三話 召喚獣との契約にご協力ください
「くぅ~……うめぇ……!」
静けさを取り戻した酒場に、歓喜を込めたソプラノボイスが響く。
ゴロツキたちが立ち去ってから数分後。
そこには、ガツガツとひたすら料理を平らげるアキの姿があった。
「悪いな、兄さん。ごちそうになっちまって」
反対の席には、あの優男が座っている。
羽織っていた外套は脱ぎ、赤褐色を基調にした無骨な鎧姿である。
「……気にしなくていい」
先程の質問と、アキのお腹がぎゅるるるると凄まじい唸り声を上げるのは殆ど同時だった。
――これでは落ち着いて話は出来ない。
アキはそう訴え、男をテーブルの席につかせたのだ。
「それで、先程の話なのだが」
「あ、待ってくれ。マスター! この料理、もう一皿追加で!」
無論、アキが無一文である以上、全て向こうの奢りである。
にも関わらず、余りに遠慮のない注文で、男の頬は一瞬だけ引き攣るのだが、アキに気にした素振りはない。
結局、少女がまともに口を開いたのは、相手の姿が見えなくなるほどテーブルに皿を積み上げてからのことだった。
◆
「ふぅ~、食った食った」
「……今度こそ、先程の話なのだが」
「ええと、なんだっけ?」
とぼけたような口の聞き方は、随分と膨れ上がったお腹をぽんぽんと叩きながら。
「君が召喚士かどうか、そういう話だ」
もっとも、男はもう待つつもりはないらしい。
真正面で拳を組んで、テーブルに肘をついてじっと見つめてくる。
「冗談だよ、勿論覚えてる」
流石に悪ノリが過ぎたか。
アキは苦笑いで誤魔化して、ふうっとため息。
真剣さを帯びたエメラルドの瞳で視線を返した。
「でも、本題に入る前に一つ質問させてくれ。……あんた、何者だ?」
酒場の店主までもが同じ反応をするのだ。
召喚士に血筋が必要というのは、疑いようのない事実なのだろう。
つまり、オーワンの反応は――アキからすれば不服ではあったが――この世界では正しいものだったに違いない。
だが、目の前の青年とくれば、まるで真逆の反応を見せている。
『君が召喚士だというのは本当か?』
その言葉は、この場に召喚士がいてもおかしくないと考えていなければまず出てこない。
その上、先に見せた体術。
「もしかして、あんたも別の世界から来た?」
「……すまないが、何の話だ?」
「ありゃ……」
一番説明がつくのは相手が同類のパターンだが、男は眉を潜めるだけである。
どうやらアテは外れたらしい。
それどころかきょとんとして、言葉の意図すら理解していないようだった。
「悪い、忘れてくれ。俺の地元で流行ってる、ちょっとしたジョークみたいなもんだから」
「そう、なのか? ……しかし、君の言うこともわからなくもない。未だ名乗らずにいた非礼を詫びよう。私の名はフリード。この国に仕える騎士だ」
フリードは、右腕を左胸にあて、ペコリと一礼しながら名乗る。
板についている。
恐らくは、これが騎士式の挨拶なのだろう。
「俺はアキ。まあ、旅人ってことになるかな。にしても、騎士ときたか……」
騎士は『Patchwork online』の職業の一つで、軽戦士の上位種だった。
かなりの人気を博していて、さほど珍しいものではなかったが、あくまでそれはプレイヤー側の話である。
NPCサイドのいう騎士とは、社会的地位の高い、軍人に似た立ち位置だったはず。
「私は、『リスタルト』周辺に召喚士が現れるという指示を受け、ここにやってきた。そして、偶然出会ったのがアキ殿というわけだ」
「で、俺が召喚士だったとしてどうするんだ? 貴族にでも取り立てて貰えるのか?」
「……それに関して説明するのは、君が召喚士だという証拠を見せてからにして欲しい。例えば、今ここで召喚魔法を使うのは不可能だろうか? 先程の暴漢も言っていたが、何よりの証拠になる」
人の良さそうな男ではあるが、任務に対してはキッチリとした性格らしい。
それだけ言うと口を一文字に結び、アキの反応を待ち続ける。
「それは……」
