わせれば全員で生還が出来る。力を合わせれば合わせてみんなでここから出よう!」
各所から「そうだね!」「よかった」と言った声が飛び交う。先程の美男子もうんうんと頷いていた。奇声を上げていた少女も何かボソボソと喋り続けていたが、表情は嬉々としている。こんなことを言うのもなんだが、良い雰囲気だ。少し気が緩んだのかもしれない。
でも、そんな良い雰囲気を壊れた。壊したのはキャップの男ではなくて、退屈そうな目をしていた先程のショッキングピンクツインテールだった。
「でもさ~なんか放送で言ってなかった~?」
話すのをやめて皆一斉にショッキングピンクツインテールを見る。一気に場がしん、となった。
「殺したがりとか、死にたがりとかさ、だよね~?」
キャップの男に同意を求める。「えぇ」と返事をした男はやれやれとした様子で言った。放送で言った通りですよ、と。
「ここには殺したがりと死にたがりしかいませんよ」
どういうことだよ、と不良がまた口を挟む。キャップの男は先程とはうって変わって侮蔑するような、不愉快そうな顔をした。説明するのが面倒なのかもしれない。
「あなた方13人は我々の調査により、殺人衝動、あるいは自殺衝動が一般の方々と比べて規格外に強いと判断されました。ですから、その願いを効率的に叶えてあげようと皆さんを集めたんですよ」
全員がなにも言わない。
「蒲生木一くん」
キャップの男の声に先程の皆の前で全員が助かることを説いていた彼が表情を変えず頭をあげる。
「もちろん君だって、例外ではありませんよ?」