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プロローグ 怪しい契約にはご注意ください

 人里離れ、瘴気の渦巻く山岳の頂き。

 剥き出しになった岩肌が寒々しい光景の中で、その一角がゆっくりと動き出した。


 遠目には、岩山が突如崩れ落ちたように見えるのだろう。

 だが、山のように巨大なそれ(・・)には、牙があり、鱗があり、翼があった。


 ――彼の者の名は『ファフニール』。


 黒々とした鱗から瘴気をまき散らし、眼前に存在するものを無差別に喰らう、貪欲なる巨竜である。

 

 どうやら、巨竜は飢えているらしい。

 ヒクヒクとノコギリのような鼻を動かすと、ぎょろりとした邪眼で一睨み。


 続けてつんざくような歓喜の咆哮を上げ――


 大地を揺るがしながら、一方向へと歩み始めた。





『え!? まさかアキ、本当にソロで挑むつもりなの?』

「勿論。つーか、高位召喚士(エンシェント・サマナー)からすればソロの方が楽なんだって何度も言ってるだろーが。じゃ、そろそろ戦闘が始まるから通話切るぞ」


 荒涼な風が吹き付ける、山岳のすぐ下にある開けた場所。

 アキと呼ばれた少女は強引に会話を打ち切ると、エメラルド色の瞳を向けた。


「おっと……」


 大地が割れんばかりの振動が伝わってきて、ぐらりと身体が揺れる。


 巨竜が眼前まで押し迫ってきている。

 それは、藍を基調にしたローブの裾だけでなく、空色のポニーテールが風圧で靡いていることからも明らかだった。


 『ファフニール』とアキは、象と蟻をも思わせる体格差だ。

 一撫でされただけでも華奢な体躯はひしゃげ、物言わぬ躯となるだろう。


 だが、アキは平然としたまま表情を崩さない。

 それどころか、酷く獰猛に笑みを深めると


「――――ッ!」


 瞳を閉じ、厳かに呪文を唱え始める。


 ――バチバチバチッ……!


 小気味よく爆ぜる音がして、呼応するかのように、少女の足元に幾何学的な紋様が描かれていく。


 数は五つ。


 魔法陣である。

 色も大きさもてんでバラバラではあるが、どれも眩い光を湛えている点だけは共通していた。


 ――次第に光は収束し、魔方陣はうっすらと消えていく。


 だが、同じく五体。

 虚空から現れた影は消えはしない。


 一体は、白銀の物言わぬ巨人(ゴーレム)

 また一体は、獅子の身体に漆黒の翼を持つ合成獣(キメラ)


 姿形は様々だが、どれも最高ランクの召喚獣だった。


 アキはそれらを満足げに一しきり眺めると、おずおずと近寄ってきた一角獣(ユニコーン)に飛び乗り、身の丈ほどもある杖を掲げて号令をかける。


「行くぞ、てめえら!」


 すぐさま勇ましき咆哮が上がり――。


 こうして、戦いの幕が切って落とされた。





 それから小一時間ほど経過しただろうか。

 白銀の巨兵(ミスリルゴーレム)の一撃が巨竜の眉間を捉え、ゆっくりと――ゆっくりとだが、崩れ落ちていく。


 響くのは断末魔。


 アキは、その光景に安堵の息をつき、額を拭おうとして――


「いってー……!」


 ゴツン。

 手のひらを勢いよくぶつけ、小さくだが悲鳴を上げた。


 もっとも、少女の額には何も装着されていない。

 艶やかな青髪と、上質な魔力糸で縫われたローブのフード部分があるだけだ。


「……携帯端末とVRディスプレイでプレイ出来るのはいいんだけどよ。こういうとき、うっかりしちまうんだよな」


 それもそのはず。

 少女の手が触れたのは、この世界に存在する物質ではない。


 現在、アキがプレイしているのは、『Patchwork online』というネットゲーム。

 継ぎ接ぎ(Patchwork)の名を冠する、世界初のVRMMOである。


 つまりは、全て仮想現実での出来事。

 『ファフニール』は最近追加されたボスキャラだし、呼び出された召喚獣たちも所詮はAIでしかない。


 それを証明するかのように、アキの耳元では軽快なファンファーレが鳴り響いていた。


「ん? 結構メッセージが来てんな」


 アキは取得アイテムを確認しながら別のウィンドウを開き、それらを逐次確認していく。


 もっとも、殆どが取るに足らないものだ。

 ギルドの勧誘、誹謗中傷、そして先程話していた友人からの私信――。


 中には告白染みた文章もあり、アキは童顔気味の顔を大きくしかめた。


「……面倒くせーな」


 何故ならば、アキのプレイヤーは男性なのだ。


 本名は東野(ひがしの) 秋彦(あきひこ)

 友人に誘われてゲームを始めただけの、若干暇を持て余した健全(・・)な男子高校生である。


 容姿に似つかわしくないぶっきらぼうな口調もそのため。


 しかし、それでも変に邪推するものはいるらしく、非常に不本意なことだが、「男避けのために性別を偽っている」なんて噂までたってしまっていた。


「……全部アイツのせいだ。ログアウトしたら改めて文句言ってやる」


 ()としては重要なポイントなのだが、ネカマがしたくて女性アバターを選択したわけではない。

 致命的な機械音痴のため、幼馴染に導入を頼んだ結果、悪戯で設定されてしまったのである。


 調べてみたところ、どうやらキャラクターの作り直しには別途課金が必要らしい。

 流石にそれは癪だと弁償を請求したのだが、幼馴染にはズルズルと無視され続け、いつの間にやら数年が経過している。


『ま、リアルの評判に反してアバターがそれじゃ恥ずかしいんでしょうけど。私が手塩にかけただけあって、中々可愛いでしょ? じゃあいいじゃない』


 悪びれない幼馴染の姿を思い出して辟易しながらも、逐一全てのメッセージに目を通していく。


 そんな中、一瞬だけ指が止まった。


「なんだ、これ?」


『――クエストクリア、おめでとうございます。新クエスト、「リンドヴルム討伐」が発生しました。新たなる冒険の舞台へ旅立ちますか?』


 ……このように個人宛のメッセージでクエストが始まったことなど、今まで一度もあり得なかったことだ。

 例え連続クエストだとしても、絶対に街の酒場で受注してからイベントが開始されるのだから。


「悪戯か?」


 疑念を抱きながら差出人を確認する。

 幸運――といっていいのかはわからないが、何度見ても専用の刻印が表示されていて運営からだった。


 しばしの逡巡。

 公式なのは間違いないのだが、前例のない事態なのも確か。


 仮定に仮定を重ねれば、サーバーがクラッキングされてこんなメールが送られてきた可能性もある。


 だが――


「……アプデは当分先だったっけな」


 アキはすでに古参と呼ばれる部類で、レベルはカンストしているし、実装分の召喚獣は全てコンプしている。

 その上、最近は更新頻度も鈍く、モチベーションが下降しているのも確かだった。


「……どうせやることがねえんだ。騙されてみるのも一興だろ」


 アキの指は「受注」と表示されたアイコンへと伸びていき――


『――ようこそ、「Patchwork online」の世界へ。どうか、あなたの旅に幸福と喜びがありますように』


 女性の声が聞こえてきた瞬間、バチリと音がして、彼の意識は闇に呑まれた。


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