逡巡するアキ。
だが、食後のお茶をズズッとすすると、すぐにお手上げのポーズになり、
「無理だな。今の俺は召喚魔法が一切使えない。全部の召喚獣で試したんだから確実だ」
と洗いざらいぶちまける。
とどのつまり、自分は無力であると伝えているようなものだが、まあ問題はないだろう。
喧嘩から庇うだけでなく、食事まで奢ってくれるのだ。
騙したいだけならそんな回りくどいことをする必要はない。
よって、信用してもいい相手なのだと判断していた。
「……それは『召喚士ではない』ということではないのか?」
「早とちりするなよ、フリード。理由はおおよそ見当がついてる。つまり、それさえ解消すれば、証拠でもなんでも見せられるってことなんだから」
――自分が何故召喚魔法を使えないのか、アキは『リスタルト』までの道中、ずっと考えてきた。
ゲームと同じエフェクトは発動しているのだから、少なくとも魔法陣が機能していないわけではない。
かといって、魔力が足りないわけでもないだろう。
ゴブリンの気を引くための最後の召喚。
あれだけの大業を発動してなお、アキは気を失わずに立っていられたのだから。
となれば、残る可能性は一つ。
――召喚獣側に問題があるパターンだ。
「多分、今の俺は召喚獣を一体も所持してない――要するに、契約を結んでない状態なんだろうな。だから、どれだけ魔法陣を作ろうが応えるやつが一匹もいない。裏を返せば一度結んでしまえば呼びたい放題ってことだ」
アキが召喚獣と契約を結んだのは、あくまでゲームでの話。
『Patchwork online』と少しだけ異なるこの世界ではない。
つまり、この世界の召喚獣とは初対面なのだ。
「しかし、契約とは新しく結べるものなのか? 私の知る召喚士の方々は、代々伝わる召喚獣を従えておられて、そんな話は聞いたことが無い」
「それに関しては心配ないと思うぜ。『始まりの森』には召喚石があったからな」
召喚石とは、召喚獣の封じられた石碑のことである。
往々にして、召喚士でなければ入れない隠しエリアに配置されていて、すぐにゴブリンたちを煙に巻けたのも、元はといえばそこに逃げ込んだからなのだ。
「召喚士が召喚石に触れると、契約を結ぶための試練が始まるんだよ。まあ、八割近くはガチンコ勝負で、勝てば従ってくれるパターンだな」
「戦いならば、私も協力しよう。剣の腕には自信がある。並の魔物であれば一刀のもとに切り伏せてみせよう」
「……それが出来たら楽なんだろうけどよ。試練には第三者の手出し厳禁なんだよな。絶対、サシでやりあうことになる」
このあたりが『Patchwork online』において召喚士が不人気の原因だった。
特に最初の一匹を手に入れるまでが茨の道だ。
召喚士のスキルは召喚獣抜きでは意味がないにも関わらず、強力なボスとの一騎打ちを強要されるのだから。
一応、攻撃アイテムをありったけ持ち込んで、範囲外から爆撃する攻略法は存在していたが……。
「魔道具か……。生憎と騎士である私には無用の長物だ。今から手に入れようにも、この村では難しいだろうな」
現状では再現不可能だと、フリードからお墨付きを頂いた。
「しゃーねーな。なら、答えは一つだ」
「……近くにある召喚石を諦め、戦わなくていい試練を探すということか?」
「いや、決まってんだろ?」
私はそれでもかまわないというフリードに、ニッと獣のように笑うアキ。
「……殴り倒すんだよ。あ、俺だけじゃ召喚石まで辿り着けそうにないからな。勿論、フリードにも協力してもらうぞ」
「あ、ああ……」
――少女の細腕で魔物に敵うとは到底思えない。
それどころか、ゴブリンにすら逃げ出したのではなかったのか。
フリードの顔にはありありと困惑が浮かんでいたのだが、注文のときと同様、アキはまるで気にしない。
「とはいえ俺も疲れたし、流石に今日は無理だな。明日の朝一にしようぜ」
こうして、その日は酒場の二階にある客室に泊まることになったのだった。